母は翻訳家で
翌朝、母はまた夜勤明けで帰ってきた。
帰宅の時刻は前日とほぼ同じ8時前。玄関の鍵の回る音もスニーカーの底の沈み込みも、前日と区別がつかないほど似た形だった。看護師の夜勤明けの帰宅の景色は、シフトの組まれ方が同じならば、二日続けてもほとんど同じパターンを描く。違いがあるとすれば、母の表情のなかにわずかに残る疲労の濃さの違いだった。前日より今朝のほうが、目の下の影が少しだけ濃かった。
「おかえり」
「ただいま」
「今朝も、ひじき」
「うん」
「ご飯、炊いてある」
「ありがとう」
味噌汁を温めて、ひじきの煮物を皿に移し、ご飯をよそう。前日と同じ順序の動作。前日と同じ家のなかの音。同じ動作の反復のなかに、母の連休のシフトのリズムが組み込まれていた。
朝食の準備のあいだ、俺は窓の外のベランダにも目をやった。
ラベンダーの鉢の葉先は、昨夜の垂れた角度から戻って、まっすぐ斜め上のほうを向いていた。彼女が言った通りだった。夜には垂れて朝には戻る。植物の昼夜のリズムは、彼女の説明の通りに俺のベランダのうえで再現されていた。再現の正確さを目で確かめたあと、俺は窓のほうに向かって短く頷いた。頷く相手は植物の側というより、昨夜の仕切り板の向こうの彼女のほうだった。
母は朝食を済ませると、寝室で寝た。
5時間ほど寝て、午後2時過ぎに起きてくる。新聞を読む順序も前日と同じだった。社会面から始まり、医療欄と生活面が続いて、最後に一面。連休のあいだの母の日々の動きは、シフトの形がほぼ同じならば、二日続けて同じ模様を辿る。模様の安定は、母の身体が連勤の負荷に耐えるための、長年の工夫だった。
午前中、母が寝ているあいだに、俺は『黒いトランク』の続きを進めた。
寝室のドアの隙間からは、母の呼吸の音がときどき小さく聞こえた。家のなかに母の呼吸の音があるという事実は、家のなかに俺ひとりの音しかない夜とはまた違う種類の静かさを家のなかに作っていた。誰かの寝息が低く鳴っているなかでの読書の進み方は、ひとりだけの夜の読書とは少しだけ違うリズムを持っていた。
「明日は休み」
新聞をめくりながら、母が言った。
「うん」
「お母さんは、昼まで寝てる」
「了解」
「夕方になったら起こして」
「わかった」
前日とまったく同じやり取りだった。
俺は二日続けて同じ言葉を返した。同じ言葉を返すのは、連勤中の母の家のなかでの動きを息子の側で安定させるための、こちらの工夫だった。
母は夕方17時前に夜勤の入りに出た。
「いってらっしゃい」「いってきます」のやり取りも前日と同じ。エレベーターの扉の音が消えると、家のなかの空気が前日と同じ静かさに変わった。母のいない夜の家。中学2年の冬以降の俺の夜の標準。
* * *
夕食は母の作り置きの肉じゃがの残りと味噌汁とごはんで済ませた。
ひとり分の食卓は二日続けてもひとり分のままで、変化はない。机の前に戻って『黒いトランク』の続きをさらに進めた。連休四日目の夜の読書の進み方は、連休一日目の倍ほどに上がっていた。物語の構造の骨格が見えてからは、ページの進む速度は加速度的になる。古いミステリの読書の経験則のひとつだった。
* * *
21時すぎにベランダに出た。
空は昨夜より雲の量が少なかった。月の輪郭は雲の隙間から今夜はくっきり見えていた。欠けは昨夜よりさらに少しだけ進んで、半分よりやや薄い形になっていた。風の温度は昨夜と同じくらいだった。
仕切り板の向こうの灯りは点いていた。
手すりに肘をついて、自分の側のラベンダーの鉢に視線を落とす。葉先は夜のあいだに昨夜と同じように下を向いて垂れていた。土の表面は、夕方の俺の指の感触ではまだ湿っていた。今夜の水やりは要らない。
カーテンが動き、彼女が出てきた。今夜も手にはマグカップ。湯気のたちのぼり方は昨夜より太かった。
「こんばんは」
「こんばんは」
短い挨拶のあと、彼女は手すりに肘をついた。
「ラベンダー、慣れてきましたか」
「鉢の置き場には」
「葉のリズム」
「夜になると下を向く」
「はい」
「朝には戻る」
「戻ります」
「だいたい、わかった」
彼女は小さく笑った。笑いのなかには、植物の昼夜のリズムを俺の側が一日で覚えたことに対する、栽培側のひそかな満足の気配があった。
「お母さん、今夜も夜勤ですか」
「うん」
「二日続けて」
「シフトが、そういう組み方」
「大変ですね」
「明日は休み」
「ああ、よかった」
彼女の「よかった」は、母の休みのことについての、相手の家庭への自然な気遣いだった。仕切り板の向こうから届くその気遣いの形は、共通点を見つけた昨夜の流れの延長にあった。共通点を見つけた相手の家庭の動きを、相手の生活のリズムとして気にする、というのは、夜の会話の中盤の二人のあいだで起きはじめていた新しい現象だった。
「月島さんのお母さんは」
俺は聞き返した。
「うちの母は、家にいます」
「翻訳の仕事」
「はい。家のリビングの隅に、机が一つあって」
「机」
「父のものだった大きな机」
「ああ」
「父が単身赴任で家を空けてから、母がそこを翻訳の作業机にして」
「なるほど」
「今は、母の机になっています」
仕切り板の向こうから、家のなかの机の話が届いてきた。父の机が母の机になる、という移譲の話は、聞き手の側でも家のなかの絵をつかみやすい話だった。リビングの隅の大きな机。机のうえに置かれているのは英文の原稿と辞書、それからコーヒーカップとノートパソコン。彼女の説明にはそれらの具体は含まれていなかったが、俺の頭のなかでは机の上の小道具の絵が静かに組み上がっていった。
大きな机の脚もとには、たぶん本が積まれている。原書のペーパーバックと、過去の翻訳の参考資料。机の脇には回転椅子と肩掛けのカーディガン。在宅勤務の母の作業空間としては、それくらいの形のものが、隅のほうに何年もかけて出来上がっている、はずだった。
「翻訳って、どんなものを」
「英文の小説、中心」
「へえ」
「短編集が多くて」
「短編集」
「最近は、若い作家のもの」
「面白そうだな」
「面白いです。母が手がけているもの、わたしも訳のあと、必ず読みます」
「親子で?」
「最初の読者みたいな立場で」
彼女の声には、母の仕事の話を仕切り板の向こうに渡すときの、少し誇らしげな響きが混ざっていた。誇らしげな響きは、彼女の昼間の最小限の口調のなかでは出てこない種類の響きだった。夜のベランダだからこそ出てくる。彼女の母への信頼の形が、英文小説の翻訳の話のうしろで淡く透けて見えていた。
「締切前は」
「寝ません」
「寝ない?」
「机の前に、夜中じゅう座っていることがあります」
「ああ」
「キーボードの音が、廊下まで届いて」
「うん」
「わたしの部屋の側まで届くこともあって」
「眠れないだろう」
「いえ、わたしは、その音で安心して寝るんです」
「安心」
「キーボードの音は、母が起きている合図」
「そうか」
「家のなかに、誰かがちゃんと起きている合図」
手すりの上で、俺は左手の指を一度握り直した。
家のなかに、誰かがちゃんと起きている合図。彼女の言い方は、夜中の翻訳の作業の音を「安心の音」として受け取る彼女の側の感覚を、まっすぐ仕切り板の向こうに渡してきた。彼女の家の夜は、母のキーボードの音が低く鳴り続ける夜だった。湿った白い灯りがリビングの机の上から漏れている。漏れた灯りが廊下を通って、彼女の部屋の側まで届く。届いた灯りの薄さの加減のなかで、彼女は布団のなかに入って、目を閉じる。閉じた目蓋の向こう側にも、母の机の灯りの気配は届き続ける。気配は朝まで続く。気配の連続性が、彼女の眠りの底のほうを、毎夜支えている。
俺の家の夜とは違っていた。
俺の家の夜は、母がいない夜の標準。家のなかには俺ひとりの音しかない。キーボードの音や椅子の軋み、廊下を歩く足音。母由来の音は今夜の家には存在しない。存在しない代わりに、自分のページをめくる音と自分の呼吸、たまにベランダから入ってくる夜風の音が、家のなかの音の全部を占めている。
「お父さんは、地方ですか」
「はい」
「お仕事?」
「電力会社の、保守の部署」
「ああ」
「県外の支社で、家から車で四時間くらい」
「遠いな」
「年に、四回くらいしか帰ってきません」
「そうか」
「ゴールデンウィークも、今年は来ません」
「忙しい時期」
「電気は、連休でも止まりませんから」
彼女のその言い方には、父の不在を娘として受け入れた長い時間の、静かな処理の跡があった。父は仕事で家にいない、というのを、彼女は文句や不満ではなく、家の事実として受け取って育ってきた。受け取り方の長さが声の落ち着き具合に出ていた。
「だから、家のなかは、ずっと母とふたり」
「うちと、似てる」
「似てます」
「でも、違うところもある」
俺は言った。
「違うところ」
「うちは、母が夜にいない」
「はい」
「月島さんの家は、母が夜にいる」
「いますね」
「そこが、違う」
仕切り板の向こうで、彼女は少しだけ言葉を止めた。止めて、それからゆっくり返した。
「そう、ですね」
「うん」
「考えたこと、なかったですけど」
「うん」
「うちの母は、夜、ずっと家にいます」
「だな」
「夜の家のなかに、母がいる」
彼女の言い直しは、自分の家の夜の景色をはじめて言葉にして仕切り板の向こうに置く作業だった。彼女のなかでは、母が夜の家にいることは、たぶん空気と同じくらい当たり前の事実だった。当たり前の事実は、たいてい言葉にされる前のところで、生活の前提として黙っている。今夜は、その当たり前が湊の家の夜と並べられたことで、はじめて言葉にされた。
「だから、月島さんの家は」
「はい」
「夜、母が娘を待つ灯り」
「待つ灯り」
「リビングの机の上の、灯り」
「……はい」
「月島さんが部屋から出てくると、母さんは机の前にいる」
「います」
「いつでも」
「いつでも」
彼女は短く繰り返した。
その繰り返しのなかには、自分の家の夜の灯りが、待つ側の灯りであるという俺の言い方を、自分の側で受け取り直す作業の時間が含まれていた。
俺は仕切り板の向こうの灯りの方向に、視線を一瞬だけ向けた。
彼女のリビングの灯りは、ベランダのこちら側からは直接は見えない。仕切り板で遮られているし、向こうのリビングのカーテンも閉まっている。それでも灯りの存在は、ベランダの仕切り板の縁のわずかな漏れの加減から、いつもうっすら気配としては感じ取れる。今夜のその気配のなかには、母のキーボードの音と母の手元の翻訳原稿、机の上のカップの湯気の絵が、俺の頭のなかで静かに重なっていた。
「うちは」
俺は静かに言った。
「夜、灯りはあるけど」
「はい」
「待っている灯り、じゃない」
「……」
「俺がひとりで点けている灯り」
「そうですね」
「母さんは、家にいないから」
言ったあと、俺は手すりに肘をついたまま、空のほうへ視線を移した。
雲の隙間からの月の欠けは、半分よりさらに少しだけ薄い形になっていた。母のキーボードの音が低く鳴り続ける家の夜と、ひとりだけの灯りの夜。仕切り板の左右にある二つの家の夜は、似ているところと、ちょうど対称に違っているところを両方持っていた。
仕切り板の向こうで、彼女は短く息を吸う気配を作った。
吸ったあとは、すぐには言葉を返さなかった。彼女の側の沈黙は、湊の家の夜の灯りのありかたを、自分の家の夜の灯りと並べて、もう一度見直す時間のためのものだった。並べ直す作業を、彼女は急がなかった。手すりのうえのマグカップの位置も動かさなかった。仕切り板越しに伝わる沈黙の重さを、俺は肘のうえで受け取りながら、空の月の薄い欠けの輪郭を視線で追い続けた。
「相川くんも、明日は」
彼女が静かに聞いた。
「明日は、母さんが家にいる」
「お休みの日」
「うん」
「じゃあ、灯りも変わりますね」
「変わる」
「待っていない、灯り?」
「家のなかに、もう一人の音がある夜になる」
「いいですね」
「うん」
彼女の「いいですね」のなかには、湊の家の夜の灯りが、明日の夜だけは「ひとりだけの灯り」ではなくなることへの、自然な祝福のような響きがあった。仕切り板の向こうから届く祝福は、押しつけがましさのない種類のもので、夜のベランダの空気のなかに静かに混ざっていった。
「じゃあ、そろそろ」
「うん」
「明日も、ベランダ、出ますか」
「出る」
「わたしも、出ます」
「じゃあ、また」
「また」
短い挨拶のあと、ふたりはそれぞれの部屋に戻った。
カーテンが閉まり、灯りはどちらも点いたまま残された。
* * *
自室に戻って、机の前に座った。
窓の向こうのベランダの床のラベンダーの鉢は、夜の闇のなかに小さな影として見えていた。葉先はやはり下を向いて垂れている。明日の朝には戻る。葉のリズムを、俺は二日かけて自分のなかに登録しはじめていた。
ベッドに入って電気を消した。
天井の暗さのなかで、彼女の家のリビングの机の灯りの絵を、もう一度頭のなかに置いてみた。母が机の前に座っていて、キーボードの音が低く鳴っている。リビングの隅の大きな机から漏れる白い灯り。漏れた灯りが廊下を通って、娘の部屋まで届く。届いた灯りの薄さの加減のなかで、彼女は目を閉じる。
羨ましさは、彼女の家の灯りそのものに対するものなのか、彼女が灯りに守られて眠ることのできる夜の作りに対するものなのか、自分のなかでもうまく区別がつかなかった。羨ましさを言葉にして仕切り板の向こうに渡すことは、今夜はしなかった。今夜は手すりのうえで止めて、ベランダの空気のなかに溶けるに任せた。
彼女の家の灯りは、いつも母が娘を待つ灯りだった。
少しだけ羨ましかった。




