人殺しに悪鬼は殺せるか?
クロードと名乗っている青年の祖父には、腹違いの姉がいた。
己の母から古竜の血を受け継いだ祖父とは違い、祖父の異母姉は、生粋の人族であった。
クロードの故郷は、国土自体が巨大な竜穴と化し、高位の魔物が跋扈する余りにも過酷な環境から、この世に顕現した地獄とも称される場所である。
そこで生きるには、強靭な肉体も高い魔力も持たない祖父の異母姉は、か弱すぎた。
古竜の一頭と揉め事を起こした彼女が、安息の地を求め、旅立つことになったのは、ある意味では必然であったかもしれない。
――ヤンデレを拗らせた竜に物理的に喰われそうになった程、男運が悪かった彼女は、人としての倫理から逸脱ぎみの悪食男に、今度は性的に喰われたそうだが。
祖父の異母姉を捕獲したのは、故郷の隣の大陸、広大な森の形をとる神域の、当時の番人であった男であった。
***
黒衣の娘がたどたどしく浮かべた表情を見て、クロードは思わずガッツポーズをした。
――ねーちゃんが、おっちゃんにデレたっ!!!
ねーちゃんことリアが、敵国の将軍であるおっちゃんに対し、一線を引き続けていた為、クロードはやきもきしていたのだ。
因みに、リアとクロードは、娘の父方の高祖母とクロードの母方の祖父が異母姉弟という間柄である。
大分遠いが、間違いなく彼らの間に血の繋がりはあるので、クロードはリアを気に掛けていた。
長命種の常で、真竜は子を生し難い。
それ故、双子の妹以外の生存している血縁は片手で足りるクロードにとって、リアは希少な親戚であったのだ。
生憎と、血縁と言っても、クロードには、王鞘としてのリアの価値観は理解できない。
また、過酷な環境のせいで他国との関係をあまり重視しない故郷のせいか、個としての意識が強い真竜の血のせいか、クロードにとって、彼女が背負う一国の重さも曖昧だ。
それでも、何処までも誠実なリアは、幸せになるべきだと思ったから、クロードは常々、おっちゃんには頑張ってもらわねば、と考えていた。
リアの塩対応にもへこたれない根性と、王鞘の悪条件如きでは尽きないリアへの愛情と、神域でも死ななそうな生存能力を有する男は、中々いないのである。
残念ながら、クロードの運命の人は他にいるので、彼では愛情が足りない。
真竜やそれに連なる竜の眷属にとって、恋愛とは、本能であり、宿命である。
――出会えば、分かるという。
其れが、己の伴侶なのだと。
真竜や竜の眷属において、伴侶は生涯、唯一で無二である。
――そうでもなければ、個に突っ走る自分達は、子を生す気にもならないだろう、と。
常に学術書を読み漁る某黒竜が言っていたが、クロードもそれが本当かは知り得ない。
とりあえず、クロードはリアに会っても、ビビビッと来なかったので、リアがクロードにとっての伴侶ではないことは確かだ。
ちょっとだけ前から、何でか頭がチクチクするのだが、今はイイところなので、クロードは気にしない。
ガンバだ、おっちゃんっ!!!!と、邪魔にならないよう、声を出さずに全力で声援を送りつつ、彼は、おっちゃんの副官こと、フェリクスさんの影から二人を見守っていた。
――が。
「――いっでえっ?!」
突如後頭部を襲った衝撃に、クロードは悲鳴を上げた。
リアの重金剛製武器の一撃に比べれば、大分ましだが、それでも痛いものは痛い。
ちょっと熱かったのと、焦げくさい臭いがしたので、クロードの後頭部を襲ったのは炎熱系の魔法だろうか?
リアに折角貰った髪紐が焼き切れ、それで結んでいた、彼の中途半端な長さの髪がばらけてしまった。
「――今いいところなんだよっ!! 邪魔すんなぁっ!!!」
頭を押さえたクロードは、腹を立てながら後ろを振り向く。
彼の視線の先には、困惑した表情で、鉄製の剣とちんけな造りの魔法具を持った娘がいた。
侍女服を纏った娘は、先程クロードを暗殺未遂した娘と、なんとなく雰囲気が似ている。
「どうして死なないの?」
「お前さ、何でそれで死ぬと思ったんだよ?」
――自分は、また暗殺未遂にあったらしい。
それを悟ったクロードは、娘の問いかけに、心の底からの疑問で返した。
「だって、お前が持っている武器って、人間ぐらいしか殺せないじゃん」
前回の暗殺未遂でも立証された通り、ただの鉄製の武器と安物の魔法具では、元々真竜の血を引いているクロードは勿論、歴代最弱の王鞘だって殺せまい。
相手の情報収集不足ぶりに、クロードは呆れ返った。
「……あのなぁ、お前が殺そうとしてるのって、ウェインさんちの直系だぞ。 ねーちゃんのひいひい祖父ちゃんなんて、竜鍋未遂事件起こしたんだぞ。 氷竜のブレスが直撃しといて、ふつーに戦闘継続できた奴の血が、ねーちゃんにも流れているんだぞ。 ――高々四世代くらいの血の薄まりで、鉄の剣が通用するくらい弱体化してるって、何で思えるんだ?」
白うったんのナカのヒトこと、竜鍋事件の被害者であるミリエルから何度も語られたことがある為、クロードも竜鍋事件の詳細は知っている。
氷と癒しを司るミリエルにとって、『暴食鬼』と呼ばれた男との相性は、途轍もなく悪かったという。
ミリエルが本来の姿になったとき常時垂れ流しになっている魔力を、『暴食鬼』は吸収して元気ハツラツになってしまったらしい。
また、『暴食鬼』が運動時に放散する熱を、ミリエルの攻撃が都合よく冷やしてしまい、『暴食鬼』をさらに元気にしてしまったとか。
活性化した高密度の気で、全身を赤く光らせた『暴食鬼』。
……特に両目の輝きが、半端なかったらしい。
彼の姿は、『白氷の癒し姫』の二つ名を有するミリエルをして、その竜生の中でも指折りの恐怖映像だったそうな。
語っているミリエルは、目も虚ろで、ぷるぷると震えていたのだから、信憑性は高い。
――クロードの言葉にトラウマが蘇ったのか、白うったんは膝を抱えて、地面にのの字を書いていた。




