地獄の底に咲く花
*ヒロインの価値観が酷いです。人によっては不快になるため、ご注意下さい。
リアのローディオの貴族からかけ離れた価値観は、情を交わしたことがあるらしい男には受け入れ難かった様だ。
「……貴様のような阿婆擦れを母に持つ子は不幸だな」
「不幸か否かは、私の子供自身が決めることです。 これでも、私は私の子供を愛すると決めていますの」
吐き捨てるような近衛の言葉に、リアは嫣然とした笑みを浮かべる。
色々と捻じ曲がっていたとしても、リアは誠実だ。
主君と我が子を優先して、決して報いることができないから、夫など必要ないと明言している。
……その誠実さが、他人に受け入れられるかは置いておいて。
「私は、私の子供により良いものを残したいと思っているのですよ。 ――神域で生き残ることができない男を父親と仰ぐなど、ましてや、愛を与えることのない男を父親と認識するなど、私の子供が可哀想ではありませんか」
……神域って……。
リアの条件が厳しすぎだ。
高位の魔物が跋扈する危険地帯で生き残れる者など、ローディオに存在するのだろうか?
「まー、浮気野郎は無理だよな。 結婚して三分ぐらいで、ねーちゃん未亡人になりそうだもん」
へっと、クロードが男を小馬鹿にしたように笑った。
そんなに浮気が受け付けないのか、クロードの男に対する態度が悪い。
ヴォルケ的には、男を種馬扱いしかしていないリアも十分酷いのだが、それは別にいいのだろうか?
……そもそも、結婚後三分で未亡人とは、リアの夫はどんな危険職業なのだ。
「情を交わした男を殺す毒婦だという噂は、本当だったか」
「まさか。 どうして私が、そのようなことに労力を使わなければいけないのですか」
男の嫌悪のこもった言葉に、リアは呆れた様な表情を浮かべる。
「ウェインに恨みを持った暇人が、私と寝た男を殺したことはあっても、情を交わしたというだけで、私が手を下したことはありません」
「ねーちゃん、分かってんのに見捨てるのも、どうかと思うんだ……」
虚ろな目をしたクロードの言い分に、リアは首を傾げる。
「ウェインの財や情報目当ての方々を保護する理由などないでしょう。 ウェインがどのような存在であるか理解しているなら、ウェインに関わることの危険性も知っていた筈よ。 まあ、暗殺者を向けられても死ななかったら、夫候補にするのもやぶさだかではなかったのだけど」
「死んじゃってんじゃん……」
クロードの突っ込みには、力が無い。
女はよく花に例えられるが、リアは高嶺の花では収まるまい。
地獄の底に咲く花あたりが適当だろう。
近づこうと試みるだけで、死ぬ。
「ただ、暇人達も忙しくなったのか、二十人くらいで情を交わした相手が死ぬことがなくなったのよね」
「ねーちゃんが気にしないって、二十人殺すまで分からなかったんだ……」
さすがは悪鬼というべきか。
二十人もの男を見殺しにしておいて、リアは平然としていた。
リアの鬼畜発言に、クロードだけではなく、副官も男もドン引きしている。
ヴォルケは、そんな思考回路を形成せざるを得なかったリアを、哀れに思ったけれど。
「――この、悪魔めっ!!」
「だからどうしたのですか? 私が守護するべきは我が君や紅姫、ひいてはアレクサンドリアの民であって、他国の者に割くべき労力などありませんよ。 ――人の足元を嗅ぎまわる鼠などは、特に」
男の怒鳴り声も、リアはどこ吹く風だ。
話から察するに、リアが見捨てたのは他国の諜報員であったらしい。
……ヴォルケが言えた義理ではないが、趣味が悪いにも程がある。
でも、何故だろうか?
リアの発言は間違いなく人でなしのものなのに、ヴォルケには違う声が聞こえる。
大切なものを必死に守ろうとする女の子の、家族を求めて泣き喚く声が。
……多分、リアに言ったところで、空耳だと一蹴されるだろう。
男の手が、佩いていた剣の柄にかかる。
今や男にあるのは、リアへの恐怖だ。
彼女の在り方が、考え方が、男が理解できるものとは程遠い故に、……決して理解できない為に、恐れしか抱けないのだろう。
「おいこら、暴力はんた~い」
いまいち緊張感の無いクロードを余所に、リアは困ったように苦笑した。
「別に、そのようなことをしなくても、貴方が私に関わらなければ、私が貴方に近づくことはありませんよ。 貴方自身も、貴方に付随する諸々も、私に必要なものでもなければ、利になるものでもありませんから、正直どうでもいいです」
まさかの存在丸ごと全否定。
好意の反対は、嫌悪ではなく無関心である、とは、よく言ったものだ。
……それは、ヴォルケが知る限り、最低の振り文句であった。
「……ねーちゃん、ここは包んで、聖女に貢いでる浮気野郎は一昨日来やがれっ! で、いいと思うんだ……」
「身の丈を弁えずに貢ぐ殿方も、貢いだくらいで傾く家も、あってもなくても大差ないでしょう?」
リアの男に対する認識が、やっぱり酷い。
そう言えば、以前殺された司祭の代わりに赴任してきた聖女に貢ぐという話を、最近やけに聞く気がする。
『聖女』、というのは、『教会』において、『聖人』と同じく浄化や癒しの業に秀でた者の称号である。
彼らは能力において選出される人材であるが、赴任して来た聖女は、代々聖女や聖人を輩出してきた血筋の末裔らしい。
ヴォルケはよく顔を見ていないが、色素の薄い金髪と空色の瞳の美しい娘だとか。
だが、男に貢がせるとは、リアとは違う方向で悪女の素質があるのかもしれない。
「――き、貴様っ――!!!」
許容範囲を超えたのか、男は剣を抜きざま、リアに向かって大きく振りかぶった。
動いたのは、ウサギの着ぐるみだった。
残念臭漂う着ぐるみは、見た目を大いに裏切る素早さで、男の背後に回り込む。
風切り音と共に突き出された短杖は、刺突剣の如く、男の両の膝裏を正確に射抜いていた。
「――がぁっ?!」
ウサギの容赦のない膝カックンに、男は大きく体勢を崩してしまう。
そのまま立て直しもできない男に、ヴォルケは内心嘆息してしまった。
近衛の練度が低すぎる。
そして、地面に倒れこむ男の顎を、竜の着ぐるみの小さな拳が打ち抜いた。
――キュピーンッ!!
そんな効果音と共に、何故か竜の着ぐるみの両目がピカーンッと光る。
こんな時に、着ぐるみの無駄機能が仕事をしたらしい。
男が豪快に宙に浮くと同時に、なんでか炎の視覚効果を纏った竜の着ぐるみが跳躍した。
そして、小さな拳の連打が男を襲う。
……星とか火花とかの視覚効果も、ポコッとか、パコッとかいう間の抜けた効果音も、本気でいらない。
そう言えば、異界の遊戯である「げーむ」とやらを模した絵本に、現在の情景に似た挿絵があった気もする。
やや現実逃避気味のヴォルケの目の前で、笑えばいいのか、呆れればいいのか判断に困る光景が繰り広げられていた。
――付与魔法を盛大に無駄遣いした連撃が、終わった。
「……泥棒対策機能が、こんなところで役に立つなんて……」
気絶した男の上によじ登り、両前脚を大きく上げる竜の着ぐるみを前に、クロードは感極まった様に目元を抑えた。
……今は、感動するところなのか?
「……使用用途が、どうして泥棒対策に限定されているの?」
「いや~、普通の人に誤射しないように、赤ドラちゃんの両脚が地面についた状態で、顎にアッパーって条件付けてたんだよな。 だから、匍匐前進している人ぐらいにしか発動しないから、折角組み込んだ機能がいつまでも活用できないかもって、思っちゃってたんだ」
「……そうなの」
暢気に笑うクロードに、リアは冷め切った目を向ける。
なぜ、活用できなさそうな無駄機能を付けたのだろう?
「でも、膝カックンは盲点だった!」
「不幸な事故だったのね」
リアはあっさりまとめたが、面子を軒並み粉砕された男にとっては、とんだ災難であろう。
男はただ気絶しているだけだったが、無駄に高い貴族の誇りとやらを考えると、このまま永眠してしまった方が、当人にとっては幸せかもしれない。
「クロード、放置するのも問題だから、そこの殿方を救護室に連れて行きなさい。 私は、この子達についての説明をしに行きますから」
「へ~い」
懐から出した縄で、てきぱきと二体の着ぐるみを縛り上げるリアの指示に、クロードはやる気のない返事をする。
クロードはいやそうな顔のまま、ひょいと男を抱き上げた。
所謂、お姫様抱っこという体勢である。
騎士がお姫様にする分には、乙女の夢で済まされるが、男が男にすると、ひたすらむさ苦しいだけであった。
「ねーちゃん、救護室ってどこだっけ」
「北の出入り口から、右に二十メートル、角を左に曲がって八メートルよ」
「ありがとう」
軽快な足取りで歩くクロードの後ろを、着ぐるみ達を引き摺りながらリアがついていく。
「……騎士像は……?」
リアがぶん投げた騎士像は放置だった。
結局、リアが隻腕で投げ飛ばした騎士像を、ヴォルケ達は数人がかりで元の場所に戻す羽目になった。
たまたまアホな戦いを見物に来ていた異国のご隠居から、栗色の髪の年若い護衛を借りなければ、騎士像を元に戻すのは困難を極めていたかもしれない。




