↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナバチ性ミントブルーうさみちゃんシティ  作者: 夏果和 なまり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/34

7-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (後)

「絢吏さんのほかに、セミナー室に誰かいたんだ?」

「そそ。うちらとおんなじ制服の人もいっぱいいたし。でね、時間を追うごとに性格とか顔つきが変わってくんのがわかってこわいのよ。最初はお水で徳を積むとか、徳を積んだら……ようするにカネで徳を積むってことだけど、そういうことに俺らは懐疑的だったでしょ。それが、だんだんなんも考えらんなくなってって、ある日いきなり覚醒するっていうかさ。〝あっち側〟の人間になっちゃうの。いきなり」

「ようするに、ブレインレインの思想に沿わない者が悪で、それを善に……ブレインレインの思想に沿わせるように矯正するってこと?」

「そういうこと」

「なんで絢吏さんだけだったんだろ? 俺らもおんなじような気分で生きてるのにさ」

「そんなのただの〈運〉じゃね。ようするに、俺は〝徳を積んでなかった〟から〝運に恵まれなくて〟、セミナー室に入れられた……まって。うーん。これさ、めちゃ洗脳されてる? いまの考えかた」

 眉間に皺を寄せて絢吏が聞く。絢吏のからだから不快がびしびし伝わってくる。自覚なしに、誰かの思想が勝手に肉体に入り込んでしまったかもしれないことに対する嫌悪。人間の肉体とつながる情報のつぶつぶは、人間の言語よりも饒舌だ。

「ちょっとそれっぽかったね。しらんけど」

 そう答えるとクロスを持ったまま絢吏は顔や頭を抱え、イーウイーウ言いながら落ち込んでいる。清潔かどうかわからないクロスを思わず顔に当てるくらい落ち込んでいる絢吏のようすを見て灯都は、配慮が足りなかった自分に落ち込む。

「……洗脳って、においとかも関係すんの」

 聞いてから灯都はさらにひどくばつが悪い気分になった。オケージョンノートを監修しているのは絢吏だし、ブレインレイン社からのオーダーに従って、完璧なものを作成している。ただそれだけだ。ブレインレイン社の思惑と、絢吏の作品が最高の品質であることになんの関連もない。けれど、いまの質問はなんだか絢吏を責めているみたいだと思ったかもしれない。

「そりゃそうでしょ。そのための〈セミナーの香り〉だからね」

 俯いていた顔を上げ、誇らしげに答えて、絢吏は笑った。灯都はほっとする。それを悟ったのか、絢吏はふざけるように続ける。「うさみちゃんシティ全体がブレインレイン思想への矯正施設なんだよね。うさみちゃんロボットを使ってゆっくり矯正させる。それに従わなければこうしてセミナーで矯正させる。そんで、みんな管理しやすい状態にする。こわくない? セミナーがない時間はこうやって労働させられるしさあ。……誰かに都合よく生まれてこなかったら矯正して都合のいい人間にされるって、それが自然の秩序なら従うよ。でも違うだろ?」。

 灯都はゆっくりと頷き、大切な言葉を伝えるときのようにしっかりと答える。「違うよ。全然ちがう」。

「なんかさ。こういうのって前時代的なことだって勝手に思ってたわ。昔はそういうのあったんでしょ。コンバージョンセラピーとか。あ、現代のテストステロン信仰もそれに近いのかな。数値が低かったら補充するってやつ。やっぱ時代によっていろんなかたちで人間は人間を管理したがるんだな。結局。〈ふつう〉っていう神話に従うように生きなきゃおかしいって理論で」

「絶対に変わらない価値なんて無いって誰もが知ってるはずなのに、なぜか〈ふつう〉だけは不変のものとして捉えられてるからね」

「だね。そんでここ、見てみなよ」。絢吏は視線を周囲に巡らせて、この空間にあるもの、存在する人間たちを指す。「俺らとおんなじ制服着てるのもいるし、うさみちゃんシティに反発する組織の人たちがいっぱいいるじゃん。ブレインレインの労働力として、ブレインレインにとっての悪である俺らが必要なのちょっとおもろすぎん?」

「まじでそれ」

「ぽこぽこ」

 近くを通ったうさみちゃんロボット――彼はたくさんのパンとワインを運んでいた――か、もしくはここから見えないうさみちゃんロボットがいたのか、ウィルは挨拶をした。絢吏の視線が一瞬だけウィルへ向き、手が止まる。

「でもなんで絢吏さんがここに来ることになったの? ……そういえば絢吏さん家の近くに住んでた人たちも家とか畑とか手放して新しい仕事をするって言ってたらしいけど、それと関係あんのかな。絢吏さん知ってる?」

「さあ? どうだろ。聞いたことあるかもしんないけど、わかんない」

 その答えを聞いて灯都はすこしがっかりした。以前、瑚織がうさみちゃん市保存開発組合について『いつだったか、絢吏もそんなこと言ってた気がする』と言っていたが、結局絢吏はなにも知らないし、ぜんぜん関係していなかった。

「ぽこぽこ」

 挨拶をするウィルの声に気づいて絢吏はもう一度ウィルを見る。そして小さく溜息をつき、「ぜんぶ筒抜けだからじゃない?」と言った。

「俺らが喋ってることなんて、なにかしらの方法で抜かれてるわけじゃん。喋ってることもそうだし、デバイスに映る顔とか景色とか行動履歴とか。そしたらこうしてターゲットにされんのもわかるし。灯都も瑚織も、みんな遅かれ早かれここに来ることになんだよ」

 達観のような顔をしている絢吏の話を聞いて、灯都は急に不安に襲われた。

「えまって。てことは俺もこっから出らんないってこと? 俺を呼んでる人がここにいるってウィルが言ってたけど、……絢吏さんじゃないもんね。あと知ってるひと、ここにはいないよね、……?」

 言ってから灯都は、それがまるで事実かのように自己暗示にかかったみたいになって脳がぶわぶわする。うまく頭がまわらない。衝動が論理的思考を邪魔する。考えたくないことが、できれば避けたままでいたいことが、灯都の思考にノイズとして現れる。ウィルが灯都を騙した可能性。いちばん信頼しているウィルが、ブレインレインの意思に従って灯都を欺く可能性。そんなわけはない。ウィルは()()()自分を裏切らないし、()()()味方でいてくれる。そう考えたところで灯都は世界との、自然との矛盾に気づく。

 とはいえ。ウィルは特別だ。世界の秩序を超えたところにある信頼だってある、と灯都は自分自身に言い聞かせる。隣に立つ、灯都を見上げるウィルの目がいつもより綺麗な色をしているように見える。人間の目がそうであるように、心理が目の奥に滲むことは決してないと思うが、ウィルの目は澄んでいるように見える。

 でも、どうしてここに連れて来られたのかという理由を探ろうとすると、絢吏からいま聞いた話以外に心当たりがない。理由が見つけられない。

 クロスを手に作業を続ける絢吏は、横たわるうさみちゃんロボットに直接触れないように注意を払いながら頭と胴の繋ぎ目をこまかく拭き上げる。視線を落としたまま、呟く。「そう、俺もこっから出たいんだよなあ。帰りたいの」。そしてウィルを見る。「ね。ウィルちゃん」。

「ね。絢吏さん」

 首を傾げながらウィルは絢吏の言葉をまねて答えた。その言葉に灯都ははっとする。

「あのさ。絢吏さんいつからここにいるかわかんないけど、最近何度か絢吏さんと通信つないで喋ったの。覚えてる? 瑚織さんも一緒にいて」

 記憶と合点しない、という表情を浮かべながら絢吏は、ウィルがしたのと同じだけどまるで意味の違うかたちで首を傾げる。「最近? 灯都から連絡なんてきてないよね?」。

 家のノイズがないと瑚織は言っていた。ようするに。灯都は考える。あのとき映像に映って応えていた絢吏は、目の前にいる絢吏ではない可能性。精巧に作り出された偽物の可能性。でも、絢吏と連絡をするときにはウィルが繋いでくれたはずだ。灯都はウィルを見下ろす。再び不安が襲う。信頼しているウィルへの信じがたい不信。ウィルは純粋な目をして――いるように見える――灯都を見上げる。

「うさみちゃん印のお水の壜のこと聞いたときと、絢吏さんの家のまわりがフェンスで囲われててさ。まわりの家は重機で壊され始めてたからさ。そのとき。覚えてない?」

「え。覚えてないってか、フェンスって? 俺んちまだあるよね?」

「家が壊されたんだよ。住んでた人はブレインレインというか……なんか役職並べられた名刺を持ってて、そっちの仕事するって言ってたんだって。会ってない?」

「ええ? ぜんぜん会ってない。てか俺の家どうなってんの? もう帰るとこないの?」

 にわかに気色ばんだ絢吏は、無意識に高くなった声で訴える。困惑した灯都は声を抑えるように、という意味の仕草を手のひらで示す。雑多な音にまみれているこの空間では、絢吏の感情的な声は周囲にには響かないが、それでもまわりの視線がこちらに向くのは避けたかった。楽しい話をしているわけではないから。

 隣に立っていたウィルが不意に灯都と反対のほうを向いた。そして、ててててて、と歩き始める。呼び止める前に、ウィルはこちらへ向かってくる誰かの足に真正面からぶつかった。声を上げるよりも、背中を走る冷たい電気によってからだが竦んでしまって動くことができなかった。

 ウィルの動きを目で追っていた絢吏は、ウィルがぶつかった人物に気づいて灯都に言う。「あのひと、たぶんここにずっといるひとだよ」。ウィルから絢吏へ視線を移した灯都と視線を合わせ、そして再びウィルとぶつかった人物へ視線を向けて続ける。「言いかたよくわかんないけど、ベテラン的な」。

 それを聞きながら、灯都の脳はものすごいスピードでぐるぐるまわっている。あらゆる経験と記憶。あらゆる照合。ウィルがぶつかった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。