地獄で、何が悪い
ヒロインが酷い&ホラーチックな描写があるため、苦手な方はご注意下さい。
「——ふっ——」
青年の主張のあまりの馬鹿馬鹿しさに、リアは思わず吹き出してしまった。
「あははははははははははははははっ——」
「お、おまっ——?!」
腹を抱えて笑い出したリアに、レーゲン将軍がぎょっとした声を上げた。
青年やレーゲン将軍には知覚できないから仕方がなかろうが、リアには青年の行動の頓珍漢具合が滑稽過ぎて笑わずにはいられない。
ざわり、ざわりと、耳元の囁きが揺れる。
恐らくは共鳴によって増幅されたそれは、それでも耳障りだと思わない程、リアにとっては馴染み深いものだった。
「……え、ねーちゃん、今笑うとこ……?」
困惑しているクロードも、青年の剣がどうなっているのか、分からないらしい。
剣に絡みついたどす黒い靄には、小さな顔がいくつも浮かんでいる。
——クルくるクルクるくルしイ……
——タタタタタタタタたすケタタタタすけテテたケテテテテ……
——コロコロころコロコロしころロロロロしてコココ……
苦痛に塗れた、或いは壊れかけた表情で、青年の剣に囚われた哀れな犠牲者は、リアにしか届かない悲鳴を上げていた。
「——何が可笑しいっ?!」
「——協力? 搾取の間違いだろう」
声を荒くした青年に、リアは心からの侮蔑の目を向ける。
仲間達が本当に大切だと言うのなら、二度、死に追いやることなど、するはずがない。
まあ、そんなことが分からない程、青年は盲目的になっているのかもしれないが。
「何もしていない癖に、何でもする? 笑わせるな」
二度目の死(救済)を与えられない者達を、リアは見遣る。
仇を討つと宣いながら、青年こそが、今現在の犠牲者たちの敵だろう。
「——目玉も、耳も二つあるんだぞ。一つ欠けたくらいで、死ぬものか。ああ、味覚も悪くない。毒を喰わない限り、死にはしないからな。寿命はどうだ? 中々効率はいいぞ。お前くらいの若さなら、一年や二年、寿命が縮んだところで大差はないだろう」
呪術の真髄は、己の切り売りだ。
青年は、それを全く理解していないようであったが。
「血液も便利だぞ。 養生すれば、勝手に補充されるからな。——ああ、でも、お前はどこまでいけば死ぬのか、分からないのか」
呪術の代価として、最も効果的なのは、術者自身だと言うのに。
青年の瞳に恐怖が過ったことに、リアは気付いた。
——ああ、その程度の覚悟で呪術に手を出すなど、何と生温い。
自身と比べ、リアは心の中で吐き捨てた。
「他人に代償の肩代わりをさせるぐらいなら、初めから呪術なんぞに手を出すなよ、このど阿呆」
「——だまれっ!!」
理解できないのか、認めたくないのか、悲鳴の様な叫びを上げ、青年がリアに斬りかかってきた。
リアは呆れで溜息を突きつつ、掌で長剣の刃を受け止め、そのまま握りしめる。
素手であっても、数打ち品程度なら、気功術で少しばかり強化すれば問題ない。
「うげっ?! ねーちゃんっ!! ばっちくないっ?!!!!」
素っ頓狂なクロードの叫びに、リアは肩を竦める。
青年の剣程度なら、リアには汚染どころかちょっとした汚れにもならない。
今更だ。
ぞろり、と。
リアの足元の影が揺らいだ。
——……バ、……イ。
不気味な囁きと共に、どぷり、と嫌な音がした。
「——っ!!」
『ふぁっ?!』
リアの右足首が、万力のような力で掴まれた。
「——ひっ?!」
青年が、リアの足元を見て引き攣った悲鳴を上げる。
リアが足元へ目を向ければ、血走った瞳と目が合った。
「——随分強く共鳴したな」
「——シネバ、イイ」
他人事の様に呟いたリアに、ありったけの呪詛と怨念を籠めた言葉が叩きつけられた。
リアの足首をつかんでいるのは、青ざめた華奢な手。
その持ち主の顔は、実に醜悪に歪んでいる。
造作そのものは悪くないのに、ヒトはここまで醜くなれるのか、とリアが感心してしまうような有様だ。
顔にかかるざんばらな髪と相まって、ウサギの着ぐるみが読んでいた怪談の幽霊そのままの姿に見えた。
地面から上半身を浮かび上がらせてきた女は、地獄へと引き摺り込もうとするが如く、リアの脚に縋りつく。
「オマエナド、ウマレナケレバヨカッタンダッ!!!!」
「それがどうした」
産まれてからこの方、一向に変化しない呪いの言葉に、リアは冷めた声を返した。
いちいちがなり立てずとも、何時も女の声はリアの耳に届いている。
ぎりぎりと、女は歯ぎしりをしていた。
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ——」
呪詛を吐き散らしながら、女の手が、リアの腕を掴む。
骨さえ握りつぶさんと、温度の通わない掌が、力を増す。
視界の端で、リアは青年がへたり込むのを見た。
——根性無しが。
リアは呆れ、青年が手放した剣を掴んだまま、女の手を振り払った。
「——ジゴクヘオチロッ!!!」
「もう、私は地獄にいるのと変わらないらしいぞ、お母様」
地面に叩きつけた女に向かって、リアは鬱陶し気に告げた。
リアの言葉を聞き、女の目には歓喜が宿った。
憎くて憎くて堪らない実の娘が、地獄にいるのがそんなに嬉しいのか。
女をこんな風にした大本は、クソッタレの親父殿であったが、リアもまた元凶の一つではあった。
ふと、リアの脳裏に、自分を心配そうに見つめる金色の瞳が過った。
いつも無駄に偉そうで、でもできないことが多い、彼女の地神。
リアを地獄から連れ出せないと、へこたれていた様はなかなか面白かった。
自分が生を受けたこの世が地獄の底だとして、別に、良いのだ。
そうして、嗤う。
「——地獄で、何が悪い」
愕然と目を見開く女に、リアは嘲笑をくれてやる。
とうの昔に、リアは選んでいる。
兄と、主君の顔が、何となく思い浮かんだ。
……二人が差し出した未来が許容できなかったから、リアは禁忌に手を出し、予定調和を叩き壊したのだ。
そうだ、地獄で何が悪い。
——誰も守れぬ末の楽園など、糞くらえだ。




