死な不在る者
グロテスク・残酷な描写があります。
苦手な方は、お気をつけてください。
——この世界は、理が人に近しいという。
だから、理を歪める魔法があり、だから、理を書き換える呪術がある。
だが、それがこの世界に住まう者達にとっての幸いかは、誰にも分らない。
強い意志は、容易に世界を捻じ曲げる。
死に逝く者の、強すぎる未練や妄執もまた、同様に。
そうやって、時に、死にながら、死にきれない存在が生まれるのだ。
不死者——死な不在る者——、と呼ばれる彼等は、大概理性や論理を喪い、生者に害や混乱をもたらす。
***
べちょり、と、湿った音がした。
濃い、濃い、腐臭が、鼻腔の粘膜を焼く。
闇の中から滲み出たモノに、リアは少しばかり憐みを覚えた。
指だけ。眼球だけ。足だけ。胴の一部だけ——。
そんな風になっても、未だ滅びることも叶わないモノ達の集合体。
所謂、《群体》と呼ばれる不死者だ。
見た目は、肉片で構成された、不定形のナニカ。
大きさは、大体馬ぐらい。
それがこの場に現れたのは、ほとんど思考能力が残っていなくても、己の敵だけは辛うじてでも認識できているからなのか。
リアが観察している間に、《群体》を構成していた皮膚の一部が、べちょりと地面に落っこちた。
不完全な蘇りのせいか、《群体》は所々腐敗が酷い。
「……うわぁ、ぐろ~い~……」
嫌そうなクロードの反応は、ただ、それだけとも言えた。
《群体》の有様は、一般人なら気絶や嘔吐が当たり前だろう。
だが、ここにいるのは、ヒトとは異なる感性を有する人外と、魔物との戦いの最前線にいたレーゲン将軍と、『悪鬼』呼ばわりされる一族のリアだ。
今更、肉片や腐肉如きでどうこうなる繊細さなど、持ち合わせていない。
「——哀れ、哀れ」
梟が、下手くそな演劇の様に声を張り上げる。
だが、有象無象が何を言おうと、結局リアがやることは変わらない。
《群体》に刎ねる首は無いが、血の一滴も遺らぬほど焼却してしまえば、それで終わる。
歪な形で世界に固定されている不死者に許されているのは、滅びるか否かの二択だけ。
存在自体が迷惑なのだから、リアの選択肢は滅ぼす一択だ。
ごぽり、と、濁った音とともに《群体》の一部が裂け、どろりとした液体が滴る。
黒い雫が落ちる度に、地面は白煙を上げながら溶けていった。
リアは微かに眉を顰める。
《群体》は同質のものを取り込むことにより緩やかに成長していくが、その成長が思ったよりも早い。
「早くするのは、眠らせること」
リアが己の得物を抜くよりも早く、黒い女が片手をかざした。
すらりとした指先が、空を掴むのと同時。
聞くに堪えない音と共に、《群体》が空間ごと圧縮された。
瞬く間に、辛うじて原型を留めていた肉片が、挽肉に変わり、尚、小さくなっていく。
そうして残ったのは、クロードの頭位の肉だったモノの塊だ。
そのまま圧縮を解除すれば元に戻りかねないのが、不死者の厄介で、哀れな特徴であった。
「イファ、求む、焼却」
『らじゃーっ!』
しゅびっと、竜の着ぐるみが前脚をあげ、敬礼した。
いちいち緊迫感が行方不明になるのは、彼等の趣味だろうか?
だが、黒賢の判断は、確かに正しい。
この場にいる中で、最も不死者を焼くのが得意なのは、炎君だ。
暗闇の中、まだ漂っていた冷気が、一瞬で熱気に塗り替わる。
リアは、残念な見た目の着ぐるみの内側で、舞い上がる炎を見た気がした。
ぱかり、と、開いた着ぐるみの口元に、青みがかった白が凝縮していく。
着ぐるみの周囲で、ゆらゆらと陽炎が揺らめく馬鹿みたいな光景なんぞ、そうそうお目にかかれまい。
『ふぁいあ~っ!』
気の抜ける叫びとは裏腹の、灰すらも焼き尽す様な地獄の業火が、リアの前に顕現した。
青白い炎がリアを焼かないのは、きっと短杖片手にくるくる回っているウサギのお陰であろう。
不死者は塵すら残るまいが、きっとここは遠くからでも目立つに違いない。
——リアは、知っているのだ。
残念生物達が、できる限り手加減していることを。
だが、哀しいかな。
彼等には、大きなバケツを傾けて、その中の水を細い麦わらの穴にのみ流し込むことなんて、器用な真似はできないのである。
例え約束があったとしても、出来ないものは無理なままなのだ。
まあ、それと殺意が湧くのは、別物なのだけれど。




