雨が続く夜はメッセージで
5月23日の金曜。空は昨日より一段沈んでいる。
ベランダの床に、夜のうちの雨水が細い筋を残している。手すりの金属には水滴が等間隔にぶら下がり、新しい雨粒を受け止めはじめていた。テレビの気象予報士が、今日明日は雨脚がさらに強まる見込みです、と穏やかに言う。天気図の青と緑が、昨日より濃く塗られている。
駅前の坂で、傘の内側に飛沫が入ってくる。
校門を抜ける頃にはジーンズの裾が膝まで濡れて、窓際の席に座っても袖口の湿りが引かない。昼休みは購買へ行く気にもならず、宗太と教室で弁当を広げる。
「梅雨入り、2日目だな」
「ああ」
「明日も明後日もこのままらしい」
「予報、見てた」
「お前、昨日の夜どうしてた」
「家にいた」
「珍しいな」
「珍しくはない」
「雨の日も外を歩いてる印象があるけど」
「印象だけだろ」
「印象だけだ」
宗太は唐揚げをひとつつまんで、口に運んでから短く笑った。
昨夜あかりと壁ぎわで話したことは、今日も言っていない。言わなくても、宗太との昼は昨日と同じ速さで流れていく。
* * *
帰りの坂の下で、雨はほとんど豪雨に変わった。
コンビニの軒下に少し避難して、弱まった隙を狙ってマンションまで走る。駐輪場に着くと、折り畳み傘の半分は仕事をしていなかった。シャツもジーンズも、肩から膝まで濡れている。
着替えて、机の前で長く息をついた。
窓の外の雨は、思っていたより強い。仕切り板の向こうの灯りは、夕方の早いうちから点いている。彼女も今日は早く帰ったらしい。それ以上のことは、こちらからは見えない。
母は今夜も日勤で、帰りは22時を回る。
いつもなら帰宅を待たずに出ればいい音量だが、今夜は出る前提そのものがない。夕食のあと、明日提出のレポートの構成をノートに並べた。雨は強くも弱くもならないまま夜に入る。
20時半すぎ、カーテンを細く開けてベランダを見た。
手すりを流れる水は、昨夜の倍に増えている。アクリルを伝う縦の筋も本数が増え、庇の縁から落ちる飛沫が昨夜より内側へ跳ねていた。壁ぎわに寄っても、今夜はあれが肩まで届く。出ない、と決めるのは早かった。
* * *
机のうえのスマホを手に取った。
メッセージアプリを開くと、登録名『月島』の画面の最後は、昨夜壁ぎわから戻ったあとの『おやすみなさい』『おやすみ』で止まっていた。その二行の下に、半日ぶんの空白がある。短く打って送った。
『今夜は、出られそうにない』
既読は、すぐつく。
返信は、ひと呼吸遅れて画面に上がってくる。
『はい』
『出られないです』
『相川くんも、ですか』
『俺もだ』
『庇の下も、無理だ』
『はい、無理そう』
彼女のメッセージのあとに、俺は短く返した。
『昨夜のは、ぎりぎりだった』
『ですね』
『今夜やったら、たぶんびしょ濡れだ』
『びしょ濡れの相川くん、想像できないです』
『想像しないでくれ』
『はい』
『相川くん、傘は、駅前のあたりで』
『負けた』
『わたしも、坂のあたりで、似たような状況でした』
『無事に帰れて、なにより』
『なにより、です』
画面の中の彼女は、いつものベランダの最初の数分とそう変わらない。
文字に夜風の音は乗らない。それでも読んでいると、昨夜壁ぎわで聞いた声が勝手に重なる。
* * *
しばらく間があってから、次のメッセージが上がってくる。
『相川くん』
『うん』
『前にも、こういう夜が、ありましたね』
『あった』
『4月の、土曜の夜』
『19日』
『日付、覚えてるんですね』
『覚えてる』
『わたしも、覚えてます』
画面の上で、指がいったん止まった。
4月19日の夜の『寂しい』『知ってる』を、まだ消さずに置いている。覚えてる、と打って初めて、自分でもそれに気づいた。
メッセージは、ふた呼吸ぶんあけて続く。
『あの夜、わたし』
『うん』
『「寂しい」って』
『送ったな』
『送りました』
『俺は、「知ってる」って返した』
『はい』
『あれが、精一杯だった』
『充分でした』
『充分だったか』
『充分すぎて、いまでも、思い出します』
その吹き出しが、画面に残る。
雨の部屋で、机の灯りの下、彼女がこれを打っている。そこまでは想像がつく。打ったあとどんな顔をしているかは、画面のこちらからは分からない。もう一度、ゆっくり読み直した。
* * *
俺は短く返した。
『今夜は、寂しいって、書かなくていいか』
『書かなくて、いいです』
『そうか』
『今夜は、寂しいって、お互いに分かってるから』
『分かってる』
『書くのは、また必要になったときで』
『そういう運用にしよう』
『運用』
『そのほうが、長持ちする』
『運用』
『「寂しい」ってこの前も言いましたね、相川くん』
『言ったな』
『二度目だと少し、ちがって聞こえます』
『どう違う』
『一度目より、軽いです』
『軽い』
『軽くて、楽です』
『そういうものか』
『そういうものです』
『「寂しい」って、この前も言いましたね』。その一行だけ、少し大きな吹き出しになる。
同じ言葉が前より軽く届くのは、こちらも同じだった。
* * *
雨の音は、窓の向こうで一定のリズムを刻んでいる。
吹き出しが上がってくるのは、ベランダで声を交わすときより少しゆっくりだった。
『今夜は、これくらいで』
『うん』
『また明日』
『出られなかったら、また』
『はい、また、こうやって』
『分かった』
『相川くん』
『うん』
『おやすみなさい』
『おやすみ』
最後の2行は、4月19日の夜とほぼ同じ文面だった。
同じ文字なのに、画面を消すのが少し惜しい。
* * *
スマホを机に伏せて、椅子の背に身体を預けた。
机の右端には、借りた『邪悪の家』が置いたままになっている。栞はもう抜いて引き出しに移したが、本のほうはまだ返していない。雨の音をしばらく聞いた。
* * *
ベッドに入って電気を消した。
雨は天井の暗がりの向こうで、まだ同じリズムを刻んでいる。予報では、明日の夜も似たような降り方らしい。たぶん明日もベランダには出られない。出られなければ、また吹き出しの中で『おやすみ』を言い合う。
文字なら、今夜みたいに繋がれる。それは4月の雨の夜より、ずっと心強い。
心強いのに、声で話せる夜が、いっそう惜しくなる。会えない夜が続くと、会える夜のほうばかり、近く思えてくるのはどうしてだろう。答えは出ないまま、雨の音を聞いていた。




