残酷な程に、誠実に
彼女の諦観の眼差しを見た時、ヴォルケは悟ってしまった。
彼女がこのまま踵を返せば、その漆黒の眼差しが、二度と自分を見ることはないのだと。
多分、リアが引き摺るものは、背負い続けるものは、ヴォルケが思うよりもずっと厄介で、ずっと重かった。
今回、ヴォルケが殺されかけたことも、彼女の足元に淀む闇の切れっぱしに過ぎない。
このまま、傍にいようとすれば、ヴォルケもまた、彼女が覗く深淵に否応なしに対峙することになる。
――何度目になるかも知れぬ、彼らの分岐点。
判断を誤れば、決断の時を逃せば、挽回の機会はないのだと、ヴォルケは無意識の内に理解している。
自分の身の心配よりも、今、確実に失われようとしているものの方が、ヴォルケには大事だった。
だから、いつか、最悪に至るかもしれない未来ごと、ヴォルケは小さな体を抱き寄せたのだ。
「――私は、貴方を選びません」
柔らかな唇から零れ落ちた言葉は、残酷な程、誠実なものだった。
「知っている」
誰が聞いても明らかな振り文句に、ヴォルケは苦笑した。
――第一の忠臣。
――アレクサンドリアの悪鬼。
並立する二つ名は、硬貨の表と裏なのだ。
唯一無二たる主君への忠義を貫くためならば、彼女は手段を選ぶまい。
だからこその忠臣で、それ故に王鞘は悪鬼と誹られる。
「俺だって、お前の大事なものを捨ててくれなんて、言いたくねぇよ」
自分だけを選べと、ヴォルケは言いたくはないし、言えない。
……そんな事をすれば、リアはヴォルケを蹴り飛ばして、彼女の世界から、ヴォルケの存在を抹消してしまうだろう。
惚れた女から二度と自分を認識してもらえないなど、考えるだに恐ろしい。
「ただ、お前に、覚えていてほしいだけだ」
リアが背負うものは重過ぎて、大事なもの以外に振り分ける余裕が彼女にはないのだ。
ヴォルケは、己の身勝手を自覚しながら、それでも、望みを口にせずにはいられなかった。
「――お前の王や、地神に向ける心の、搾りかすでもいい。 お前の心が、俺は欲しい」
一欠けらでも、一つまみでも構わない。
リアにとっての、その他大勢と見做されることだけは、ヴォルケには耐え難いから。
ヴォルケ以上に大切なものが、リアにあるというのなら、せめて、自分に無価値以外の価値を付けてほしい。
ヴォルケの本心からの言葉に、リアの素顔がぼろりと顔を覗かせる。
リアは案外不器用で、誠実には、誠実以外を返せない娘だった。
「私はもう、自分の命の使い道を、決めているんだ」
「それでも俺は、お前を選ぶよ」
そう言って、目を伏せるリアに、ヴォルケは笑いかけた。
リアが最後に自分を選ばないと察しても、ヴォルケは手を伸ばすのを止められない。
――この感情に、理由を付けるのは野暮だろう。
勝手に、心の中から溢れてくるのだから。
リアに張り付けられていた表情が、罅割れた。
「……もっと、ましな女性が、いくらでもいるだろう。 お前なら、互いに幸せにできる相手が似合っている。 私の傍にいたら、厄に呑まれるぞ」
「女に危険はつきものだろう。 お前は、いっとう危険な、極上の女だよ」
残酷な程に誠実で、傲慢な程に情が深い娘。
ヴォルケは、平等に振り撒かれる誰かさんの愛とやらよりも、リアに選ばれた者にしか分け与えられない、その心が欲しくてたまらない。
偽りの愛を囁く女に貢ぐより、リアが招く厄とやらを乗り越える方が、ずっとずっと、好ましかった。
リアは、ヴォルケを嘲笑しようとして、し損ねた様だった。
目の前にいる娘が、たどたどしく浮かべた表情を、ヴォルケは記憶に刻み付ける。
誰が何と言おうと、ヴォルケにとって、リアが浮かべた笑みは、地獄の底へ赴くにに値するものだったのだ。




