人を呪わば穴二つ
燃え盛っていた炎は、出現した時と同様に唐突に掻き消えた。
そこにあった筈の不死者は、文字通り塵も遺さず焼き尽くされている。
不死者を滅ぼした業火を操っていた存在は、満足気に額の汗を拭う仕草をした。
だが、やり遂げたのは結構だが、大事なことを忘れていないだろうか?
特に、色々と通り越して、気配が消えかけている黒衣の娘とか。
『——げふぅっ?!』
リアに勢い良く踏みつけられた竜の着ぐるみから、おかしな悲鳴が聞こえた。
無言のままぐりぐりと着ぐるみを踏みにじるリアの顔には、何の表情も浮かんでいない。
ウサギの氷漬け事件の様に、リアに狂笑されてもヴォルケはドン引くが、無表情と言うのもそれはそれで怖い。
『ひ、ひぃ~~~~っ!』
相当恐ろしかったのか、ウサギが両脚を頬に添えて悲鳴を上げていた。
残念生物達の反応がいちいち大袈裟なのは、間違った教材を参考にしているせいかもしれない。
ヴォルケは、ウサギが妄想を爆発させた禁断の書を読んでいるのを、うっかり目撃しているのだ。
突っ込めば見なくてもいい深淵を覗き込みかねないので、全力で目を逸らしたが。
「困ったものだな」
リアの抑揚のない独り言は、不吉な予感しか呼び起こさない。
「王剣を手放した祖父を恨む日が来るとは、思わなかった。 ——あれがあれば、もっと簡単に面倒事を片付けられたのに」
「いや、すいません」
「すまぬ」
『ごめんなさいですっ!』
『悪かったんよっ!!』
「謝罪」
「申し訳ない」
目が据わりきったリアに、世界最強種とそれに連なる者が即行で頭を下げたり土下座したりした。
『王剣』がどういうものなのかヴォルケには分かりかねるが、残念生物達の反応を見る限り、兎に角ヤバイ代物なのだろう。
何故そんなものを手放したのか、それは何処へ行ったのか、ヴォルケは気になったが、口には出さない。
他愛も無い好奇心で、地獄を見るのは御免だ。
——そして、また、ヴォルケの中の警報が鳴った。
ヴォルケは思わず、今度は何だっ! と、ナニカに向かって怒鳴りそうになってしまった。
状況を整理する前に、立て続けに起こり過ぎではないか。
不機嫌な顔をしていたリアが、弾かれた様にある方向へ目を向ける。
先程と違い、腐臭は、無かった。
だが、不死者以上の澱みを、肌で感じた。
「——ああ、ようやく見つけた」
急に濁った闇の中から、ひょいと抜け出してきたのは、貧民街では珍しくも無い、用心棒風の青年だった。
有り触れた茶髪の青年は、古ぼけた皮鎧を身に着け、片手に剣を引っ提げていた。
「——え? あれっ?!」
クロードが、間の抜けた声を上げる。
「あんたらが、黒幕か。 困るんだよね。 おれ等のシマで、好き勝手されちゃ」
青年の顔が、困った様に歪む。
確かに、この場の異物は、ヴォルケ達の方だ。
自分で言うのもアレだが、ヴォルケ達はどこからどう見ても怪しすぎるだろう。
出来れば、ことを荒立たせたくはないのだが。
——しかしこの時、ヴォルケは男に対する申し開きの言葉が出てこなかった。
どうしてか、ヴォルケの視線は、青年が手にした剣に釘付けになってしまったのだ。
それは、数打ちの長剣に見えた。
けれどその剣は、迂闊に目を離すには、余りにも禍々しい。
「——馬鹿が」
押し殺したリアの声は、今まで聞いたどの声より冷たく、鋭かった。
「お前、何人使った」
リアの詰問に、青年は何処か虚ろな笑みを浮かべ、首をかしげる。
「使うなんて、酷い誤解だね。 皆に、仇を討つ協力をしてもらっているのに」
ヴォルケは、或る可能性に思い至り、呻いた。
「仇なんか討つ為に、自分の人生を溝に捨てる気かっ?!」
「——うるさいっ!!」
平坦に思えた青年は、激情のままに怒鳴ってきた。
「人から仲間を奪っておいて、何様のつもりだっ?! ——ああ、お前らが殺した仲間達の仇を討てるなら、何だってやるさっ!!」
——俺達じゃない。
ヴォルケは、言おうとした言葉を呑み込んだ。
何を言ったところで、相手には届くまい。
青年は、禁忌を犯した代償に、蝕まれつつあったから。
禍々しい剣は、恐らく、呪術を用いた物だった。
——人を呪わば穴二つ。
その言葉が指し示す様に、己の切り売りこそが呪術の真髄である。
世界を書き換える呪術が禁じ手とされるのは、必要な代償が大きいからだ。
術者以外に、代価を肩代わりさせる手法もあるが、それもまた呪術が禁忌とされる一因だ。
……血肉、寿命、或いは、魂。
それらが損なわれて、通常の生活に戻れる人間などいないのだ。
狂人以外に呪術の秘奥に至れぬとされるのは、呪術を使うごとに狂気に引き込まれていくということでもある。
……力を求めたが故の破滅は、呪術に纏わる有り触れた悲劇の一つであった。




