空気は読まない
――反省はしている。でも、後悔はしていない。
ヴォルケにとって、それは割と殺意の湧く言葉だった。
故郷でつるんでいた、幼馴染の口癖である。
悪戯にヴォルケを巻き込み、強制的に共犯者に仕立て上げ、大人たちにこってり絞られた後の台詞がこれだ。
――(やったことを大人にばれるような悪戯をしたことは)反省している。でも、(ヴォルケを巻き込んだことを)後悔はしていない。
幼馴染を殴らなかったヴォルケの忍耐力は、称賛されて然るべきだろう。
じわじわと傷口から広がる痺れと共に、そんな他愛もないことが脳裏に浮かび、走馬灯みたいでろくでもないと、ヴォルケは思ってしまった。
切羽詰まった顔をしている副官に、幼馴染と同じことを言ったら、絶対怒るだろう。
ヴォルケの副官は、彼女の事をよく思っていないから。
――暗殺されないよう、身の回りに気を配っていなかったことは、反省している。でも、リアと関わったことを、後悔はしていない。
自分でも馬鹿だと思うが、それが、ヴォルケの嘘偽り無き本音であった。
***
「将軍、しっかりして下さいっ!」
フェリクスは、上官の方にできた傷を抑えながら叫んだ。
傷口は浅い。
だが、上官の身体には、異変が生じていた。
異常な発汗。
開いた瞳孔。
荒くなる呼吸。
――おそらくは、毒。それも、致死の。
まずい。
まずい。
まずい。
焦りと共に、思考が空転しかける。
剣が中心のフェリクスの知識では、何の毒か判別もできない。
医者を呼ばなければならないのに、よりによって下手人の娘を庇う馬鹿どもが邪魔をする。
――取敢えず、『聖女様』とやらは、後で報復決定だ。
何男を侍らせて、上官に傷を負わせた娘を抱きしめるのだ。
一度取り押さえた娘を『聖女様』が解放させたから、上官が傷を負う羽目になったのだ。
……毒を塗った暗器を振るう娘が、か弱いわけあるかっ!
――ぴこーんぴこーんぴこーんぴこんぴこんぴこんぴこん――
間の抜けた音に、フェリクスは固まった。
嫌な予感に振り向けば、両耳を赤く点滅させたウサギ型魔道人形が、フェリクス達の方へ爆走してきた。
アレクサンドリアの腹ペコ男の周りをうろちょろしている、アレである。
……製作目的が意味不明な魔道人形だとフェリクスは思っていたが、ツッコミどころ満載の謎機能が、まだあったとは。
ウサギは全力疾走しつつ、お腹の隠し収納から可愛らしい装飾の短杖を引っ張り出す。
そして、フェリクス達の前で急停止すると、ウサギは短杖を振り回しながら、発光し始めた。
いっそ神々しい程の白い光と、残念な見た目のウサギは、絶望的にちぐはぐである。
あんまりな光景に半ば思考停止状態のフェリクスの前で、ウサギは一際強く輝くと、持っていた短杖を上官へと向けた。
力強く、だが優しい光が、上官を包み込む。
ぷしゅっ~
そんな気の抜ける音とともに、ウサギ型魔道人形から煙が上がった。
「――し、白うった~んっ?!」
猛然と走ってきた黒髪の青年が、ぐてっとしたウサギを両手で持ち上げ、悲痛な声を上げた。
下らない三文芝居に見えるが、この青年の場合、いたって真面目にやっているので始末に負えない。
ふわり、と、フェリクスの視界の片隅で、空っぽの黒い袖が揺れる。
「レーゲン将軍」
女にしては低めの声が、上官の名を呼んだ。
アレクサンドリアのウェイン女伯爵の姿を、フェリクスは今この時まで、捉えることが出来ていなかった。
黒衣の娘の隻腕が、上官の切り裂かれた肩口に伸ばされる。
「ご無事、ですか?」
「まあ、そこの白いのの治癒魔法のお陰で、何とか」
慎重に問いかける娘に、上官は苦笑を返した。
ウサギ型魔道人形が使用したのは、治癒魔法で間違いないようだ。
上官からは、先程の症状が消えており、よく見れば傷口も塞がっている。
解毒と自己治癒を促進させると言う、別々の効果を両立させる治癒魔法は高度とされ、その効果を有する魔法具は特に高価な部類に入る。
……そんな希少な魔法具だというのに、有難味が欠片も感じられないのは、きっとウサギの残念な見た目のせいなのだろう。
ウサギに関しては、一体何を目指していたのか、フェリクスは製作者に問い詰めたい気持ちにかられる。
「そうですか」
溜息交じりに呟いた娘は、何処か達観したようにも見えた。
離れていく娘の華奢に見える手を、上官の武骨な手が身体ごと引き留める。
「――リア」
上官が呼んだ名に、フェリクスはぎょっとした。
未婚の若い娘の名を異性が呼び捨てにすることには、それなりの意味がある。
「俺がしくじったのは事実だけどよ、俺が傷を負ったことは、お前のせいじゃない」
腕の中の娘に、上官は酷く優しい声で告げた。
己を見上げる娘の頬を、上官は両の手で包み込む。
「俺は、お前に会えて、良かったと思っている」
まさかの公開告白。
――時と場所と相手を選んで下さいよっ!と、フェリクスは叫びそうになった。
上官は、自分の直感に従って生きている人だとは思っていたから、突拍子もない行動にも、フェリクスは驚かない。
……驚かないが、女の趣味が悪すぎです、と、フェリクスは内心滂沱の涙を流した。
だって、異名の一つが、アレクサンドリアの悪鬼である。
鬼嫁になりそうなこと、請け合いだ。
……そして、どうして娘の遠縁は、フェリクスの背後にしゃがみ込んで、上官と親戚を覗き見しているのか。
片手にまだ煙が出ているウサギを抱え、頭に黒猫を乗せた青年は、どうあがいても不審者である。
「おっちゃん、ガンバだっ!」
小声で言っているのが、フェリクスには丸聞こえだ。
青年の後ろでは、残念な見た目の竜(?)型魔道人形が、これまた上官達を覗き見している。
元々致命的な欠陥があるのか、持ち主が変人だと、魔道人形もヘンになってくるのか、フェリクスにはもう分らない。
――頼むから、将軍を振ってくれっ!! コノヤローっっっ!!!!
以前振られた女性から受けた傷を、上官がビミョウに引き摺っているのを知りつつ、フェリクスは娘に向かって全力で怨念を送った。




