天の氏族は占えない
占い、とは、占形から未来や吉凶を予知することである。
異能としての先見とは違い、占いと言うのは技術であるため、その精度は酷く曖昧だ。
素人の占いはただの戯言でしかないが、しかし、本物の占師の占いは、最早先見同然であるのも事実である。
世に占師は多くあれど、道端のなんちゃって占師ではなく、精度の高い先読み等が可能な本物の占師に関しては、流浪の民に所縁のある者が多い。
流浪の民はその占いの技術を以て、自分達の身を守り、食い扶持を稼いできた為、自然とその水準は高いものになる。
流浪の民の中でも、特に占いに秀でているとされているのが、『天の氏族』と呼ばれる四つの氏族だ。
——『先見の暁』。
——『遠見の蒼穹』。
——『追憶の黄昏』。
——『夢見の夜闇』。
彼等の特異なところは、その技術もさることながら、生まれ持った異能を、占いの補助に用いたところであろう。
それぞれ先見・遠見・過去視・夢見の異能を有していた『天の氏族』は、占いの結果を殆ど外すことが無かったと言う。
——だが、その有用性と『天上の青』、『黎明の紫』等と称えられた美しい色の瞳故に、『天の氏族』の多くは狩られてしまい、既に二つの氏族は滅んでいた。
クロードが、『夢見の宵闇』の象徴たる蒼闇の瞳を持つ女を見つけたのは、たまたまである。
何だかお腹が膨れそうなものの匂いを漂わせる青年の、隣にいたのが、その女だったのだ。
女の前には、高価そうな服を着た初老の男性もいた為、彼女は恐らく物好きな金持ちの専属占師か何かであろう。
『夢見の夜闇』は他の三氏族と比べ、割と地味で見分け辛い容姿であったために、生き残りが多かったのである。
クロードは、女を見つけた時から、そのうち占ってもらおうとは思っていた。
恋愛経験が壊滅的なクロードは、良さげなのにくっつきそうにない二人が上手くいく方法が知りたかったのだ。
——人様の妄想の中では百戦錬磨な白うったん(クロード作)のナカのヒトも、
『うふふ……、いいですね、恋愛占い……。 これで二人が上手くいったら、もう萌え萌えですねっ!!!』
と、身体をくねらせながら、叫んでいたし。
また、おっちゃんの副官さんの方は、ねーちゃんがおっちゃんに相応しいか知りたいようなので、ついでに二人の相性占いでもしてもらえば良かろうとも思ったのである。
女に占をしてもらうこと自体は、思ったよりもあっさりと了承された。
女を雇っているという初老の男性に事情を話したら、面白そうにして、快く引き受けてくれたのである。
——が。
酷く滑らかな動きで、机の上に数枚の絵札が並べられた。
すっと、細い指が伏せられた絵札を捲る。
占では定番の道具の一つである絵札は、使い古した物なのか、何処か古ぼけたものだった。
女の動きに合わせ、鮮やかな文様が刺繍されている、ゆったりとした衣服の袖がふわりと揺れる。
片目を眼帯で覆った女の、顕わになった蒼闇の瞳が、晒された絵札を見つめていた。
——彷徨い続ける、空っぽの鎧。
また、捲る。
——右手に灯を掲げ、左手に花束を抱く娘。
また、めく——
ちらりと、絵札に描かれた血塗られた刃が見え——
——なかった。
「——っだああああああああああああっ?!?!?!?!」
「——ええっ?!」
奇声と共に、女が絵札ごと机をひっくり返したのである。
呆気にとられる観衆を余所に、女は全力疾走でもしたかのように、荒い呼吸を繰り返していた。
「……結局、ねーちゃんとおっちゃんの相性って、どんな感じ何ですか?」
「——なに最悪な時期に、よりにもよって『傷んだ血の色』を占わせようとしてるんだいっ!!!」
全く空気を読まないクロードに、女が掴みかかる。
「うえっ、今占えない時期なのかっ?!」
「——覗き込めば引きずり込まれるのが分かって、深淵を覗き込む気はないんだよっ!! あたしはっ!!!」
がっくんがっくんと、青年を揺さぶりながら、女は声を張り上げた。
「え~、じゃあ、探し物も駄目な感じなのか?」
「——この時期、この土地で、あたしは占いたくないって言ってんだろうっ!!!」
別に最後の希望と言うわけでもなかったので、至って呑気なクロードとは対照的に、額に脂汗を浮かべる女は、涙目になっている。
そう言う素養が皆無のクロードにはさっぱりだが、女はなんだかとにかくヤバイモノを覗き込みかけてしまったようだ。
——本来知り得ぬことを知ることに関して、異能も占術も、相応の危険がある。
無数に分岐する可能性の一つを垣間見ることにより、或いは、世界が記憶する事実を盗み見ることにより、時に誰かの生に致命的な影響を与える代償は、決して軽くはないのだ。
その代価を端的に言えば、狂う。
素人の占い如きではそんなことは起こりやしないが、より詳細な情報を得ようとすれば、狂気の淵に囚われる可能性は高くなるのである。
見なくていいモノに、精神が耐えられない事が一つ。
また、過去視や未来視、そして占術等は、深淵に手を突っ込むことに例えられる。時に、不幸にも深淵に引きずり込まれ、そのまま戻れなくなる者も多い。
高名な占師が、客を選別する原因がこれだったりする。
別に占師が客を選ぶのではなく、占ったら狂うときに来た客を断るだけなのだ。
まあ、占えない時に占ったとして、確実に狂う訳でもないのだが。
あらゆる過去と現在と未来を内包する深淵の基準は、どこまでも曖昧だ。
「……『傷んだ血の色』……?」
女の雇い主である初老の男性が、訝しげに呟いた。
字面からして余り良い呼び名でないことはクロードにも分るが、その由来も、差し示す対象も青年は知らない。
「——確か、『天の氏族』の王鞘の血統に対する蔑称だったか……」
そんな彼等に淡々と説明したのは、栗色の髪の青年だった。
何だかお腹が膨れそうな匂いを漂わせる青年は、深々(しんしん)とした黒の瞳を有している。
「――昔々、『黄昏』が疵物の神域に堕ちて穢れたのさ。 穢れが過ぎて、虚無の闇を孕むようになっちまったようだけどね」
ようやく落ち着いたらしい女が、皮肉気に青年の後を継いだ。
「それに、疵物の神域の番人は、《殺戮の覇王》を押さえつけられる、とびっきりの大凶星だ。 いくら見ていい時だって、『傷んだ血の色』なんて、あたしは占う気はないね」
「そーなんだ……」
表現が詩的過ぎて聞いただけでは意味不明だが、幸いにも、クロードは王鞘の血統の始りの片割れが『追憶の黄昏』であったことを知っていた。
当代の王鞘が纏う色は夜闇に通じる黒であるが、元々ウェインが継承してきた髪と瞳の色は、赤銅色だった。
そしてその色は、嘗て地神が喪われた神域を鎮めるために捧げられた娘の、血の滲む黄昏色が澱に侵されて変じた結果だ。
確かに、赤銅色は乾いた血の色にも見えるが、『傷んだ血の色』は酷いと思う。
女が大凶星を占いたくないというのは、クロードにも分かるけど。
——凶星持ちと呼ばれる人間でも、特に性質が悪いのが大凶星であり、周囲に災いを振りまくだけでなく、迂闊に占えばとばっちりが占者に行くらしいので。
ねーちゃんは違うかな~と、クロードは勝手に判断していたので、彼女も大凶星持ちであるのは残念である。
どうしようかと頭を掻くクロードの肩が、がっちりと掴まれた。
「……一体、何が大丈夫だって……?」
地を這う様な低い声と共に、掴まれたクロードの肩がみしりと軋む。
おっちゃんの副官さんこと、フェリクスさんの目は完全に据わっていた。
彼はおっちゃんをとても尊敬していて、人として大好きな様なので、上官の近くに災いを招く大凶星持ちがいたら面白くないのだろう。
そこはクロードにも分るので、彼はあえて笑顔で親指を立てた。
「愛があれば、何とかなるらしいぞ」
これも、人様の妄想をせっせと収集している、白うったんのナカのヒトの受け売りである。
「——愛だけで何もかもが解決するなら、神なんてものは不要だろう」
思わずと言った風に、栗色の髪の青年の呆れ返った声がした。
「ああ、『傷んだ血の色』の近くに男がいるなら、伝えておきな。 今の女運は、女に刺されて死ぬ水準だから、『教会』にでも駆け込めってね」
他称凄腕の占師に駄目出しされ、クロードは目の前の青年の周りに木枯らしが吹いたのを感じ取った。




