↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナバチ性ミントブルーうさみちゃんシティ  作者: 夏果和 なまり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/35

8-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (前)

₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ {8-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ はちょっと長くなったので前・後編にわけて公開します

 の家にはじわじわと人が集まり始めていた。和玖が声を掛けたもともとの住人たちがそれぞれ、自分たちの今日の作業を終えて、食べものや飲みものを持ち寄る。ほかのプリン型住宅よりも比較的広い和玖の家のなかに、きのこのかたちの椅子が増え始める。

 きのこの椅子は、幅一メートルくらいのドアの向こうからぞろぞろ出てくるのだが、集まる人数に対して足りなくなることはない。いまもぞろぞろきのこの椅子が出てくる。まるで意思を持っているかのようなきのこの椅子。あのドアの向こうはどうなっているのか灯都は不思議に思う。

「なんか、移住してきたばっかの頃を思い出すね。みんなでこうして夜、集まってさあ」

 グラスにめいめい好きな飲みものを注いで乾杯したあと、絢吏が呟いた。その声にはみんなで集まった嬉しさとかこれから始まる饗宴へのわくわくよりも濃い、さみしさのような含まれているのが気になった灯都は、絢吏のグラスともう一度音を立てて無言の乾杯をする。

「まじでなんもなかったけど、充実してた」

 グラスを持って瑚織が近づき、同調するように言う。ミントの葉っぱとクラッシュアイスに、立ちのぼるシードルの泡の粒がいくつもくっついている。絢吏は微笑んで頷いたが、なにも答えなかった。頷く、という動作にすべての意味が詰まっている。みたいな感じがした。

 きのこのかたちのテーブルが部屋の中にいくつか生えている。ここに集まった、灯都と同じ制服を着た人たちの作品がテーブルの上にたくさん載っている。うさみちゃん市でつくられた米やぶどう、それらを使った醸造酒の壜。釣ってきたばかりの魚、近海で採れる貝、採れたての野菜をつかった美しい料理。テーブルの上にはうさみちゃん市の個性が並んでいる。そして、集まってきた人々はそれらをいただきながら、それぞれの人生におけるすべきこと、の進捗、ようするに最近の現在状況について聞いたり話したりしている。誰かが連れてきたうさみちゃんロボットは部屋の端でくるみ割り人形を演じている。ボストンバレエ団のくまの姿で、重たいはずの科学的鉄の塊のからだでキレキレに舞っている。

 かん! かん! かん! 部屋のどこかでグラスの腹をマドラーかスプーンで叩き、注目を集めるための音が突然響く。立ち上がって音を鳴らしていたのは凛斗だった。きのこの椅子に座ったまま、この場にいるほとんど全員の驚いた顔が凛斗へと集まる。

「東西、東西。今夜はきみたちに久しぶりに会えてとても嬉しく思います」。そこできのこの椅子に座る、うさみちゃんシティになるよりも前からここで暮らしている住人たちは拍手を送り、指笛のような音や、がやがやの声がところどころから聞こえる。灯都はテーブルに並んでいた釣ってきたばかりだという鱸を一切れ食べて、拍手を聞きながら歯ごたえと美味しさに感動して震えている。

「さて。うさみちゃん市に住む者たち。ちょっと聞いてほしいことがあんの。僕たちの愛するうさみちゃん市について」

 聴衆たちがほとんど同時に息を飲む。この部屋に満ちる空気が一瞬だけ鋭く尖ったことでわかる。灯都はその空気をこめかみのあたりに感じたあと、きんきんに冷えた、二次発酵で発泡する日本酒をゆっくり口に含み、立ち上がって話している凛斗を見上げる。一人称が『僕』の、よそゆきの気分の凛斗。

「便器やバナナを芸術だといって崇めてしまった次の世界を生きてる僕たちはまるで地獄を生きている。文化とか芸術が書き換えられてしまったんだよ。文化とは、芸術とは、いまや単なる刺激とくだらない差異。ようするに『ちょっと変わってる』と言われたい、評価されたい気分が大衆に植え付けられて、単純なツールを与えられた大衆たちは大きな勘違いも思想の中にしっかりと刷り込まれた。『世界はどこまでもフラットで、才能も努力もいらない。いくらかカネさえ払えばそれなりのものができあがる』。そんで、センスなんて皆無の悪夢のような作品を量産することに成功して、この世は全く美しくないもので溢れてしまった。どこかから拾ってきた珍しい用語を捏ねた修辞学的情報が付与されただけのモノたち。これはうさみちゃんシティでもまったくおんなじだろ?」

 強い口調で凛斗は話し、テーブルの上のグラスを呷る。空になったグラスに、ボトルを持ったウィルが注ぐ。香りがグラスの中に溜まるいちばん最適の量ぴったりでウィルは注ぐのをやめ、「凛斗くんどうぞ」と言ってボトルの口をナプキンで拭う。

 きのこの椅子に座る者たちははじめてプログレを聴いたようなぎこちなさで頷いたり、首を傾げて停止している。投げかけられた言葉を受けて黙考している。リアクションがないのはより深く考えている証拠だ。

 凛斗の話を受けて和玖が口を開き、すべての気分を均すような声で話し始める。「線路も建築も自然に沿って作ってきたものも多いけど、でもいつからかエゴが先行して街は人間の効率を優先するようになってしまったよね。この街はとくにそう。自然を無視した、全く美しくない線だけで描かれる街」。

 軽い酔いをはらんだ頷きが部屋の中にひろがる。「美しい街、のはずなのにね」。そういう独り言のような声がどこかから聞こえて、きのこの椅子の人々はえも言われぬ息苦しさのようなものに襲われてしまう。逃れられない現在の自分たちの状態が、具体的なイメージとなって目の前に現れたように感じて。イメージが自分たちの首を恐ろしく強い力でぎゅうぎゅうに締めあげてくるような感覚に陥って。

「それから、暮らしてる人間たちはどうだろう。もちろん僕たちも含めてのことだけど。僕たち、暮らしてる人間たちが互いに助け合って……もちろんそれが依存状態じゃないことはみんなわかってるよね。自立した人間同士が助け合う、つーか、単純に相手が喜ぶことをすれば自分が幸せになる状態が連続しつづけたら、その状態を包括した街は単純に良い街になる。ところが現状はどう? 逆じゃん完全に。徳、とかいうものに価値を持たせるための情報が創成されて、住民たちに浸透してる。住民たちはみんな、言われたとおりの情報に従って行動してるトップダウンの街」

 凛斗の言葉を受けて、灯都や周囲のきのこに座る瑚織、絢吏は同時に同じ記憶に思い当たった。すこし離れたところにいる和玖や阿嵐が同じ表情をしている。瑚織と絢吏も同じをしているのを見て、きっと自分も同じ表情なのだと灯都は思う。

「和玖さんと前に、そういう話してなかったっけ。『俺らはすてきな街をつくって暮らしてんのに、その外側にべつの資本が入って囲われると街のコミュニティまで影響を受ける、言葉では同じ〝すてきな街〟をつくってんのに』って」

「だね」

「……『だったら、この新しい街には楽しくて嬉しくて安全でしあわせ、みたいな気分だけで過ごす人だけで形成したら、ずっとみんな楽しくて嬉しくて安全で幸せな気分になんのかもね』」

 記憶をなぞって諳んじた灯都に瑚織たちは笑って頷く。「そうそう。誰も意識してなかったけどボトムアップ型の街をつくろうとしてたんだね」。

 玄関から入ってきた深ちるが壁伝いに目立たないように部屋に入ってきたのが見えた。灯都は手を振る。気づいた深ちるが近づいてきて、それを追うように自走式きのこの椅子が走ってきた。そして深ちるが座るであろう場所に先回りして止まる。深ちるははじめからそこに椅子があったかのような自然さで座る。「ちーす」。そして立ち上がったままの凛斗をちらっと見て興味なさそうな表情を浮かべたあと、グラスを差し出すウィルから受け取って礼を言う。

「だあれ? 立ってるひと」

 ウィルが丁寧に注いだワインを一口飲んで――それがとても冷えていることは、すぐに外側が白く曇ったグラスでわかる――深ちるが小声で灯都に聞く。ウィルが灯都の隣に戻ってきたので後頭部を撫でながら「凛斗」とだけ答えた。グラスに口をつけていた深ちるは、かっ! とありえないくらい目を見開き、大きく喉を上下させて口の中のワインを飲み下してから確かめるように凛斗を見る。そしてもう一度灯都のほうへ顔を向け、真剣と無のあいだの表情で首を振った。

「いやあ、違うでしょ。だってこのあいだの凛斗くんはもっとシュッとしてたよ。いつもみたいに」

「でも声は凛斗くんの声なんだよなあ」

 首を捻りながら瑚織が言葉をはさむ。その隣で灯都も頷く。

「え、だって灯都と一緒にさ、凛斗くんと喋ったじゃん。ああそうだ。灯都の髪切った日だよ。そんときの凛斗くんとあまりに違い過ぎる。こんなに短時間で変わったのすごいね」

「逆に、こないだ俺らが喋った凛斗が偽物だったらしい。見た目偽物っぽいあの凛斗が言ってることはめっちゃ凛斗っぽいもん。見た目本物っぽい凛斗が言ってたことはめちゃくちゃだったけど」

 灯都の言葉を聞いて、深ちるは無言のままワインの入ったグラスにもう一度口をつけて、瞼を持ち上げるように視線だけで向こうにいる凛斗を見る。視線をそこから動かさずに、深ちるの時間がそこで止まっているように見える。

 視線の先では凛斗と聴衆たちの対話が続いている。

「まあでも凛斗くんに意見すると、人間とAIの立ち位置の変化が世界も変えたよね。人間はAIに任せられる作業が増えて、したいことをできる時間が増えた。ようするに豊かな持ち時間が増えたってことだ。ところが、人間はそもそも退屈な生き物だよ。ほとんどの人間が退屈を持てあましてる。個人の人生においてすべきこと、それを誰もが深く探ろうとしないし、退屈な自分に気づきたくなくて忙しいふりを……忙しい自分を演出するためにやたらとがちゃがちゃ動き回ってるように見える。ようするに、AIのおかげで豊かな時間が増えた弊害でもあるということかな」

「これに近いね。『AIのインテリジェンスは本と変わらない。本には情報が含まれている。あなたが本を読めば、問題を解決するのに役立ち、そういう意味であなたはよりインテリジェントになる。だが本そのものがインテリジェントなわけではない。(※1)』」

 金色の飲みものを飲んで話を聞いていた凛斗は、指で眼鏡のフレームをずりあげて――その仕草にも洗練が宿っていたので、かつての印象とまるで違う凛斗の容姿と洗練された仕草とのあいだにギャップのようなものが生まれる――「この街も、もうそうなってる」と言った。

「うさみちゃんシティは洗練されて計算され尽くした『テクノロジーと文化の最先端』の街としていまも新しくつくられていってる。でも、これを美しいと僕は思わないね。もちろんこれは個人的な直感とか肌感だけど。スクラップアンドビルドには必ず真新しさからくる刺激があって、人間を吸い寄せる力があるよ。たぶん。でもそんなこと繰り返してたらなんも残らないよね。結局、残るのはそこに発生する利権と、群がる人たちだけ。その外側で暮らしてる僕らはただ目紛しく変化する街の中で適応を強いられるけど、要らない適応力だけが培われて、人間の中にもなんも残んない」

※1 引用:「倫理資本主義の時代」マルクス・ガブリエル 土方奈美訳(ハヤカワ新書)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。