聖女もどき
*後半、身体的なものを気にしている方にはすみません。
高笑いする黒衣の青年と、ヘンな構えをとるウサギと、白い光に包まれた貴族風の青年と、その他大勢。
ジャネタが目撃したのは、ぱっと見因果関係が意味不明な光景であった。
荷物の有無と本気度合いの差で、ジャネタ達の到着は遅れた訳だが、一体どうしてこうなったのか、心底謎だ。
ちらりとヴィルを伺えば、その黒瞳からは光が消えたままだった。
「――ああ、なんて酷いことをっ!!」
ジャネタ達を見て、まるで芝居の様な仕草で声を上げたのは、色素の薄い金髪の娘だった。
白を基調とした服と相まって、その色味の希薄な容貌は、何処か浮世離れした印象が強い。
……確かに、年若い娘の四肢を落とすのは酷いことだけれども。
当のイヴァドールの娘に危害を与えられかけたジャネタとしては、浮世離れした娘の言動は釈然としない。
高笑いしていた青年は、声を上げた娘に、残念なものを見る目を向ける。
「殺そうとして反撃されるのは、自業自得じゃね?」
ヴィルが、鼻で嗤った。
「俺を殺せもしない、これが低能なだけだろう」
ヴィルは、抱えていた娘を、乱雑に床へ転がす。
それは年頃の娘に対するものではなく、仕方なく運んだ荷物に対する扱いだ。
床に体を打ち据えられた暗殺者は呻いたが、ヴィルに同情の色は無い。
口の端を歪め、ヴィルは手にした作り物の腕を軽く振る。
「駒の質は、吟味した方が良いぞ。 聖女もどき」
……もどきって……。
声を上げようとした者達を、ヴィルは殺気だけで圧した。
「本物は、一人で多くの人間を救い得るから、聖と呼ばれるんだ。 ――それで、お前はどうだ? 聖女の血筋の傍流如きが」
仮にも聖女とされている人間に対する扱いが、悪すぎる。
問題になったら、どうするのだ。
一応、中堅国の王に気に入られているとはいえ、身分など最底辺も同然なジャネタ達だ。
切り捨てられても、文句を言えないではないか。
そもそも、本来聖人や聖女と呼ばれる存在を知っているかのような口ぶりだが、お前はそれを見たことがあるのか? と、ジャネタは内心ヴィルに突っ込んだ。
二十年ほど前に流行り病にやられたとかで、聖女も聖人もごっそりと数を減らしたとジャネタは聞いている。
それ故、稀少な存在となった彼らは、『教会』の総本山たる教国で厳重に守られ、滅多に外に出ることはないという。
童顔のせいで、実年齢より十は若く見えるヴィルだが、それでも、聖女や聖人がまだ多かった時分は、まだ幼い子供であった。
そんな子供が、大規模な澱の汚染や多くの怪我人が発生する場所に、赴く機会は殆どあるまい。
――因みに、二十年前の件は、先代の『アレクサンドリアの悪鬼』が聖女や聖人達を虐殺したのだと、そんな噂もあるのだが、真実は闇の中だ。
ヴィルの言葉で、他称聖女の瞳に、涙が盛り上がるのを見て、ジャネタは萎えた。
女の涙は、そんなに安いものではなかろうに。
「お前の行動も、言葉も、軽すぎる」
深淵を連想させる昏い眼差しで、ヴィルは続ける。
「知っているか? 地獄への道は、善意が敷き詰められているんだぞ?」
そう言って、鬼神とも称される男はぞっとする笑みを浮かべた。
「……その位で、お許しになって下さいまし」
危ない方向の暴走の兆しが見えていた男を止めたのは、まだ若い女の声だった。
白い修道服を揺らした女の顔は、その全てを窺い知ることはできない。
上半分が、凝った刺繍を施された幅広の眼帯で、覆われているからだ。
その女の姿は、ジャネタに、両目を奪われた知り合いの姿を連想させた。
ヴィルの細君も、虚ろとなった双眸を、眼帯で覆っているので。
――『神の目』。
現れた女が纏うのは、教国でも、特殊な地位にある者の衣装である。
――神の名において、全き事実のみを口にする、記録者。
そう認識されている存在が彼女であるから、その前で迂闊な言動などできやしない。
ヴィルの目に光が灯ったのを確認し、ジャネタはほっとした。
何かは不明だが、他称聖女はヴィルの地雷を踏み抜いていたのだ。
自分のことなどろくに語らない男だから、ジャネタは未だにヴィルの逆鱗に関しては推測が多く混じる。
ヴィルが暴れだしたらどうしようと、ジャネタは内心冷や汗をかいていた。
漆黒の瞳が、他称聖女とは異なる造りの修道服姿の女を捕らえる。
「しつけは、徹底的にしておけ」
酷く不機嫌なヴィルの様子に、女司祭は困った様に口元に手を当てた。
「『教会』に属する者が犯した不始末については、代わって謝罪いたします。 ですが、申し訳ございません。 『神の目』は、如何なる権力からも干渉されない権利を保障されておりますが、逆に、如何なる権力へも、必要以上の干渉は許されませんの。 私は、聖女の認定や教育に関して、部外者でしかありませんわ」
ひどい、ひどい、と、泣き出す他称聖女を見ながら、女司祭は溜息を吐いた。
本当に大変だ、と思いながら、ジャネタはその光景を眺める。
こんなひどい聖女が出現するほど、『教会』の上層部の腐敗は悪化しているのだから。
――と、
「……ひじり、さま……?」
今にも倒れそうな顔色でよろめき出たのは、『神の目』の後ろにいた青年だ。
男は、他称聖女の修道服に似た意匠の装束を身に着けていた。
「……聖様、どうして、ここに……。 ――いや、どうして、いなくなって、しまったのですか……」
「――?」
涙を零す青年の視線の先を見て、ジャネタは眉を顰めた。
青年が手を伸ばした先にいたのは――。
「――ねーちゃん、気にすんな」
そう言って、黒衣の娘の肩を叩いたのは、彼女の遠縁だった。
ぐっと、親指を立てた黒髪の青年は、歯を煌めかせて笑顔を作る。
「チッパイだって、需要はあるんだからなっ!! おっちゃんとかっ!!!」
「……おい」
色々と台無しだ。
「ねーちゃんのお胸って、フェリと違って、歩いてもタプンタプンしないし、フェリみたいな谷間もないけど、存在してるし!」
推定巨乳を基準にしてしまったら、この世のチッパイ率は無駄に上がるであろう。
「それに、おっちゃんには、ちゃんとねーちゃんが女に見えてるんだから、チッパイのせいで男に間違われても、落ち込む必要なんてないって!!」
……言い方。
言い方を考えろ。
この世には、言って良いことと、悪いことがあるのだ。
「それに、揉んでりゃおっきく――っいでぇっ?!」
娘の隻腕に掴まれ、彼女の肩を叩いていた青年の腕から、発生してはいけない音がする。
「――クロード」
響いた声は、妙に優しかった。
「だれが」
「ぐはぁっ?!」
青年の腹に、娘の膝頭が叩き込まれる。
そして、自由になった彼女の左手は、固く握りしめられていた。
「――チッパイだっ!!!」
「げふぅっ?!!!!!」
掬い上げられた拳は、青年の下顎に綺麗に決まった。
青年の身体が、文字通り半分壁にのめり込んでいるあたり、当代のアレクサンドリアの悪鬼の、尋常ならざる力の一端が垣間見える。
ただ、壁に突き刺さったと言ってもいい状態の青年が、壁から突き出だ足をバタつかせている様は、型通りの漫画のようだ。
アレクサンドリアの悪鬼も、一介の乙女なのかと、ジャネタは現実逃避気味に感想を抱いた。




