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『災獣』

*残酷・グロテスクな描写があるため、苦手な方は注意してください。

 その瞬間、日常は反転し、悪夢となった。




 魔物の一大生息地に最も近い砦であっても、四六時中厳戒状態、と言うわけではない。

 寧ろ、休むことなく気を張りつめ続ければ、すぐに限界が来て、使い物にならなくなるだろう。

 ヴォルケが身を置いていたのは、次の闘争に至るための、一時の休息であった筈だった。


 湿った音と共に、生温かいモノが、ヴォルケの頬に張り付く。

 一拍前までそれを構成物としていた青年は、下半身だけが血だまりの中に沈んでいる。

 肉を骨ごと噛み砕く、咀嚼音(そしゃくおん)

 現実を理解できず、受け入れてもいないのに、ヴォルケの身体は、己を生かすために動き出す。

 何も考えられないまま、ヴォルケは剣を抜き、真横へ飛んだ。

 ほぼ同時に、ヴォルケの後方にいた中年の兵士が、血飛沫をあげる。

 娘のことを嬉しそうに話していた兵士は、片足を砕かれ、苦痛にのた打ち回るも、やすやすと止めは刺されなかった。

 餓えきった獣の瞳が、そう簡単にあの世に逝けぬことを告げる。

 ……魔物は、餓えると、体内の魔力を増加させるために得物を(なぶ)り殺しにすることが多い。

 狂った咆哮は、幾つも重なり、ヴォルケの鼓膜を打つ。


 ——狼の頭、熊の頭、猪の頭が、一つに融合した胴体についている。

 尾には、魔物さえ絡め取る魔樹の蔦。地についた脚の他に、背や臀部から意味を成さない脚が突き出している。複数の種が歪に混ぜ込まれた、生物としては、不条理な身体であった。

 ——合成獣(キマイラ)

 それも、高濃度の瘴気の影響で発生した、天然ものだ。

 瘴気は(こご)ると、厄を振りまく。

 その、瘴気によって振り撒かれる厄の一つが、耐性の無い生物の肉体の変性である。

 高濃度の瘴気によって、あるべき姿から乱され、最悪生命維持に必要な機構が崩壊し命を落としかねない。

 そうでなくても、瘴気に侵された肉体が近くに複数存在すると、瘴気の同質のものを引き寄せると言う特性により、合成獣(キマイラ)が発生し得る。


 何故、とヴォルケはぼやけた頭で考えた。

 今は、王都から貴族の子息で構成された近衛隊の演習が行われていた。

 その為、『事故』の可能性を少しでも減らすために、数か月程前からヴォルケは部下達と共にめぼしい魔物の巣の駆除や瘴気溜りの探索に駆り出されていたのだ。

 苦労の甲斐あって、ある程度の危険の目は潰すことが出来ていた筈だ。


 澄んだ高音が何度も鳴り響き、ヴォルケは呻き声を上げた。


 仮にも危険地帯の砦だ、安全対策は幾重にも施してある。

 万が一、砦を越えて魔物が溢れだしそうになれば、砦を起点とした一帯を焼き払う機能まであるのだ。

 ヴォルケが耳にしたのは、五つある城壁の一番外側――丁度ヴォルケ達がいた場所を障壁で切り離す音だった。

 誰が決断したかは知らないが、あまりにも早く、――ヴォルケ達は切り捨てられた。

 もう、砦側がその必要性を判断しない限り、ヴォルケ達は砦の中に逃げ込めず、増援が来ることはない。

 絶望に凍った部下達が、次々と魔物の爪牙にかかる。


「——諦めるなっ!!」


 無意識の内に腹の底から出た怒鳴り声は、己へ向けたものか、部下達に向けたものかは、ヴォルケ自身にも分からない。

 狂気に浸った瞳がヴォルケに向けられ、剣の柄を握った手に力が(こも)った。


「お前等、生きて帰るぞっ!!!!」


 そうだ、部下達は、生きて返さなければ。

 ヴォルケに帰る場所も待つ人も無かったとしても、隊長として、それらがある部下を、生きて返す義務がある。




 だから、




 鳴り続ける警報を、捻じ伏せ、魔物に向かって走り出す。




 だから、――




 部下の魔法が、正確に魔物の脚を射抜く。




 だから、あいつらを




 だが、魔物の傷が、異様な速度で修復される。




 あいつらを――




 それでも、剣を振り上げた。




 あいつらを、たすけてくれ――





 ◆◆◆




 久しぶりに見る過去は、酷く苦く、後悔ばかりが湧き上がる。


随分(ずいぶん)(うな)されていたな」

 枕を交わしていたリアの言葉は、ただ、事実を指摘するものだった。

 ばつが悪くて目を手で覆い、自分の頬を流れる雫に、ヴォルケは更に情けなくなった。

 いい年こいて、女に泣いているところを見せるのは、恥ずかしいという価値観があったので。

「……あの、腹ペコ竜のせいだ……」

 ヴォルケは、言い訳に呟く。

 貧民街で遭遇した若い竜の飢えに狂った瞳が、嘗て討伐した合成獣(キマイラ)に重なったのは本当だ。

 因みに、貧民街で遭遇した竜二匹は、残念生物達にこってり絞られた上で、黒い女と謎な梟に見張られている為、もう悪さは出来ないらしい。

 やることなすこと馬鹿みたいな残念生物達だが、嘘は吐かないそうなので、やらかす前にめっためた、との宣言は、信じてもよかろう。

 貧民街と言えば、あの場でヴォルケが見せられたリアに憑くモノは、かなり衝撃的であった。

 だが、ヴォルケは、リアをおぞましく感じるより、母親に己の存在を否定されて尚、地獄で何が悪いと嗤った彼女の姿が痛ましかった。

 あれではまるで、リアが自分の幸福を諦めているようではないか。

 また、あれを目撃した貧民街の組織から、理性的な狂人は敵に回したくないと、思ったよりも容易く協力を得られたが、ヴォルケは素直に喜べなかった。

 そうはいっても、魔法や呪術と言った術とは無縁のヴォルケが出来ることは、リアの傍にいること位であったけれど。


「――『災獣』を討伐した時の夢か?」

 リアにいきなり正鵠を射られ、ヴォルケは言葉に詰まった。

(うわ)(ごと)。 あいつらを、助けてくれ、と」

「そ、そうか」

 ヴォルケは思わず、リアから目を逸らした。

 居心地が悪くて仕方がないヴォルケを余所に、リアはもぞもぞと動く。

 そして、ヴォルケの顔にある傷痕に、リアは唇を寄せた。

「……リア……?」

 謎の行動に面食らうヴォルケを余所に、リアは素知らぬ顔でヴォルケの首筋に顔を(うず)める。

 素はツンケンしているリアであるが、実は結構甘えん坊なのではないか、とヴォルケは思ったりする。

 リアは撫でられるのも、ヴォルケにくっつくのも、好きなようだし。

 ――冷めきった目を向けられそうなので、本人には言う気はないが。

 ……そう言えば、ウサギのナカのヒトが、リッちゃんは絶対ツンデレの逸材ですっ!!! と、拳を固めて訳の分からないことを叫んでいた。

 ツンデレとは一体何なのか、ヴォルケにはさっぱりだ。

 着ぐるみのナカのヒト達は、可笑しな情報源から得た謎な情報を元に行動する為、ヴォルケから見ると何をしたいのかいまいち分からない。

「お前の山賊顔は、相手を威嚇(いかく)するのに役に立つ」

「おい」

 褒めているのか(けな)しているのか分からないリアの言葉に、ヴォルケは半眼になった。

「――『災獣』は、天災と同等だから、『災獣』だ。 だから、『災獣』の被害が数十の人間で収まることは、滅多にない。 それに、『災獣』との遭遇から五体満足で生き残っても、精神に異常をきたす人間はそれなりにいる」

 リアは、ヴォルケの首筋に顔を埋めたまま、彼の『災獣』に刻まれた古傷をそろりと撫でる。

「『災獣』討伐を経て、お前以外の交戦した人間が再起不能になったとしても、それはお前の恥じゃない。 ……お前は、救った人間の数を、誇ってもいいんだ。 役立たずの近衛共を数に入れたくなければ、『災獣』を討伐し損ねた時に襲われかねなかった村の数でも数えていろ」

 ぶっきらぼうなリアの話に、ヴォルケは笑い損ねた。

 あの合成獣(キマイラ)を討伐した際に生き残って、今も軍にいるのは、ヴォルケだけなのだ。

 ヴォルケ以外の死ななかった者達は、ある者は四肢を喪い、ある者は精神の均衡を崩し、皆去った。

「部外者の八つ当たりに、いちいち罪悪感を抱いても仕方がないだろう。 砦に閉じ籠った近衛より先に、孤立無援で戦わざるを得なかったお前を責めるのは、お門違いだ」

 どうして助けてくれなかったのだ、と、ヴォルケは部下の家族から何度も責められた。

 ――本当に、どうして部下達を助けられなかったのだろうと、ヴォルケは今でも思うのだ。

「……妙に、優しいな」

 泣きたいような、笑いたいような気分で、ヴォルケが尋ねれば、リアは顔を背けたまま拗ねた様に鼻を鳴らした。

「お前の威嚇に適した面が、必要になるかもしれないんだ。 たかが夢如きでお前が使い物にならなくなったら、私が困る」


 ……何だ、この可愛い生き物っ?!

 ヴォルケは思わず口元を手で覆った。

 リアは素の性格の苛烈さと、偶に見せる可愛げの落差が激しく、それゆえ、稀にみせる可愛げの威力が増幅される様だ。

 頼んでもいないのにウサギのナカのヒトがヴォルケに語っていたギャップ萌と言うのは、これか、これなのか。

 衝動のままに、ヴォルケはリアの頭をわしゃわしゃと撫で回したが、彼女は特に怒らなかった。


 ――ヴォルケはウサギのナカのヒトに、ネタを寄越すのですっ! などと言われているが、そんなものを提供する気は一切ない。

 ナニカが減りそうで、嫌だ。


*白姫のネタ帳*

某月某日

・おっさん萌も、ありなのですっ!!!


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