表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地獄の底に咲く花は  作者: 詞乃端


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/88

残酷な程に、誠実に

 彼女の諦観の眼差しを見た時、ヴォルケは悟ってしまった。

 彼女がこのまま(きびす)を返せば、その漆黒の眼差しが、二度と自分を見ることはないのだと。

 多分、リアが引き摺るものは、背負い続けるものは、ヴォルケが思うよりもずっと厄介で、ずっと重かった。

 今回、ヴォルケが殺されかけたことも、彼女の足元に淀む闇の切れっぱしに過ぎない。

 このまま、傍にいようとすれば、ヴォルケもまた、彼女が覗く深淵に否応なしに対峙することになる。


 ――何度目になるかも知れぬ、彼らの分岐点。

 判断を誤れば、決断の時を逃せば、挽回の機会はないのだと、ヴォルケは無意識の内に理解している。


 自分の身の心配よりも、今、確実に失われようとしているものの方が、ヴォルケには大事だった。

 だから、いつか、最悪に至るかもしれない未来ごと、ヴォルケは小さな体を抱き寄せたのだ。


「――私は、貴方を選びません」

 柔らかな唇から零れ落ちた言葉は、残酷な程、誠実なものだった。

「知っている」

 誰が聞いても明らかな振り文句に、ヴォルケは苦笑した。

 ――第一の忠臣。

 ――アレクサンドリアの悪鬼。

 並立する二つ名は、硬貨の表と裏なのだ。

 唯一無二たる主君への忠義を貫くためならば、彼女は手段を選ぶまい。

 だからこその忠臣で、それ故に王鞘は悪鬼と(そし)られる。

「俺だって、お前の大事なものを捨ててくれなんて、言いたくねぇよ」

 自分だけを選べと、ヴォルケは言いたくはないし、言えない。

 ……そんな事をすれば、リアはヴォルケを蹴り飛ばして、彼女の世界から、ヴォルケの存在を抹消してしまうだろう。

 惚れた女から二度と自分を認識してもらえないなど、考えるだに恐ろしい。

「ただ、お前に、覚えていてほしいだけだ」

 リアが背負うものは重過ぎて、大事なもの以外に振り分ける余裕が彼女にはないのだ。

 ヴォルケは、己の身勝手を自覚しながら、それでも、望みを口にせずにはいられなかった。

「――お前の王や、地神に向ける心の、(しぼ)りかすでもいい。 お前の心が、俺は欲しい」

 一欠けらでも、一つまみでも構わない。

 リアにとっての、その他大勢と見做されることだけは、ヴォルケには耐え難いから。

 ヴォルケ以上に大切なものが、リアにあるというのなら、せめて、自分に無価値以外の価値を付けてほしい。

 ヴォルケの本心からの言葉に、リアの素顔がぼろりと顔を(のぞ)かせる。

 リアは案外不器用で、誠実には、誠実以外を返せない娘だった。

「私はもう、自分の命の使い道を、決めているんだ」

「それでも俺は、お前を選ぶよ」

 そう言って、目を伏せるリアに、ヴォルケは笑いかけた。

 リアが最後に自分を選ばないと察しても、ヴォルケは手を伸ばすのを止められない。

 ――この感情に、理由を付けるのは野暮だろう。

 勝手に、心の中から溢れてくるのだから。

 リアに張り付けられていた表情が、罅割(ひびわ)れた。

「……もっと、ましな女性が、いくらでもいるだろう。 お前なら、互いに幸せにできる相手が似合っている。 私の傍にいたら、厄に呑まれるぞ」

「女に危険はつきものだろう。 お前は、いっとう危険な、極上の女だよ」

 残酷な程に誠実で、傲慢な程に情が深い娘。

 ヴォルケは、平等に振り撒かれる誰かさんの愛とやらよりも、リアに選ばれた者にしか分け与えられない、その心が欲しくてたまらない。

 偽りの愛を(ささや)く女に貢ぐより、リアが招く厄とやらを乗り越える方が、ずっとずっと、好ましかった。

 リアは、ヴォルケを嘲笑しようとして、し損ねた様だった。

 目の前にいる娘が、たどたどしく浮かべた表情を、ヴォルケは記憶に刻み付ける。

 誰が何と言おうと、ヴォルケにとって、リアが浮かべた笑みは、地獄の底へ赴くにに値するものだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ