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地獄の底に咲く花は  作者: 詞乃端


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閑話 ひいひいおじいちゃんといっしょ そのに

 瀟洒(しょうしゃ)な意匠の窓の向こうから、時を告げる鐘の音が、聞こえた。


「おやつ」

 高祖父の腹具合は、通常運行である。

 本来、《人形》は死体が元となっているため、食事など必要ないのだが、『暴食鬼』だけは別だった。

 高祖父は活動するのに必要な魔力が極端に多く、食事の形をとって魔力を補充しなければ、《人形》に魔力を供給している紅姫が干からびかねないのだ。

 生前は活動に必要な魔力の量に加え、食事から吸収される魔力が低く、非常に燃費が悪かったため、増大する食費に高祖父の主君は頭を抱えていたとか。

 歴代随一の剛力故に、紅姫は『暴食鬼』を《人形》の素体にしたようだが、どう頑張っても消費魔力の節約ができなかったらしい。

 ……だからと言って、やけっぱちになって、最大出力を上げたついでに、余計に魔力を浪費する仕様にするのはどうかと思うが。

 紅姫はのた打ち回って悔やんでいたけれど、ポンコツ地神故に、作成した《人形》の仕様の変更はできないという。

 何故かは不明だが、高祖母とリアは、高祖父にとって『一番腹が膨れる食べ物』であるらしい。

 要は、魔力の吸収効率が驚異的に高いのだ。

 因みに、二番目に高祖父にとって腹が膨れる食べ物は、真竜だ。

 こちらは、素晴らしく濃厚らしい。

 ……高祖父の主君である『槍王』が、平謝りしながら高祖母を臣下の隣に囲わせたのは、仕方がないことだ。

 高祖父が古竜を食おうとして勃発した『竜鍋未遂事件』は、本気で王都存亡の危機であったそうなので。

「おやつが食べたいなら、椅子に座るぐらいしろ」

 リアは、休憩用の卓の上に茶器を引っ張り出しながら、殺人事件の被害者の如く床に転がる高祖父に告げる。

 消費魔力を抑える苦肉の策のようだが、執務室の中で転がられていると、邪魔で仕方がない。

 赤銅色の髪の男はいそいそと立ち上がると、自分用のカップをリアに差し出す。

 リアは高祖父に差し出されたカップを無視し、執務用の机から長椅子に移動した、己の主君に茶を入れた。

「リア、おじい様には優しくしたらどう?」

「優しくしなくとも、死ぬような存在ではありませんから」

 緩く波打つ髪を揺らし、苦笑した娘に、リアは淡々と返す。

 だが、悲し気な空気を垂れ流しにする男がうっとおしい為、リアは仕方なく主君の分の茶請けを渡した。

 自国内の食文化を好き嫌い無しに(たしな)んでおくのが、アレクサンドリア王家の基本方針であるが、人間誰しも苦手なものはある。

 ぷりぷりとした白いものを、高祖父は幸せそうに頬張っていた。

「親父殿め。 わざわざせこい真似を」

「おじ様は、私のことも好きでないでしょう」

 主君への子供じみた嫌がらせに憤るリアにそう言って、彼女の主君は、透明な諦観の笑みを浮かべた。


 当代の王と王鞘を一言で表すなら、その座に就くべきではなかった人間だ。

 主君の父親は、優しい男だ。

 ただ、それだけとも言える人間で、命の取捨選択を負うことなどに、致命的に向いていなかった。

 当人も望んでいなかった玉座に、彼を押し上げたのは、己の主君の上に誰かが立つのが許せないという、リアの父の我儘(わがまま)だ。

 過去には、主君に王ではない者を選んだ王鞘もいたが、主君に意に添わぬことを強要した恥知らずは、リアの父ぐらいであろう。

 優しさ故に拒絶しきれない主君を理由に暴虐を働く王鞘のせいで、無意味な怨嗟がどれだけ積みあがっていることか。

 リアとて、必要があれば、いくらでもその手を血で染めて見せるが、その結果が主君やアレクサンドリアに牙を剥くことを、許容する気はない。

 歴代の王鞘にあって、リアの父に無いのが、己が為したことの結果を負いきる覚悟だ。

 いい大人の癖をして、リアの父は主君を免罪符にしているのである。

 だが、主君の父親に、王として首を差し出す覚悟と、王家特有の先見じみた感の鋭さがあったことは、不幸中の幸いであろう。

 それ故に、今までアレクサンドリアは、致命的な破綻を回避できているのだ。


「もう少し、お父様を楽にして差し上げたいのにね」

 机の上に積まれた書類を眺めながら、濃い目の茶色の髪の娘は、悲しそうに微笑む。

 彼女には、仕事自体を減らす方法が分かっているのに、それを実行に移す権限がなかった。

「我が君、あまりでしゃばると、親父殿の機嫌が悪くなるぞ」

 リアの父は、リアの主君が名を上げることを忌避している。

 ……自分が己の主君の名を貶めていることに、一体、いつになったら気づくのか。

 リアの父は聞きたいことしか聞かないため、言葉が通じないのが、厄介だった。

 父親の首を刎ねてしまえば、一番手っ取り早いのだが、それだけの技量が十歳のリアにはまだ無いのが口惜しい。

 ――元々、次代の王鞘を産むためだけに作られたリアは、身体能力自体が父や異母兄に劣っている。

「全く、――あんな男など、とっとと死ねばいいのに」

「リアっ!」

 毒を吐いたリアを、主君が叱責した。

「家族にそんなことを言ってはいけませんっ!!」

「親父殿にとっての家族は、逃げた妻とあの人ぐらいだろうよ」

 父親にとってのリアは、己の『女』を奪った出来損ないの道具で、リアにとっての親父殿は、異母兄を傷つけるだけの敵だ。

 リアと父の血の絆とやらは、彼女が放逐した異母兄を介して断絶している。

 己が定めたもの以外は、軒並み無価値に堕すのは、ウェインの宿業と言えた。

 ――大切な相手にこそ、何もかもを与えたいから、その他諸々になど、くれてやるものは何もないのだ。

「親父殿のことなど気にするな、我が君。 貴女の時間は、他の事に使うべきだ」

 何も言えない主君に、リアは薄情な台詞を吐きながら手を振った。

「紅雷の民の直系筋の男にやるなら、我が君の手作りの品は止めておけ。 ――どうせ完成しないなら、時間と材料の無駄だろう」

「っ?! く、クライには、クッキーなんて作ってないわっ!! お父様だものっ!!!」

 ぼふんと、顔を赤面させた娘は、あわあわと言い訳する。

 ……親父殿は、我が君の作った毒物を即行で廃棄したのだろうな、と、思いながら、リアは生暖かい目で主君を眺めていた。

 先見や読心と言った異能に匹敵する程の、頭の巡りの良さを誇るリアの主君は、その反面、躰を使用する事柄に関しては、致命的に適性がない。

 ただ歩く時でさえ、何もない場所で転ぶような水準で、武器を持たせれば、うっかりで味方を傷つけかねないのである。

 そんな主君が料理を作った日には、出来上がるのは食事ではなく毒物だ。

『暴食鬼』と謳われた悪食男をして、『食べ物』じゃないと言わしめた代物を、飲食可能な物質で作り出すのは、ある意味奇跡的な才能である。

 だが、そんなもの、日常生活では全く役に立ちはしない。

 ――はっきり言って、迷惑以外の何物でもないのだ。

「我が君手製のクッキーなど、陛下も気の毒な」

「リア、酷いっ!」

 容赦ないリアの言葉に、彼女の主君は両手で顔を覆う。

 適性皆無なくせに、結果生じた毒物を悪気無く人に出すところが、リアの主君のダメなところだ。

 いい加減、自覚をしてほしいものである。


 主君の分の茶請けを平らげ、リアの分までじーっと見ている高祖父に、彼女は自分の分の皿を追いやった。

 何故かどや顔で茶請けを口に運ぶ高祖父を、リアは視界から外しておく。


「――ところで、我が君、紅雷の民のあの男に、地獄に落ちろと言う予定はあるのか?」

「……り、りあ、その言い方だと、私がクライを嫌っている様に聞こえてしまうのよ?」

「私は、地獄の底まで我が君についていく覚悟がなければ、認めないからな」

「べ、別に、モリガン=ブリジット王みたいなことを、クライに言うつもりはないもの……」

 リアの主君は、両の人差し指をつんつんとさせながら、ぼそぼそと呟いた。


 嘗て、歴代の誰よりも人を殺し、『残虐王』の異名を有した女王は、即位の直前、情夫にこう問いかけたという。


 ――共に、地獄へ堕ちてくれるか、と。


 当時は腐敗を極めた暗黒期。

 先王を弑して玉座に登った娘の前途は、血と、裏切りや憎悪に塗りたくられていたことは、一目瞭然であった。

 まあ、『残虐王』に問われた男は、喜んで、と即答したそうだが。

 紅姫曰く、歴代最狂の『笑い鬼』が忠誠を誓い、気持ち悪い程執念深い男に粘着された『残虐王』は、その忌み名に似合わず結構な苦労人だったらしい。


 煮え切らない主君の言葉に、リアは目を(すが)める。

「……我が君、共に地獄に落ちるか、あの男を突き放すかの判断は、さっさとするべきだ。 ――中途半端な情は、死人を増やすだけだぞ」

 淡々としたリアの意見に、主君は怒らず、悲しげに微笑むだけだった。

「クライと一緒なら、私は、どんな地獄でも歩きぬけると思うの。 でもね――」

 あどけなさを残す濃い目の茶色の瞳は、静謐(せいひつ)な覚悟を湛えて、どこでもない場所に向けられた。

「私は、クライを幸せにすると、約束できないわ。 クライには、もっといい人がいるかもしれない。 ……だから、迷うの」

 一緒にいてほしい。

 でも、自分は、大事な相手に、災いしかもたらせない。

 ――大凶星である《殺戮の覇王》を宿星としてきた血統の誰もが、その苦悩を抱えてきた。

「地獄に落ちても構わないかと聞いた時に、即答しなかったら、捨てればいいだろう」

「……あ、あのね、それを言う心の準備が、できないのよ……?」

 十歳の少女とは思えないリアの台詞に、六歳上の主君は縮こまった。


 無言のまま、露骨にお茶を要求してくる高祖父に、リアは冷めたお茶が入った茶器を渡してやった。


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