ゴールデンウィーク初日
4月21日の月曜日から4月28日の月曜日までの一週間は、二重生活の輪郭が俺たちのなかで完全に定着した週だった。
朝の坂の前方40メートル前後、昇降口の三つ離れたロッカー、2階の廊下での無接触。昼休みのC組の扉の前の0.5秒、放課後の駐輪場の奥の列の確認。月曜から金曜まで、五日間のルーチンが、先々週と先週よりもさらに小さな誤差で繰り返された。夜のベランダでは毎晩22時過ぎから30分ほどの静かな会話。手すり越しにやり取りする物は特に増えなかったが、会話のなかで増えていくものはいくつかあった。話題の幅、沈黙の質、彼女の声の柔らかさの度合い。どれも、先週の今ごろより少しだけ厚みを持っていた。
4月28日の月曜日は、ゴールデンウィーク前の最後の平日だった。
学校ではGWの課題がいくつか出た。長期休暇の前の月曜日の教室の空気は、普段の月曜より少しだけ軽い。軽さを感じ取った宗太は、5限の現代文のあいだに俺の席の後ろを通りざまに「連休楽しもうぜ」と小声で言って通り過ぎた。俺は小さく頷いた。俺にとっての連休は、宗太の連休とは少しだけ方向の違うものになるだろうと思ったが、口には出さなかった。
夜のベランダで、彼女にも連休の予定を少し聞いた。
彼女は「うちの母は連休もずっと翻訳の締切なので、たぶん家にいます」と答えた。母の仕事の話をするときの彼女の声は、普段より少しだけ説明の長さが伸びる。説明が伸びたぶんだけ、母と娘で回している家のなかの事情が仕切り板越しにうっすら見えた。俺のほうも「うちの母はGW中はむしろシフトが増える」と返した。看護師の連休は、一般の連休とは反対の方向に動く。夜勤の当番も連休のほうに寄せられる傾向があった。彼女は「うちと、似てますね」と笑った。「似てる」は、今週も何度か登場した単語だった。
* * *
4月29日の火曜日は、昭和の日だった。
GW初日の朝は、カーテンを開けるのを普段より30分遅らせた。平日ならとっくに家を出ている時刻に、俺は自室のベッドのなかで、窓の外の光の入り具合だけを確認していた。空は青かった。薄い雲が一枚、遠くの空の端にだけ浮かんでいた。連休初日の朝としては、十分に気分のいい空だった。
居間に降りると、母はコーヒーを淹れていた。
今日の母は遅番の日勤で、家を出るのは昼前だった。朝はいつもより少しだけゆっくりしていた。
「湊、おはよう」
「おはよう」
「連休、初日だね」
「うん」
「今日はどこか行くの?」
「行かない」
「そう」
母は自分の分のコーヒーを淹れながら、俺の分も淹れてくれた。連休の朝のコーヒーは、普段の朝より少しだけ濃かった。濃いコーヒーは、連休の始まりの気分を胃の奥に落ち着ける役に立った。
「湊、この連休、わたしあんまり家にいられないかも」
「うん、そう聞いてる」
「ごめんね」
「いや」
「夕食、冷蔵庫に入れてあるから、適当にやって」
「分かった」
「たまには外食してもいいし」
「たぶん家で食べる」
「そう」
母の「ごめんね」は、看護師の連休のシフトを何年もやってきた母の、今年のぶんの「ごめんね」だった。毎年同じ言葉が連休の朝に出る。今年は母が「ごめんね」を言う側で、俺が「いや」を返す側の構図のなかに、5年くらいの反復の重さが静かに積み上がっていた。
母が出かけたあと、俺は自室で『黒いトランク』の続きを読んだ。列車の時刻表の章を、ようやく抜けた。抜けたあとの物語の展開は、時刻表の章の重さを読者の頭のなかに残したまま、次の視点人物に静かにバトンを渡す。章と章のつなぎ方が古いミステリらしい丁寧さで書かれていて、俺はそのつなぎの位置に数行ぶん止まって、作家の手の感覚を確認した。
確認したあとに、ページのどこかに鉛筆の細い筋が一本、薄く入っているのに気づいた。父が鉛筆で引いたらしい古い痕跡だった。この本は父の書棚にあった本で、俺の手に渡ってくる前に父がすでに読んでいた可能性が高い。鉛筆の筋は、父のなかで何かが引っかかったページを示していた。引っかかったことの理由は、もう父からは聞けない。聞けないことを、俺は鉛筆の筋を見るたびに改めて確認する。そういう本のページに今の俺はいた。
昼過ぎに、宗太からメッセージが届いた。
『湊、GWの予定、マジで何もないのか』
『何もない』
『暇でも来る気になったら言えよ』
『分かった』
『今日、みんな集まるぞ』
『そうなのか』
『お前が来るとは思ってないけど、一応な』
宗太の『一応な』は、俺が来ないと分かったうえで誘う、いつもの宗太の一応だった。一応に込められた宗太の優しさは、俺のなかで昔からの指定席に収まる形をしていた。
『悪い』
『別に。楽しんでくる』
『おう』
『あとな、連休明け、たぶん体力ゼロで来るから』
『了解』
『授業中に寝てても起こすなよ』
『そもそも起こしてない』
宗太の返事は、絵文字一個もつかずに締められた。男子同士のGW初日のメッセージには、絵文字はそんなに必要ない。必要ない情報量のなかで、宗太は『楽しんでくる』と書いてくれた。書き手の側にある、書かれた側に対する薄い配慮が、そこにあった。
午後は自室の机の前で、外の音を少しだけ意識した。
マンションの下の公園の方角から、かすかに子供の声が届いてきた。連休初日の公園は、平日の同じ時刻より少しだけ騒がしい。家族連れが連休の最初の日を公園で過ごしている音だった。音は5階のベランダの手すりの高さまで、弱まりながらも上がってきていた。音の密度が、平日の午後と休日の午後で違うことを、俺は久しぶりに耳の奥で確認した。
少し身体を動かす気分になって、俺は自室を出て台所で作り置きのおかずの在庫を確認した。冷蔵庫のタッパーのなかには、ひじきの煮物と、鶏の照り焼きの残りと、ほうれん草の胡麻和えが入っていた。連休の最初の三日間ぶんくらいの作り置きの量だった。母の連休のシフトが重いことを、冷蔵庫の中身が裏付けていた。母は自分の連休の忙しさを、俺の側の食事の支度で補ってくれている。補ってくれている事実に対して、俺はあらためて小さく頷いた。頷いたあとに冷蔵庫を閉めて、自室のほうに戻った。
* * *
夕食は自分で作った。
母は夜勤ではないが、日勤の帰りが遅かった。冷蔵庫のなかの作り置きのおかずと、炊いてあったごはんで簡単に済ませた。GW初日の夕食にしては質素だが、俺のひとりの夕食は、たいていそういうメニューで成立する。
食後、少し早めに自室に戻ってスマホを見た。
時刻はまだ21時前。普段ならベランダに出るには早い時刻だった。今夜は祝日の夜で、普段の平日の夜の時間感覚とは少しだけずれていた。彼女も連休初日の今夜は、普段より少しだけ早くベランダに出てくるかもしれないと、俺は自分の側で勝手に予測した。予測の理由は特にない。連休の初日だから、というだけの理由だった。
21時過ぎに、俺はタオルを持たずにベランダに出た。昨日までの晴れた夜が続いていたので、手すりは乾いている。拭く必要のない手すりの上に肘を置くと、金属の冷たさが普段通りの冷たさで、俺の袖の内側に伝わってきた。
仕切り板の向こうの灯りは、点いていた。
点いていた灯りは、昨日と同じ位置と同じ光量だった。連休初日の夜の部屋のなかでも、彼女のリズムは崩れていない。カーテンが動く気配があるかどうかを、俺は少しだけ待った。
待つ時間は、いつもの22時から21時過ぎに前倒しされたぶんだけ、通常より長く感じられた。長く感じるのは俺の側の時間の配分の問題だった。彼女のほうは22時からの時間を前提にしていたら、俺の21時過ぎの出方に気づく合図がまだ届いていない可能性があった。
予想に反して、彼女もカーテンを動かして出てきた。
今夜は俺より2分遅れくらいで、ちょうど21時10分。
「こんばんは」
「こんばんは」
短く挨拶を交わす。今夜の彼女の声には、連休初日の夜の少しだけ緩んだ響きが乗っていた。
「早いですね」
「ああ」
「わたしもなんだか、少し早く出てしまって」
「連休初日だからかな」
「たぶん」
彼女は仕切り板越しに小さく笑った。笑いの輪郭のなかに、連休初日の自由な時間の気配が含まれていた。
「今日、うち、母が一日ずっと机に向かってました」
「翻訳の締切」
「はい。締切が明日みたいで」
「GW初日から、締切なのか」
「はい。連休はだいたい母にとって、締切の連続になります」
「じゃあ、月島さんも静かにしてる?」
「そうですね。物音を立てないように、わたしも一日、部屋で本を読んでました」
「同じだな」
「はい、同じです」
「同じ」という単語は、「似てる」の近い親戚の単語だった。二つの単語は仕切り板越しの会話のなかで、ほぼ交互に顔を出してくる。どちらも、二人の家のなかの事情がこちらとあちらで近い位置に置かれていることを、今夜の空気に薄く刻んでいった。
マンションの下からは、まだ子供の声がかすかに聞こえていた。
連休初日の夜、普段の火曜の夜なら静まっている時刻なのに、公園の子供はまだ遊んでいた。親のほうも、連休の初日は子供を寝かしつける時刻を少し遅らせるのだろう。声はときどき甲高くなったあと、すぐに別の笑いのほうに移る。子供の声が春の夜のベランダにまで届く感じは、GW初日の夜の特別さを、下から押し上げる形で俺たちのほうに届けていた。
「下、子供の声しますね」
彼女も気づいていた。
「してる」
「連休の初日は、夜がちょっと特別になりますね」
「特別だな」
「空気が、いつもと少しだけ違う」
彼女の「いつもと少しだけ違う」は、今夜の俺の側の感覚と同じ方向を指していた。同じ方向の感覚を仕切り板越しに共有できることは、二重生活が一カ月近くに入ろうとしている今夜の、小さな積み重ねの結果だった。
「相川くんのお母さんは連休、どうですか」
「シフトがむしろ増えるらしい。看護師のGWは普通のGWと逆に動く」
「大変ですね」
「母は慣れてるから」
「慣れるって、やっぱりすごいんですね」
「月島さんのお母さんは」
「うちは締切で、連休もずっと家だと思います」
「翻訳の締切か」
「はい。連休は世の中が休んでるぶん、締切の寄せ方が強くなるみたいで」
「そうなのか」
「はい」
母ふたりが別々の理由で連休に忙しいというのは、今夜の会話のなかで新しい情報ではなかった。昨日までの夜の会話のなかでほぼ共有済みだった。共有済みの情報を、連休初日の夜にもう一度交わすのは、情報のための会話ではなく、形のための会話だった。形のための会話のほうが、情報のための会話より、夜のベランダの空気には合っていた。
「連休、何をしますか」
彼女が聞いた。
「家で、本を読む」
「それは、連休らしくない気もします」
「そうかもしれない」
「わたしも、たぶん、似たような感じです」
「似てる」がまた出た。今週もまだこの単語は勢力を保っていた。
「でも、家にいるのが、わたしは嫌いではなくて」
「分かる」
「相川くんも?」
「同じだ」
彼女の声のなかには、連休初日の夜を家のベランダで過ごせる、というこの状況に対する肯定の薄い輪郭があった。肯定の輪郭のほうに、俺の側も薄く同じ形で対応していた。
「じゃあ、そろそろ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」
カーテンが閉まる。灯りは点いたまま。俺はしばらく残って、公園の方角の子供の声が消えていくまでを聞いた。21時半前には子供の声は一人、二人と減っていき、22時前にはほぼ途絶えた。親たちが順番に子供を連れて帰宅しているのだろう。連休初日の夜の音の波が、マンションの下でゆっくりと引いていった。
自室に戻って、机に向かう。
連休は明日から6日続く。振替休日を含めると8日。8日のあいだに、夜のベランダは毎日用意されている。毎日用意されているという事実そのものが、連休初日の夜の俺のなかで少しずつ膨らんでいった。
普段の平日の夜のベランダは、翌朝の7時の登校の予定が頭の片隅にある状態で過ごしていた。明日の朝は何時に起きるか、何を食べるか、何時に家を出るか、坂のどこで彼女の背中を何メートルの距離で見かけるか。そういう予定が常に夜のベランダの後ろに控えていた。連休の夜のベランダには、その後ろの予定がなかった。明日は7時に起きる必要がない。制服に着替える必要もない。坂を下る必要もない。必要のなさのぶんだけ、夜のベランダの時間は、時刻の縛りを外した形でそこにあった。
時刻の縛りを外した夜の時間は、普段より少しだけ自由に見えた。自由のぶんだけ、ベランダに出る時刻のほうも、俺たちふたりが勝手に前倒ししていた。前倒しできる時刻の自由を、今夜の21時10分に俺たちは初めて試した。試した結果は悪くなかった。連休の残りの夜にも、同じ自由を少しずつ試していく予定が、今夜の俺のなかに静かに置かれた。
ベッドに入って電気を消す。
天井の暗さのなかで、連休の長さのことを一度だけ考えた。6日の夜と8日の夜。その数は、俺の側の指を二度折れば確認できる数だったが、折らないまま頭のなかだけで確認した。
連休は長いなと思った。
その長さが今の俺には、少しだけ楽しみだった。




