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王の為の鞘は、政略結婚には向いていない

 会議は踊る、されど進まず。


 それは確か、異界の格言であったか。

 遅々として進まない調査の進捗結果とやらに、リアはそんなことを思った。

 リアがこの国に来てから、早、一か月。

 不明や調査中の文字が並ぶ報告書からは、自分が若い娘だからと舐められていることぐらいしか分からない。

 その前に、報告書と一緒に来た見合いの釣書が意味不明だ。

 リアは、種馬を漁りもしたが、夫は探していない。

 そもそも、面倒なだけの領地と邪魔なだけの親族が付いてくる無能にくれてやるものなど、リアには持ち合わせがないのだ。


 ――自分と結婚してほしくば、自力で狩った『災獣』の首でも持って来い。


 リアは上から目線で、大概の人間には不可能な要求を考えていた。


「どうですかな?」


 好々爺の笑みを浮かべて問いかけてくる相手に、リアは苦笑を浮かべて見せた。

「違う書類が紛れ込んでいたようですね」

 下らないものを寄越すなと、心の中でどすの利いた声で呟きながら、リアは釣書を穏便に突き返してみる。

 リアの真向かいに座る伯爵の頬が、ピクリと動いた。

「アレグザンドラ殿、今は両国の友好にとって、重要な時期ではありませんか」

 ――アレグザンドラ・リア・ウェイン。

 それが、リアの正式名称である。

『アレグザンドラ』は、女が王鞘になった時に名乗る名であり、男の場合は、『アレクサンダー』を名乗る。

 例えば、高祖父だと、アレクサンダー・ロイド・ウェイン、というように。

 蛇足だが、アレクサンドリアでは、他国とは逆に、身分が低い者達の名前が複数あり、王族の名が一番少ない。

 具体例を上げると、リアの主君の名は、エリザベス・アレクサンドロス、だ。

 そして、嘗て『残虐王』と恐れられた、モリガン=ブリジット・リコリス・シャル・アレクサンドロス。

 彼の女王は、初代国王の血筋が平民に落ちた時代に生まれた故に、名前が複数あるのだ。

 他国からすれば謎な逆転現象は、初代国王が、名前が沢山あるなんて覚えられないから無理だと、駄々をこねたせいもらしい。

 ――望まれぬ形で生まれ、人族と狼人族の合いの子と言う身の上であった初代国王は、元々、名を一つしか持っていなかった。

 勿論、名前が複数あるのには意味があり、本人につけられた本当の名を『真名』、それ以外が『隠し名』と区別される。

『隠し名』が必要とされたのは、ウェールズの大森林周辺に古くから伝わる呪術による呪詛に、名を介して植えつけられる技法があるせいだ。

 因みに、アレクサンドリア王家が、呪詛を逸らすための隠し名を持たないのは、初代国王の駄々の他に、単純に呪詛が効かない為、付ける必要がないせいもある。

 ただ、アレクサンドリアでは王でも平民でも、『真名』を親しくない人間に軽々しく呼ばれることは、快く思われない。

 ……リアの『真名』を『アレグザンドラ』と勘違いしているらしい伯爵は、アレクサンドリア基準では、かなりの礼儀知らずであった。

「リスティヒ伯、残念ながら、ウェインは友好のための婚姻には向かない家なのですよ」

 相手の言い分を内心鼻で笑いつつ、リアはにっこりと笑んでみせる。

 リアは、足手まといなど果てしなく要らないが、他国の人間からの申し出を断るには、それなりの筋をと押さなければいけないのだ。

「私では、友好の礎足りえる方々とは、とても釣り合いませんもの。 ――高貴な無能よりも、有能な下賤を取り込む方がましだと考える先祖が多かったものですから」

 リアの主君が聞いたら、喧嘩売ってる……、と嘆いて顔を覆う台詞だったが、事実なのだから仕方がない。

 ウェインの血筋は婚姻相手に出自の貴賤を問うことはしないし、現に、リアを産んだ女は、呪術によって大量殺戮を引き起こした大罪人だ。

 親父殿はそれを隠すどころか、積極的に暴露していた為、少し調べればリアの血の汚さがすぐに分かる。

 親父殿がリアの母親に死刑囚を選んだのだって、始末しても問題無いという理由なのだから、つくづく彼女に流れる血はどうしようもない。

「ウェインの用途は、統治者ではなく、振るわれる剣。 我が君やアレクサンドリアの敵を排せぬ()びた(なまく)らなど、存在する意味がありませんの」

 リアの微笑に、ローディオ側は顔を引き()らせた。

 理解できないのなら、別に理解する必要はない。

 ウェインは、王鞘は、其の為に生き、其の為に死ぬ。

 ――其の為だけに、生み出されたのだから。

「ですが――」

「リスティヒ伯」

 言い募ろうとする相手を、リアは遮った。

 捨て駒にしても構わない様な家も男も、リアには不要だ。

「小娘の戯言とは思われましょうが、私も結婚には願望があるのです」

 まだ若くて良かったな、とリアは思う。

 なんせ、恋愛脳の花畑発言をしたって、乙女だから、という理由が付く。

「私は、夫とするなら、『災獣』相手に生き残れるぐらいの技量がある男性がいいのです。 ――護衛無しに自分の庭(神域)を歩けない殿方を、父親と認識しなければならないなど、私の子供が可哀想ではありませんか」

 もうちょっと難易度下げてっ!、と、主君を泣かせたことがあるが、リアもこれは譲れない。

 早々に未亡人になるなら、別に婚姻の必要はなかろう。

 夫に割ける労力を、リアはほとんど持たないのである。



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