閑話 ひいひいおじいちゃんといっしょ そのいち
*グロテスク・ホラーチックな描写があるため、ご注意下さい
禍を招く、大凶星。
其れを宿星として負った血筋の自分が、ただの人間には疫病神どころか、死神になるのだと理解した時には、何もかもが取り返しがつかなくなっていた。
糞尿混じりの血臭。
床に置かれた首の、光の失せた瞳。
綺麗に解体された躯は、それが一人の人間の体に収まっていたのが不思議な程、広範囲に散らばっていた。
てらてらと輝く新鮮な臓腑が、妙に目につく。
……また明日、と、手を振って別れたのは、昨日のこと。
約束した明日は、もう二度と来ない。
裏切りを気づかない振りをした代償が、足元に忍び寄っていたことなど、別れた時には、思いもつかなかった。
足を踏み出そうとした直前、迂闊に残骸を掻き集めようとすれば、致死の罠が発動すると悟り、己と実行者に失笑した。
――生温い、と。
***
歌が聞こえる。
奉げられる祈りの歌が。
本来、彼女とは無縁のものは、低い男の声で奏でられていた。
そっと、羽毛が触れるように、微かに触れる指先の温度は、曖昧で。
浮き沈みを繰り替えす意識と共に、微睡の中に沈んでいった。
目覚めは、自我の確立に似ている。
世界から、まずは己を見つけ出して、握り込む。
起動に少々時間のかかる主君とは違い、リアは目覚めてしまえば、特に眠気は感じない。
だが、自分の体温が移った寝具からは、なんとも離れがたい。
心地良い感触を楽しみながら、リアは目を閉じ、夢の残り香を振り払う。
鼻の奥に、未だに血臭がこびり付いている気がした。
――それとも、染み付いて、もう取れなくなっているのだろうか?
閉ざした瞼の向こう側に、ふわりと、温かなものが着地した。
妙なる響きが、リアの鼓膜を震わせる。
目を開ければ、柔らかな炎色の鳥が、南京玉のような黒い瞳でリアを覗き込んでいた。
「フィオ」
リアが微笑んで手を伸ばすと、嬉し気に囀り、飾り羽を揺らしながら頭をこすりつけてくる。
リアの高祖母を追ってこの地にやってきたらしいこの鳥は、何の気まぐれかリアの周りをうろついている。
ヘンなイキモノにばかり懐かれた高祖母の血か、リアも犬猫に逃げられる代わりに、フツウではないイキモノと遭遇しやすかった。
「……とり。 ……焼き鳥もいい……」
不穏な呟きは、低い男の声だった。
リアが布団を跳ね除け飛び起きると、男が一人、リアにじゃれつく鳥を物欲しげに見ていた。
リアからは失われた髪と瞳の赤銅色は、嘗て『傷んだ血の色』と嘲笑され、悪鬼の色だと恐れられた色彩だ。
「――おじい様、フィオは、食べるものでは、ありません」
リアは、一句、一句、言い聞かせるように男に言った。
地神の《人形》とはいえ、『暴食鬼』と呼ばれ、古竜をも食料と認識した食欲と悪食ぶりは健在だ。
だが、自分に好意を示すイキモノを食おうとするのは止めろと、リアは声を大にして言いたい。
実父と決定的に決裂したリアを守るため、地神が派遣した《人形》が高祖父を素体としたものだった。
本来ならば、紅姫が王鞘の教育に口出しすることはないのだが、隙あらばリアの四肢を落としかねない父の様子に、危機感を抱いたらしい。
一番の常識人である曽祖父の《人形》は兎も角として、リアとしては『暴食鬼』を侍らせるぐらいなら、『陰鬼』あたりの方がまだましだった。
いかに歴代最も陰気な男であろうが、何でもかんでも食おうとする男よりは、面倒事が少なくてよほど良い。
「あし一本だけ」
「……フィオに指一本でも触れたら、紅姫に言って『陰鬼』と交代させて頂きます」
諦めの悪い高祖父に、リアは言い切った。
別に父より強い《人形》であれば、リアの守護は事足りるのだ。
例えば、真正の《殺戮の覇王》に侍る、《虚ろの騎士》を素体にした《人形》のような。
それは、高祖父だけではなく、『陰鬼』や歴代最狂の『笑い鬼』がそうだった。
最も、『笑い鬼』は御す自信が高祖父以上に無い為、紅姫に打診されてもリアは全力で断る。
「それはだめだ」
獣の様に何を考えているかわからない男の顔に、焦りが浮かんだ。
何でも、リアは男が溺愛していた高祖母に面差しが似ているらしい。
だから、高祖父はリアにはかなり甘い。
その代わり、リアの父――己の曾孫をそうと認識しているか相当怪しいが、寧ろそちらの方がウェインとしては通常仕様である。
ぐう、と男の腹が鳴る。
「……めし」
「はいはい、好きにしてください」
リアは溜息交じりに、男に右腕を差し出す。
音もなくリアに近づいてきた男は、寝台の端に腰掛けると、当然の様にリアを自分の膝の上に乗せた。
……いくら血縁であっても、首筋に顔を埋めて深呼吸するのはないと、リアは思う。
だが、これで男の飢餓感が大分緩和されるらしく、男による被害額の桁が変わってくるのが悩ましい。
そして、リアはほんのわずか、首筋に痛みを感じだ。
次いで、男の舌先が、リアの肌に滲んだ血を舐めとる。
お前は吸血鬼か、と突っ込みたくなるが、単に高祖母と同じくリアの血が高祖父の飢餓の解消に適していたというだけだ。
リアは時々、高祖父の妻に対する『好き』が、好物に対するものか、男女間の情か分からなくなる。
「リアのは癖になるまずさ」
「私は青汁か何かか」
感慨深げに呟く高祖父に、リアは冷たい声を出した。




