厄日
剣は、ただ在るだけだ。
人に振るわれ、誰かを害したとして、その咎は剣にはない。
もし、剣に咎があるとして、この世から剣を消し去ったところで、人間は違う方法で誰かを害すだろう。
――例えば。
ヒトのカタチをした道具があったとして。
それが誰かを傷付けたのなら、その罪は道具ではなく、道具に命令を与えた人間のものになるのか、否か。
ジャネタがそんな柄にもないことを考えたのは、道具として育てられた娘と、望んで『神殺し』への刃となった娘が目の前にいたからだ。
イヴァドール。
女伯爵が口にした呼称は、ジャネタにとってはちょっとした怪談の一つぐらいの認識だった。
依頼を確実に遂行する、幻の暗殺者集団。
――それに体は無くが如く、人知れず殺すべき人間を殺して、誰にも気づかれないまま、何処かへ去る、と囁かれている。
……もっとも、今回は狙った相手を間違えたようだが。
「――はっ。 俺、今暗殺未遂だったのかっ?! 初体験だなっ!」
「最初で最期の体験にならなくて、良かったわね」
緊張感皆無のアホな会話に、ジャネタは眩暈を覚えた。
仮にも、直前に命を狙われた者達のやり取りなのか。
ウェイン伯爵。
隣の大陸の人間にもかかわらず、その名はジャネタもよく知っていた。
王鞘、第一の忠臣、神域の番人、アレクサンドリアの悪鬼、もしくは人喰い竜――。
物騒な二つ名が示す通り、暗黒街の人間にとって、ウェインは重大な注意事項の一つなのだ。
一言で言えば、関わるな、危険。
王鞘はアレクサンドリアから滅多に動くことはないが、うっかり彼らと敵対してしまった時の結末は、悲惨というしかない。
どこの誰であろうと、徹底的に叩き潰される。
『残虐王』に戦を仕掛けた、隣国の王しかり、『暴食鬼』に喧嘩を売った、とある砦の責任者しかり、だ。
愚かさの対価が、苦労して召喚した勇者の首や、守るべき砦を瓦礫の山にされるのでは、たまったものではなかったであろう。
寝た男を見捨てたという当代はまだ可愛らしい方で、彼女の父親である先代は、『教会』の聖人だか聖女だかを殺したという噂まである。
見境が無さすぎだろうに。
王鞘の傲慢ぶりにはジャネタも引いたが、神域に住む――高位の魔物と同等の人間に普通の暗殺者を送り込んだって、どうにもなりそうにはないのは事実だ。
興味津々で自分を刺した剣を観察していた青年が、眉を寄せた。
「……ねーちゃん、これ、ただの鉄の剣じゃん」
青年が拾い上げた暗殺者の刺突剣は、青年の手の中であっさりと折れた。
「イヴァドールなら、その程度でしょう」
黒衣の娘にとっては、おかしくもなんともないようで、徒人なら逆に手が使い道にならなくなるだろう青年の行動への反応は、淡白なものだった。
折れた剣を見たままの青年は、しみじみと言う。
「世の中、世知辛いんだな。 ――暗殺業界も費用削減の波に呑まれて、削っちゃ駄目なところを削っちゃったのか……」
絶対違うと思う。
「ありふれた武器の方が、足が付きにくいでしょう。 手に入りやすいもので、如何に気づかれずに暗殺できるかが、イヴァドールの流儀よ。 元々、イヴァドールが想定している暗殺対象は、神域や竜穴に近づかない人族だもの」
肩を竦める王鞘の言葉に、ジャネタは内心同意した。
確かに、神域や竜穴に出入り可能な人間が、鉄製の武器程度で殺せるようには思えない。
何せ、素手で鉄剣をへし折るのだ。
弱者しか相手にしてこなかった者には、荷が重い。
――と。
ぴこーん
不意に聞こえた間抜けな音に、ジャネタは力が抜けそうになった。
ぴこーん
見れば、青年が連れまわしている、脱力系魔道人形のウサギの耳が、赤く点滅していた。
ぴこーん
青年の魔道人形には、おかしな機能が詰め込まれているようだが、一体何なのだろうか?
「うわぁっ?! 白うったんの警報機能が鳴ってるよっ! ――おっちゃんに、なんかピンチかっ?!」
青年が叫ぶと、ウサギの魔道人形は、おもむろに己の耳を引っ張り、ジャネタ達とは反対の方向に向けた。
「ナイスだ、白うったん! おっちゃんはそっちの方なんだなっ?!」
青年が親指を立てると、ウサギは自分の耳を畳んだまま、指示した方向に走り始めた。
しかも、残念な見た目に反し、ウサギの速度は素晴らしい。
……というか、方向を示すのに耳を使う必要性があるのだろうか?
「――いたぞ、捕らえろっ!!」
「――は?」
何でか、ウサギの進行方向の反対側から、抜刀した兵士達がかけてくる。
「申し訳ありません、どうやら私を捕らえるつもりのようです。 それでは、用事があるので失礼します」
王鞘はそれだけを告げると、青年と共にウサギを追いかけていった。
――ちょっと待て。
……もしかしなくても、兵士達に、ジャネタも侍女に暴行した一味だと括られかねなくはないか?
おもむろに押し付けられた作り物の手足を、ジャネタは条件反射で受け取った。
「ジャネタ、落とすなよ。 証拠品だ」
ヴィルはそう言いながら、ジャネタと四肢の無い娘を担ぎ上げる。
娘は哀れにも、顎の関節を外されていた。
「――ヴィル、何をやっているんだいっ!」
「自傷されたら面倒だ。 これも証拠品だから、持っていく。 あいつらに預けても、隠滅されそうだ」
連れはそう言い、荷物を抱えているとは思えない速度で走り出した。
勿論、ジャネタ達を兵士達が追いかけて来る。
完全に、犯人だと誤解された。
――厄日だ。
何が残念かと言えば、大凶星が関わっていたせいで、ジャネタは予兆を読むことが出来なかったことだろう。




