4 もう一人の怪物
ジータは港に行った。
そこで倉庫の中で港湾労働者相手に朝礼の演説をしているテレーザを見た。彼女は無地のグレーのワンピースを着ていた。
「──グループごとに休憩時間を守るようにしてください。一番早いグループには特別手当が出ますが、それ目当てに休憩時間を削ることは許しません。いいですか?」
「特別手当欲しいよなー」
「休憩時間は大事です」
「そうは言ってもお腹をすかした3人の子供がいるから……」
「おい、お前独身じゃないか!」
「そうだった! 今思い出したよ」
倉庫内に労働者の笑いが起こった。
「さあー仕事だ仕事、今日も一日頑張ろう!」
「おう!」
労働者が一斉に散り散りになって持ち場に戻った。
テレーザは倉庫入口のジータ王女に気づいた。
「ジータ様、朝から見苦しいものをお見せして失礼いたしました」
「大変興味深いものです。お父上のカランドラ男爵から娘は朝早く仕事に出かけると聞いたので、その姿を一目見たいと思いました」
「もしかしてあなたも物流に関心がおありかしら?」
「はい。お教えいただきたいです」
「そうですね。詰め所でお話しましょう」
──テレーザには逸話があった。
北部の地震で大崩壊した屋敷。その夜のパーティーに出席していた犠牲者名簿を作る羽目になった役人は困惑していた。大領主による盛大な夜会パーティーで、出席者の数は数百人に及ぶ。
そこに父親と共に五歳の少女が現れた。パーティーの出席者だ。娘が幼いということで両親が早めに連れて帰って難から逃れたのだ。
その少女テレーザが出席者全員の名前を覚えていると言った。
「ほんとに覚えているのか?」
疑念を持った役人の前で、テレーザはスラスラと三百人の名前をそらんじたという。
倉庫の隣にあるカランドラ商会の詰め所。テレーザの父カランドラ男爵がオーナーの会社だ。この国の人足や物流を一手に引き受けている。
その社長はテレーザだった。
テレーザは自ら紅茶をテーブルに運んだ。
「ジータ王女、お口に合うかわかりませんが」
「昨晩も言いましたが、ジータと呼んでください。テレーザ先輩」
「先輩か、入れ違いで会えなかったけど……ジータの噂は耳にしたよ」
テレーザの口調が変わった。
「学生時代の私より成績の良い生徒が現れたって」
「私、そんなに良い成績をとっていないです。いつもミスがありました」
ジータ王女は慌てた。
「いつも必ず一問だけ間違える。それってできそうでできないのよ。私がやっていたことを上書きされたようで不快だったわ。で、考えたの。どういう意図があるのかしらと……」
「目標だったのです。テレーザ先輩の知能、ローズ先輩の格闘技の才能。これが合わされば、無敵になるんじゃないかと」
「いいとこ取りするのはずるいわよ」
「すみません」
ジータ王女はペコリと頭を下げた。
その姿にテレーザは目尻を下げた。
「あらら、先輩風吹かせてジータ王女に謝らせるなんて、私って悪い女よね。でも王室にはちょっと腹を立てているから、これぐらいで勘弁してあげる」
「もしやここの港の隣の湿地帯のことですか?」
「あそこを埋立地にするように嘆願書を出しているのですが無視されています」
「王国は財政的に厳しいので……」
「湿地帯を埋め立てて巨大港を作るのです。それこそ大陸一の。そうすれば海洋貿易の拠点は、わがオーレア王国に移ります。この考え、どう思いますか?」
テレーザの問いにジータは怯んだ。下手なことを言えば王族の言質を取られたと触れ回られても困るからだ。
──しかし、
「いいと思います。長年の国境紛争も譲歩して、隣国から投資を呼び込んだら、一石二鳥かと」
「せっかく手に入れた土地を手放すのですか? それで国民は納得するとでも」
「争いから融和。これからの時代は“物流経済”だと思います」
その言葉を聞いて、テレーザは破顔した。何か確信したようにうなずいた。
「私には夢があるの。大陸の街道を整備して物流網を作ることなの。戦争は物流経済で相互依存関係になればなくなるわ。それを目指すためのパートナーがほしい。私と新たなカンパニーを作らない?」
そう言ってジータの手を両手で握った。
華奢な身体のわりに力強かった。
「魅力的な提案です。でも答えは保留します。まだ聞かされたばかりなので」
テレーザは納得した表情だった。
「それはそうとジータ王女、ローズに惚れられたらしいわね。あの子、酒を呑むと私に絡むのよ。『テクラに逢いたい。あの子は最高だ』って」
ジータ王女の頬が赤くなった。
ーー一緒に戦場で闘って以来、ローズは私を何度も誘った。『私のもとに来い。幸せにしてあげる』と。もちろん断ったけど、がっかりしたローズの姿を見るのは辛かった。もし、王女という立場ではなかったら……
「ふ~ん、まんざらでもなさそうね」
「貴族学校では口を利かなかったお二人が仲良くしているとは意外です」
「だってローズは女の子にモテモテ。そんな中に割って入るのは嫌よ。あなたならわかるでしょ」
ジータ王女は曖昧な笑みを浮かべた。




