悪鬼の血脈
ヒロイン及びヒロインの先祖が酷いです。
「ねーちゃんがお嫁に行き遅れそうなんですが、どうすればいいでしょうか?」
「……」
しゃがみ込み、焚き火の中の芋を手にした枝でつんつんとつつく青年に、傍らで同じようにしゃがんでいたエカテリナ司教は、反応に困った。
エカテリナ司教とて、迷える子羊たちに導きを与えることにはやぶさかではないが、目の前の青年の人生お悩み相談は、何かが違う気がする。
青年の足元にいる黒猫が、ちょんちょんと前脚で青年の脚をつついた。
毛艶の無い、べっとりとした黒の被毛の猫からは、エカテリナ司教が見逃しそうなほど薄く、闇の気配が漂っている。
「——あ、ちがった。 ねーちゃんがお婿を取り損ねそうなんですが、どうすればいいでしょうか?」
「……歴代のウェイン伯爵家の女当主は、ほぼ婚姻を結ばなかったと耳にしましたが……」
『神の目』たるエカテリナ司教は、青年の問いかけに言葉を濁す。
代々歪むこと無き事実を記録してきた『神の目』は、それ故に、各国の暗部にも精通している。
国の闇は何処も相応に深いが、『アレクサンドリアの悪鬼』ことウェイン伯爵家は色々と極まっていた。
何せ、親兄弟による血族間での殺し合いは当たり前、時には己の主君を手に掛けるのも通常仕様だ。
しかしながら、《王鞘》を輩出する血統は、総じて敵と見なした者へは酷薄でも、懐に入れた者へは異様な程の情の深さを見せる。
唯一無二たる主君然り、愛した伴侶然り。
歴代の女性当主の中で唯一婚姻を結んだ女性についても、凄まじい記録が残っている。
——彼女は、人質にとられた夫の首を率先して刈りに行った後、夫の生首を抱えながら敵対者を皆殺しにしたという。
その時彼女が口にした言葉が、また奮っている。
曰く、愛する者の一欠片とて、他人に渡したくなかった、と。
……情の深さもここまでくると、エカテリナ司教は寒気しか感じない。
言ってしまえば、彼等の偏執的な愛情は、向けられる相手どころか、周囲に被害を及ぼす程のものなのだ。
因みに、先代当主に至っては、一歩どころではなく踏み間違えた深すぎる愛情のせいで、『教会』の聖騎士を数人再起不能に陥らせた。
当時をよく知る聖騎士長は、そのせいでアレクサンドリアを蛇蝎の如く嫌っている。
彼が一番腹立たしいのが、先代当主は『教会』を容赦なく追い詰めたくせに、完膚なきまで叩き潰す寸前、主君の一声であっさりと矛を収めたことらしい。
聖騎士長の誇りが、その行動で大いに傷つけられたようだ。
また、『教会』に残っている記録だけを見ても、他国にはない称号である、《王鞘》を名乗るウェイン伯爵家の歴代当主の所業は壮絶だ。
殺戮、拷問、城崩し――
詳細は省くが、まさに鬼の所業と言って差し支えない。
彼等の辛うじての美点は、欺けども嘘を吐かない事と、裏切られない限り裏切らないこと位か。
歴代の当主たちが、中身に多大な問題を抱えつつも、『第一の忠臣』と謳われるように、選んだ主君に忠節を尽くしてきたのもまた事実だ。
——本当に恐ろしいのは、彼等を裏切らせなかったアレクサンドリア王家の方だと、エカテリナ司教は思っている。
流石は、《殺戮の覇王》と密かに囁かれる血統か。
徒人であれば、魔剣を持っても、その魔にあてられ破滅するだけだが、彼等は難なく扱い、屍の山を築くのだ。
エカテリナ司教から見て、ウェイン伯爵家は、結婚相手として最凶水準の事故物件である。
神域の番人の特権で、財産を山ほど蓄えているようだが、先祖代々素行が最低過ぎる上に、愛情も無駄に重たい。
各所から恨みを買いまくっているにも拘らず、それでも存続し続けているのが、『悪鬼』の『悪鬼』たる所以の一つかもしれないが。
そして、普通の人間は、彼等の様に神域のど真ん中で生活できないのだ。
彼等は神域に住まない全ての民に対して、文化的摩擦を起こすと考えても良いだろう。
ところで、エカテリナ司教に当代の王鞘の行き遅れ問題に関して相談されたって、出来ることが無くて困る。
偏屈で狭量で面倒くさくて仕方がない人種に、考えを押し付けようとしたところで、出来る訳がない。
それに、「ウェイン伯の夫になる=人生が詰む」の等式が成り立つ、結婚相手が哀れだ。
現ウェイン伯の遠縁だと言う青年は、困ったように唇をへの字に曲げた。
「ねーちゃんも、そんな結婚する気ないみたいなんだよな。 なんか、妥協する位なら独身でいいやっ! みたいな感じでさ」
……夢見がちな娘の様な形容の仕方だが、ただ、結婚に夢を見ているだけなら、彼女は『悪鬼』などと呼ばれちゃいない。
「なんつーか、ねーちゃんって、自分より弱い奴にキョーミ無いし、足手纏いは死ねって感じだし、ハードル高いと思うんだ」
現ウェイン伯の求める水準が、ひたすらに高いのは事実だ。
並程度の男では簡単に蹴散らす上、当代最強と呼び声高い、前聖騎士長に対し子種を要求し、わざわざ交渉の為に教国に赴く程なのだから。
子種要求に関しては、前聖騎士長をはじめとした上層が全力で拒絶したけれど。
当時若干十六歳の女伯爵が傲然と言い放った台詞に、皆、引いた。
——子を成すのに必要なのは、愛情ではなく、生殖行動だろう。
それは、確かに事実だ。
政略結婚なんて、愛情ありきでは成立しなかろう。
……だが、そんなのは年頃の娘が口にする言葉ではないだろうと、エカテリナ司教は思うのだ。
「――だから、おっちゃんがいい感じだと思うんだけど、ねーちゃん、なかなかデレないんだよな」
「……は?」
大分跳んだ青年の話について行けず、エカテリナ司教は思わず聞き返した。
「ねーちゃん、いっつもつんつんしてるから、必要なのはきっと大人のよゆーなんだ。 おっちゃん、年上だし、本気出せばねーちゃんと同じくらい強そうだし、いいと思うんだけどな~。 おっちゃん、ねーちゃん好きみたいだし、ねーちゃんは、おっちゃんのこと嫌いじゃないみたいなのに。 ねーちゃんは、最後の一線はおっちゃんに踏み込ませたくないっぽいんだ」
森で狩猟生活を営んでいたせいで、余り躾がなっていないとされる青年は、丁度よく焼けた芋に枝を突き刺し、頬張り始めた。
それは、瘴気に汚染された芋であり、普通は青年の様に
「――うわっ、まっずっ」
の一言で、済まされていいものではない。
何らかの形で瘴気を体内に取り込んだ場合、良くて体調を崩し、最悪正気を失った異形と化しかねない。
流石は、瘴気が凝る不吉の地である、疵物の神域の番人に連なる人間か。
その地で生まれ育ったウェインの血筋は、瘴気への耐性が非常に高い。
中でも、当代の高祖父にあたる『暴食鬼』などは、浄化の業に秀でた『聖人』さえ異形化させかねない程の瘴気の塊を口にして尚、けろりとしていたとか。
極薄くではあるものの瘴気に汚染された食物は、ウェイン伯がローディオを訪れて以降、何処からか城下に紛れ込むようになっていた。
頭が痛いことに、気付いたのはウェイン伯の手の者で、諸事情により、エカテリナ司教も口を噤まざるを得なくなてしまった。
一応、汚染された食物は、ウェイン伯が全て買い上げている為、青年以外が口にする心配はない。
が、密かにそれを買い占め、容赦なく血縁の青年に押し付けるウェイン伯もウェイン伯だが、不味いけどお腹に溜まる、と喜ぶ青年も青年だ。
瘴気は呪詛にも使用できるため、エカテリナ司教は、青年が本当に汚染された食物を食べるだけか、見張っていたのだ。
何故か、青年からウェイン伯の行き遅れ問題について相談されたのは、予想外であったが。
おっちゃん、とは、最近ウェイン伯が種馬にと目を付けたらしい、レーゲン将軍であろう。
『教会』の聖騎士達とは比べ物にならぬ貧弱な装備でありながら、最小限の犠牲で『災獣』を討ち取った男の名は、エカテリナ司教も聞き知っている。
……レーゲン将軍に対しては、遠くから幸いを祈ること位しか、彼女が出来ることはない。
「……ウェイン伯にも、お考えがございますのでしょう」
主君でない限り、《王鞘》の考えを変えるのは不可能に近い。
「でもな~、ねーちゃん、寂しいの大丈夫でも、やっぱり寂しいと思うんだ。 おっちゃんは、ねーちゃんの傍にいても大丈夫だと思うから、結婚もいいと思うんだ」
幼子のような口調で、子供の様に唇を尖らせ、青年は訴えてくる。
「……結婚生活が成り立つ為には、双方の努力が必要だと思いますの……」
エカテリナ司教は、結局、ありきたりなことしか言えなかった。
多分、当たり前が一番難しい。
——隣人を愛せ、と、神は言った。
けれど、愛情だけで、誰も彼もが救われる訳ではないことは、エカテリナ司教も知っている。




