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アナバチ性ミントブルーうさみちゃんシティ  作者: 夏果和 なまり


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6-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (後)

 ブレインレイン社が示すのは正しい未来への最短ルートで、ディストーションには新しく、ブレインレインが個別に計算した正しい道筋を示して歪みを取り除いてやればよい。凛斗が言うのはそういうことらしい。救済。

「誰もがそうだと思うけど、人間は……いやAIもだけど。ポリフォニック(多声的)じゃん。その歪みってのは単一方向に働いてるものなの」

「もうすこし抽象的に考えてみて。たとえば人間の一生。人間はこどもの頃にはすでに〝将来の夢〟みたいなものを描くじゃん。将来なにになりたい? って聞く側も、聞かれる側も、その将来の夢はいっこだけって想定してるよね。もともとそう決められてたみたいにさ。成長するにつれて将来の夢は軌道修正されてくけど、基本的にはいっこのゴールみたいなものを目指して生きてる。〈自分〉っていう肉体がいっこしかないからなのかな。もちろん、ゴールしたあとにもういっこのゴールを設定することもあるけどさ。基本的に人間はとりあえず目の前のいっこのゴールを目指して生きてる」

 目の前のウィルが交差点を右に曲がったので灯都もそれに倣って右に曲がる。会話をしながら、同時に考えながら歩いている灯都には周りの景色が一切見えない。〈景色が見える〉ということが肉体からすっぽり抜け落ちている。いまあるのは灯都の中か、もしくは脳と空中のつぶつぶと繋がった、内向きの実感だけだ。

 凛斗のいうことが理解できないわけではないし、たしかに、と思う。ただ、人間は痛みを堪えながら相手を気遣ってむりやり笑顔をつくることもある。人間に限らずすべての生き物がそうだ。灯都が言いたいのはそういうことだけど、凛斗に伝わっていないのなら言っていないのと同じ。そしてまた灯都は歩きながら考える。

 じめじめした熱をはらんだ風が交差点を曲がった途端に灯都を捲るように吹いて、まぶたが重くなったように感じる。目の前を歩くウィルは一定の速度で――つねに後ろを歩く灯都との距離も一定になるように調整しながら――まんまるの尻尾を揺らしながら歩いている。じめじめした熱っぽい風に吹かれた瞬間だけ、灯都の視界が〈景色〉を認識した。景色が見えていなかったことすら気づけずにいた。

 いっこのゴールを目指している人間に、ゴールへの最短で低コストルートを示す。そういうやりかたを知らない人たちを導いてあげるのが救済。いっこのゴール。それは、灯都が着ている制服と同じだ。この人はこういう人、という明確ないっこの情報を持ち、外部に示すもの。うさみちゃん市にはこの感覚がブレインレイン社によって満ちている。うさみちゃん市だけではない。この世界すべてがそうだ。この人はこういう人、という外部のバイアスが数値化して、個人を表すアイコンになる。なにものであるか、というテキストが必ず人間に貼り付いているけど、それはあまりに狭義で単一視点的だ。そして、なにものであるか、というテキストに関しての変化に、この世界は、うさみちゃん市は、あまりに不寛容である。ようするに、なにものである、という決定から人間は逃れられない。もしくは、人間は〈なにものであるか〉という社会的ステイタスを含むテキストにしがみついている。

「それって一貫性があってそういう意味では美しい世界なんだろうけど、……別の次元に漂う情報のつぶつぶに人間が自由にアクセスしてるのと一緒で、人間の次の一秒は自由であるべきなんじゃないかな」

 灯都の歩くスピードと一緒にふよふよ浮かんでくっついてくる、凛斗が映った映像の輪っかの中で、凛斗はおうむがえしする。「自由であるべき」。そして、汎用の笑顔を浮かべて言う。「そのとおり」。

「別の次元に漂う情報のつぶつぶに人間は選択してアクセスしてるわけじゃないよね。どっちかってーと自由に漂ってるつぶつぶに人間がぶつかってるわけじゃん。そのつぶつぶを選択してアクセスできるならさいこうに効率が良い。ブレインレインがつくってるのはそういう秩序なわけだよね。自然の中で、自然に倣って秩序を整えてるだけ」

 うさみちゃんロボットはオーナーに関する学習量が増えるほど、オーナーの好みの回答を吐き出す。それは学習によって情報が、AIという大きな全体の一部に集まって、オーナー個人の次の質問に備えるようになるだけだ。それは人間も同じではないかと灯都は思う。あらゆる学習によってその個人の周りには情報のつぶつぶが集まって、次のアクセスに備えるようになる。それが経験だ。そういう意味では人間だって大きな全体の一部、大きな海の中の波や渦のようなものだし、別の次元に漂う情報のつぶつぶを大きな全体と考えるなら、人間世界もまったく同じようなものだ。

 灯都はだんだん混乱してくる。なにが言いたいのかわからなくなってくる。

「さっき言ってた矯正施設に入った人は、ブレインレイン社の秩序に沿うように矯正されるってことだよね。そしてうさみちゃんシティはすべての数値が整頓された街になる。すてきな街ってそういうことだよね」

「そう。そのとおり」

「でも、ここに移住してきた人たちと一緒につくろうとしてた街とはちょっと違う気がする。こないだ和玖さんとも言ってたんだけど。……凛斗も同じ考えだと思ってた」

「おなじでしょ」。そう言って凛斗は画面の外側からうさみちゃんの壜に刺さったうさみちゃんストローの先を咥えてちゅうちゅうお水を飲んだ。けれど壜はあらかじめ空っぽに見えた。複雑に曲がったストローの真ん中がうさみちゃん状に膨らんでいる。灯都の視線が無意識にウィルの背中へと向いた。まんまるの尻尾を左右に揺らしながらウィルは歩いている。うしろを振り替えらずに、灯都との距離を確かめながら。ピンク色の唇からストローを離して凛斗は続ける。

「いやほんと。単純に同じだと思うよ灯都。俺らはまったくおんなじこと言ってんのよ」

 映像と、目の前を歩くウィルとを見ていた灯都の目が左右に動いた。それは意識した動きではなく、凛斗が放った言葉の意味を理解するための身体的反応だった。

「おんなじこと?」

「そ。おんなじことを話し合っても灯都とは考えかたが違うから、見えかたも違う。それって当然だよね。だから人間には対話が生まれる。でもって諍いも起こる。でもさ、最初っから俺らはおんなじこと話してんだなってわかってたら、理解のための努力を取り除いて方向性の合意を探るだけで済むじゃん。俺らが知ってる一部の情報だけで話し合ったって、結局はうさみちゃんシティ全体は見えてこないんだよ。いま俺らは古いやりかたで話してるってこと」

「うーん」。灯都は鼻から唸りをもらす。歩調がゆっくりになったことに気づいたウィルが、灯都との距離が離れないように歩くスピードを緩める。おなじことを話しているというが、『おなじこと』そのものが形而上学じみているように灯都には感じられる。『おなじこと』そのものが現実の外側にあって、お互いが捉え切れていない『おなじこと』について、かたちのない自我の延長を投げ合っているだけで、しかも灯都と凛斗は互いに向き合って投げているわけではない。可逆性の世界だと思い込んでいた不可逆性世界。ひとつのボールを共有しているのではなく、まったく別の方向にかたちのない自我の延長を投げているようすを超越的に〝話し合っている〟と表現しているみたいだと思う。

「そっち戻ったら連絡するね。じゃね灯都」

 完璧な笑顔で凛斗は開いた右手を振る。その表情は完璧に計算され尽くした笑顔だ。昔から作り慣れている完璧な笑顔。凛斗が――誰もが――持っている、いくつもの色の〈顔〉のうちのひとつ。灯都は昔から知ってる凛斗とはべつの、知らない誰かのような印象が凛斗の映像から差し込まれるのを不安に感じながら、手を振り返す。「じゃね凛斗」。

 歩いている灯都のわきをふよふよくっついて浮遊していた空中投影の映像が消える。まるで大きなしゃぼん玉が弾けるみたいに。目の前を歩くウィルはまだ振り返らずに目的地を目指している。目的地はたぶん灯都の車。

「……え。いまの誰?」

 まだ強い日差しで覆われた道路を、一步先を歩くウィルが振り返り、灯都の隣へやってきて答える。「いま話してたのは凛斗くんだよ」。そして、ててて、と早足で灯都の半歩前へ進み、再び先導し始める。ここから見える大通りには明るい午後の下を行き交うたくさんの車とピクピク、そして歩行者が秩序に倣って行動している。歩行者の中には自警団を名乗るうさみちゃんヘルメットを被っている者もちらほら見える。彼らは自警という正義のもとで自由に振る舞うことが――状況によっては自由に暴力を振るったり、自由に私人逮捕したり、自由に罪をでっち上げたり――できるので、ここ最近では数が多くなってきている。らしい。ようするに誰もがストレスを身体的振る舞いによって発散したいし、もしくは正義を振りかざして崇められたいし、結局のところ人間は根本では誰かを操る立場にありたいし、誰より優れた状態でいたいものらしい。

 通りを行く車が、ここからはふと消えたように見える場所がある。あれはトンネルだ。うさみちゃんロボットのオーナーだけが通れる特権的近道。そこには渋滞も混雑もなく、地球上のものさしで言う近道が延びている。とはいえ宇宙では、地球で言う遠回りが最短距離だったりするから本当に近道なのかどうかわからない。

 一台の車がまたトンネルに吸い込まれていく。それはまるでQuantum Manの錯覚のようだ。そこにいるのに、灯都にだけ見えない。そうして車がまだ吸い込まれていく。うさみちゃんシティに敷設された、地下

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