リアの結婚観
*ヒロインの価値観が酷いです。人によっては不快になるため、ご注意下さい。
生き物の頭部から発生してはいけなさそうな、音がした。
「——っでぇっ?!~~~~~~~~っ?!?!?!」
鞘が付いた中途半端な長さの剣にぶん殴られ、クロードは頭を抱えて悶絶している。
常人なら圧死するような重さの騎士像に押しつぶされても、けろりとしていた青年が、動けなくなる一撃とは、どのようなものなのか。
紅く輝く鈍色の剣を隻腕に引っ提げた娘は、仮面の様な無表情を崩し、困ったように微笑んだ。
「クロード、今すぐ記憶を飛ばしてあげるから、もう一度零から学び直しましょうね」
「……い、……いや、ねーちゃん、……き、記憶が飛ぶ前に、俺の、頭が、……物理的に、ぶっ飛ぶと、思うんだ……」
何気なく恐ろしい発言をする娘に、クロードは息も絶え絶えに意見する。
クロードの懸念が、現実になりそうなところが恐ろしい。
「まあ、歴代最弱の王鞘に叩き潰されるなんて、なんて軟弱な頭かしら」
「……いやいや、脳筋専用武器で頭殴られて、無事な方がいないから。 軟弱な頭の方が多数派だから」
クロードは頭を押さえつつ、後ずさりして娘から距離をとる。
彼の回復力も、十分異常で少数派になるのだが、本人にそんなことに気付く余裕などない。
すう、と、娘の瞳が細くなる。
笑みの形に歪んだ唇から、酷く低い声が発せられた。
「——誰が脳筋だって?」
「——いやいやいやっ?! 別にねーちゃんが脳筋だって言ってないしっ!! ふつー、重金剛製の武器振り回せるのは、脳筋ぐらいだからなっ!!?」
慌てる青年を見て、娘は口元に笑みを刷いたまま軽く肩を竦める。
因みに、重金剛とは、主に竜穴と言った魔素の濃度が高い土地で産出される金属で、至高金属に比する耐久性を誇る。
が、脳筋専用と言う称号が示す通り、重金剛は、この世で一番比重が高い物質である上に、魔力の伝導性の低さ故、魔法具に向いた素材でもない。
よって、必然的に重金剛製の武器を扱える者は、能力値を筋力に全振りしたような人間が多くなるのである。
「ごめんなさいね、クロード。 ここ数百年間の王鞘は、皆重金剛の武器を使っていたから、他の使用者のことはあまり考えたことが無かったわ」
先祖代々脳筋でした、と言外に言ってしまっている娘から、クロードはそっと目を逸らした。
「ウェインさんちって、先祖代々ちょー頑張ってるもんな」
悪鬼呼ばわりだけに、頑張っている方向は、倫理的に問題だらけであったろうが。
黄昏るクロードに、ぽすぽすと足音をたてながら、白いウサギのカタチをしたモノが箱を抱えてやって来る。
手作り感を全面に押し出した見た目のウサギが、地面に下した箱の中身は、応急手当てに必要な包帯やちょっとした薬である。
「白うったん、優しいっ!」
名付の感性を疑う様な呼び名を叫びつつ、クロードはウサギに抱き付いた。
子供の様な大きさのウサギは、クロードの頭をよしよしと撫でている。
魔法人形の性能はピンキリであるが、このウサギの場合、ビミョウな見た目とは裏腹に、性能の方はそれなりに高いらしい。
魔法人形に場に合わせた反応をさせる為には、中々に煩雑な調整が必要なのだ。
漫才じみたやり取りをするクロード達を、ヴォルケははらはらしながら見守っていた。
リアの猫が散歩気味なので、とても心配だ。
ローディオでは、重金剛製の武器で男の頭をぶん殴る脳筋女は皆無な為、リアの本性には大概の者がドン引きしかねない。
実際、ヴォルケの副官はクロード達を凄い目で見ている。
ヴォルケが『災獣』を討ったことにより、知らないうちに命を救っていた副官は、そのことをやたらと恩に着ているのだ。
副官は、ヴォルケに癒し系の嫁を見つけることを、勝手に目標としている為、色んな意味で癒し系には程遠いリアが気に食わないようである。
……正直言って、嫁に関しては巨大なお世話だと思う時があるのだが、ヴォルケの行いに感謝する副官の存在に救われたことは事実だ。
もし、副官がリアのことを否定するなら、ヴォルケは困る。
リアに手を伸ばしたいと思う己の心を、ヴォルケは曲げられそうにない。
「――情けないですなぁ、ファルケランツェ殿」
尊大な声には、隠し切れない嘲りが含まれていた。
大股にリア達の近くにまで歩いていくのは、――確か、近衛に属する男だったか。
白を基調とした隊服は、実用性よりも見た目を重視したものだ。
男がリアに向ける目に、ヴォルケはイラッとした。
灰色がかった碧眼には、どろどろとした熱が凝っている。
己を舐めるように眺め回す男に対し、リアは淡々とした眼差しを返す。
「誘惑に負け、小物相手に手を抜くとは、騎士の名折れではないですか」
嘲笑混じりの男の言葉に、副官の額に青筋が浮かんでいた。
……いくらバカっぽい行動しかしていないとはいえ、クロードの力量を理解できていない男の方が、騎士の名折れではあるまいか。
クロードのピコピコハンマーは、尋常ならざる彼の怪力で、徒に他者を害さない為のものなのだ。
ヴォルケの副官が魔物用の装備を持ち出したのも、そうでなければクロードの身体能力に張り合えないと察した故であろう。
「――まあ、躰を用いなければ、平民将軍の部下にも張り合えぬ遠縁しかいないウェイン伯もどうかと思いますが」
リアへの距離を詰める男を阻むように、ウサギと竜の着ぐるみが前に出た。
……可愛らしい装飾の短杖を素振りしようと、男に向かって何度も拳を突き出そうと、残念臭漂う着ぐるみでは、全く牽制にはなりそうもないのだが。
「失礼だな! ねーちゃんはフェリクスさんのタイプじゃないやいっ!!」
「クロード、貴方はほぼ初対面の殿方の好みの何を知っているの」
リアに対して失礼なことを叫ぶクロードに、リアは呆れたように突っ込んだ。
「だって、ねーちゃん、――癒し系じゃないじゃん」
真顔で言うクロードに、リアは無表情を返す。
「――ふんっ、見境の無い阿婆擦れに、癒しなど期待できるかっ!」
やけに突っかかってくる男を見て、クロードはリアに視線を向けた。
「ねーちゃん、こいつに悪女みたいなことをしましたか?」
「まさか」
特に表情を動かさないまま、リアは肩を竦めた。
「この方からは、時間と子種を頂いたけれど、情報と金品には手を付けてないわ。 ――ああ、誰が私を落とせるか、賭けが成立しなかったから、八つ当たりかしら」
「だめじゃねぇかっ!」
リアの問題発言に、クロードが突っ込んだ。
「――ねーちゃん、子作りってのはな、子作りってのはな! 好きな人とやるもんだろっ!! もっと自分を大切にしなさいっ!!!」
崩れ落ちたクロードが、地面を拳で叩いて凹ませていた。
「あらいやだ、クロードったら、私が病気持ちの殿方に近づくと思って? それに子供なんて、異性と生殖行為をしたら、ある程度の確率でできるものでしょうに。 ――子を生すのに愛情が必要なのなら、政略結婚も、望まぬ妊娠も、――子殺しだって、存在しないでしょう?」
「例えが重いっ?!」
乙女な発言をするクロードとは対照的に、リアは笑顔で夢もへったくれもない台詞を吐いた。
……前々からヴォルケは思っていたが、リアの子作り観が酷い。
「……っていうか、二股は無しだろうっ!! 婚約者がいる奴との浮気もいけませんっ! っつーか、浮気野郎は死ねっ!!!!」
貞操観念が相当固いのか、クロードは一人でキレていた。
「たかが火遊びに、どうしてそんなに目くじらをたてているの。 別に私はそこの殿方を選ばないのだから、二股は成り立たないわよ」
「ねーちゃん、発言が悪女だなっ!?」
「私が欲しいのは、善き夫ではなくて、私の血を引く、私の子供だもの」
リアは、清々しいほどぶれなかった。
……被っていた猫は、一体どこへ行ったのだ。
「私は我が君の第一の忠臣で、神域の番人。 そう在ることを、自分で選んだわ。 今更、善き妻になどなる気はないの。 必要なら夫になってくれた方を切り捨てるし、我が君に仇為すなら、夫の一族であっても首を刎ねるわ。 それに、私が産むのは次代の王鞘であって、夫が愛する為の子供ではないから、その為の子供を産ませる愛人だって許容する」
淡々と語る言葉には、女王の臣下としての強烈な自負が滲む。
――決して主君を裏切らぬ故に、忠臣と謳われ、情を交わした相手でさえ容赦しない酷薄さ故に、悪鬼と恐れられるのだと、よく理解できる台詞だった。
「――はっきり言って、夫を持たない方が面倒事が少ないのよね」
「ねーちゃん、結婚に夢ぐらい持とうよっ!」
「何を言っているの、クロード。 夢は寝て見るものでしょう」
「――きっと、きっと探せば、ねーちゃんにぴったりな、愛と根性と生存能力がある人がいるんだよぉっっっ!!!」
そうクロードは叫んだが、愛の他に根性と生存能力が必須なあたりで、該当者は非常に限られると思う。
クロードの主張に、リアはふっと笑みを浮かべた。
「探す労力が勿体無いじゃない」
「いや、ちょっと……」
クロードは、顔を覆ってしまった。
リアの結婚観が酷い。
因みに、リア達から完全無視された男は、二人を射殺さんばかりに睨み付けていた。




