2 黒薔薇隊の洗礼
「テクラ、お前私の側付きになりなさい」
「側付きですか? でも私は臨時の……」
「そんなことどうでもいい。これは命令だ」
「わかりました」
「よろしい」
屋敷の外で午後の鐘が鳴った。
「これから着替える。手伝ってくれ」
ドレスから男装の麗人と見間違うような格好になった。
「どうだ? 似合ってるか」
「とてもお似合いです」
「テクラには立会人になってもらう」
「立会人?」
裏庭の広場に貴族の若い男が立っていた。ローズを見つけると、右手に持った木剣を差し出した。
「遅いぞローズ! 臆したか」
「弱い犬ほどよく吠える。お前のことだ」
「何だと!」
ローズは上着をテクラに預けた。持ってきた木剣を片手で一振りした。
「では始めようか。立会人はテクラがやってくれ」
二人が構えてにじり寄った。
一合、二合、
三合と打ち合った。
カン、カン、カン!
四合目は、目にも留まらない速さだった。
ビュッ──!
男の眉間に、ピタッと寸止めした。
ヘナヘナと腰を抜かす若い男。
「まいった! ローズお前はやっぱり強いわ」
馴れ馴れしい口調だった。
「貴族学校時代より一段実力が上がったんじゃないか。第一騎士団の現役が相手にならないとは、恐ろしい奴だ」
「ベルトーネ、そんなことより国境紛争はどうなっている? こっちでは情報が来ないのでやきもきしている」
ローズが右手を差し出して立たせた。
「少し旗色が悪い。向こうの敵に一人凄腕の騎士がいて、そいつが現れると兵士が逃げ惑うほどだ。何とかしないといけないが……」
「面白い。私が相手になってやる!」
そのとき、後ろで試合を見ていた執事長が近づいてきた。
「お嬢様、早馬にて緊急のお知らせが来ました」
執事長が手紙をローズに手渡した。
「手紙だと?」
ローズが蝋印を見た。王家の紋章だ。慌てて手紙を読んだ。白い歯が見えた。
「これで参戦できる。王から国境守備隊の指揮を取れと勅令を受けた」
ローズの能力は軍隊で引く手あまただったが、本人は貴族学校卒業後に『黒薔薇隊』を組織した。王の直接指揮下の小隊だ。あちこちの紛争に駆けつけては活躍していた。
そしてそのメンバーは、ローズの屋敷のメイドたちだった。
「みんな、テクラだ。これから《黒薔薇隊》に入ってもらう」
ずらりと並んだ7人のメイド。メイドたちが冷たい視線をテクラに向けた。
「ローズ様、《黒薔薇隊》に新人ですか……我らの足手まといになるのでは?」
メイド長のファビオラが言った。
「試してみるか? 素手の格闘だ」
ローズはニヤッと笑った。
「私がやります!」
手を挙げたのは、巻き毛の女の子デボラだ。テクラがメイド潜入時から仲良くなった子だ。背が小さくていつもニコニコしていた。
ーーここはわざと負けようか。そうすればメイドたちの面子が保てる。
デボラは笑顔から無表情になった。素の顔に戻って、テクラを睨みつけた。
「ぶっ殺してやる!」
いきなり鋭いパンチ。
頭部へのハイキック。
テクラは紙一重でかわす。
デボラの顔色が変わる。
テクラの反撃。
内に飛び込んでデボラの胴体に腕を回した。
足を絡めて、そのまま押し倒した。
背中を強打したデボラ。
苦痛で顔を歪めた。
テクラはすかさず腕ひしぎ十字固めを決めた。
「──まいった!」
デボラが叫んだ。
「デボラが負けるなんて信じられない。格闘ならローズ様といい勝負をするのに……」
「テクラは何者だ?」
メイドたちが驚愕する。
テクラは立ち上がると、複雑な顔をした。
ローズは言い放った。
「テクラの胸を触ったとき、胸筋の発達に驚いた。肩の筋肉もふくらはぎも鍛えられたものだ。格闘、武道の心得があると分かった。それも達人級の腕前だ」
「私は……」
「言うな。噂では聞いていたよ。貴族学校の後輩に私に匹敵するほどの猛者がいることを。いつかお手合わせできたらいいなと思っていた。しかしやめたよ、王女様に暴力を振るうような不遜なことはできないからな」
「王女様? テクラが……」
「まさか」
メイドたちは目をぱちくりさせた。
「ジータ王女、失礼いたしました」
ローズが片膝を立てて頭を下げた。
メイドたちが慌てて同じポーズを取った。
すぐにローズは立ち上がった。
「これでジータ王女には礼を尽くした。でもここにいるのはテクラだから、これからはメイドとして扱うぞ。いいな」
「はい。ローズ様」
テクラはスカートの裾をつまんで頭を下げた。




