残念生物達へのゴホウビ
瀟洒な客間の中には、甘ったるい匂いが充満し、何処からともなく美しい旋律が響いていた。
艶々とした赤い果実がのり、真っ白なクリームで覆われたふわふわの菓子が、大きく開かれた口の中に消える。
「——こ、これは——」
くわっと、糸目が見開かれ、最上級の紅玉に似た、硬質な輝きを有する瞳が真丸になる。
「——厳選したいちごの甘酸っぱさと、クリームの控えめな甘さが、絶妙なハーモニーを醸し出すんよ……! スポンジの食感もふんわりで、口の中で溶けちゃうねんっ! 流石は、大陸中央部でも屈指の老舗の味……!!」
「それは良かったな」
フォークを片手に、感動に打ち震えるハムスターもどき。
そんな残念生物に、書類を確認していたリアが、平坦な声で相槌を打った。
リアの膝の上には、毛艶の無い黒猫が丸まっており、その黒猫は抱え込んだ蓄音機から流れる音楽を、快さげに聴いている。
蓄音機の音色に合わせ、ピコピコと黒猫の尻尾が揺れ動く。
そして、彼等の目の前にある十人掛けのテーブルの上には、盛り沢山の菓子がテーブルから溢れんばかりに置かれていた。
——ぶっちゃけ、甘味に関しては好きでも嫌いでもないヴォルケは、漂っている匂いだけで胸焼けがしてくる。
ヴォルケは、故郷で食べた素朴な焼き菓子をリアに持ってきたのだが、当の彼女が滞在していた部屋では、超高級店の菓子がてんこ盛りになっていたのである。
「……いいのか、おい……」
「必要経費だ」
王城の中で堂々と菓子を堪能している人外を見て、ヴォルケは余りの能天気っぷりに眩暈を覚えたが、リアの返答はヴォルケの求めるものからずれていた。
まあ、リアの事だから、相応の対策をとっているのだろう。
……それ一つで、ヴォルケの一日分の食費を軽く凌駕する超高級菓子達の総額については、何も考えないことにする。
『——いや~ん、萌え萌えですね~っ!』
壁際で薄い本片手にごろごろ転がるウサギの着ぐるみなんて、ヴォルケには見えていない。
そっちの趣味ではないヴォルケにとっての禁断の書なんて、見えないったら、見えないのだっ!
「それで、何の用だ?」
書類から視線を上げたリアが、そう言って首を傾げる。
「いや……」
何の用かと問われても、ヴォルケはただ、自分が美味しいと感じたものをリアに持ってきただけだった。
だが、自分の手にある貧相な焼き菓子と、豪華な超高級菓子を比べて、躊躇してしまった。
「お菓子くれるん?」
「いや、お前に持ってきた訳じゃないからな」
ハムスターもどきは、ヴォルケが持つ袋の中身に目ざとく目を付けたが、別にヘンなイキモノの為に買って来たのではない。
「ふうん?」
リアは目を瞬かせた後、徐にヴォルケに向かって隻腕を差し出した。
——ヴォルケの菓子が欲しいと言う、意思表示だろうか?
「……これ、安物だぞ?」
「それがどうした。 利益があるなら、私は貰えるものは貰う主義だ」
リアの物言いが可愛らしいと思うのは、ヴォルケが重症だからなのか。
「ウチも欲しいねん」
「自分で買って来い」
超高級菓子を頬張りながらのハムスターもどきの要求を、リアはばっさりと切り捨てる。
山盛りの超高級菓子を目の前にして尚、安物の菓子を欲しがるとは、ハムスターもどきはどんだけ食いしん坊なのか。
「リッちゃん、ずるいねん」
恨めし気なハムスターもどきを無視し、リアは木の実を混ぜ込んだ菓子を口の中に放り込む。
素朴が取り柄の菓子に、リアの表情が和らいだ。
ハムスターもどきに比肩するかは不明だが、リアも甘いものが好きらしい。
リアが常に小さな飴や砂糖菓子を懐に忍ばせているのを、ヴォルケは知っていた。
下らないことで駄々を捏ねる、真竜(!)の化身に、彼女は面倒臭げに己の菓子を与えていたので。
食いしん坊の残念生物が一発でやる気を出したので、相当良い品であることは間違いない。
「悪くはないな」
上から目線の言葉と共に、リアがヴォルケの口の中に菓子を放り込んでくる。
ヴォルケの下の上に、何処かほっとする甘さが広がった。
『——リッちゃん、その悪戯っぽい笑顔が最高だと思いますっ!! ありがとうございますっ!! ありがとうございますっ!! 大事なことだから、二度言いましたっ!!!』
「……白姫、いちいち煩い。 黙っていられないのか」
ばんばんと床を叩きながら転がり回るウサギの着ぐるみに、リアは冷めきった目を向ける。
『マンネリ化はアカンのです。 わたしは、新たな萌えを開拓中なのですよっ!』
腰に前脚をあて胸を張る着ぐるみに、ヴォルケはちょっと引いた。
イロイロと幅が広すぎて、ウサギが変態に見えてきた。




