6-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (前)
₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ {6-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ はちょっと長くなったので前・後編にわけて公開します
そっちはどう? あ、ウィルもいるのかな。ぽこぽこ」
映像の凛斗はそう言って手を振っている。背景には単色の壁のようなものが写っているだけで、どこにいるのかわからない。和玖と瑚織と一緒にいることを凛斗に伝える。映像と挨拶を交わしたあと、会話を続けている灯都に目配せをして無言で「じゃね」と口の動きだけで伝え、ふたりはその場から離れて行った。
「んとね。けっこう変わった」
そう言って灯都の周囲をウィルの目――のかたちのカメラ――によって、凛斗に示す。フェンスに囲まれたプリンのかたちの住居。ラーメンどんぶり。すでに重機やダンプが入って作業が始まっている、少し前まではここに住んでいた人たちが使っていたエリア。
「でかい工事してるんだ」
「そう。俺らが住んでるとこも再開発の対象になってるみたい。ここは絢吏さん家」
だったとこ、という言葉が無意識にくっつきそうになったのを、灯都は意識して飲み込んだ。だったとこ、がくっついてしまったら、まだはっきりしない事実が確定して、世界がそのように変わってしまうような気がした。
「そっか」
そして凛斗はそこで言葉を終えた。もうすこし言葉が続くのだと思い込んでいた灯都とのあいだで無言の時間が発生した。しん。しん。しん。いつまでも続く無言の時間に耐えかねて灯都は次の言葉を探す。「……えと。あっさりしてるね」。
「そうかな。今までの風景と変わっちゃうのはちょっと悲しいけどさ。でも新しい街に変わるのはわくわくするでしょ。あそうだ。このあいだツアー終わって、参加した人たちに今回も移住希望者がいっぱいいたからさ。そっちに到着したら住むとこも必要だし。うさみちゃんシティは住人が増え続けてるからね。そこにもマンションが建つんだろ」
「……そうなのかな、知らん」
このあいだ運転中に、「一秒先を、彩る」のロゴがはいったバスが追い抜いていったのを灯都は思い出していた。あのバスにツアーの参加者が乗っていたのかどうかはわからない。
「今回参加してくれた人たちも良い人ばっかでさあ、本当よかったよ。みんなうさみちゃんシティ気に入ってくれて」
うさみちゃんシティ。灯都はうきうきした口調の凛斗、の映像を見つめる。
「ほんとに。住人が増えたよ。新しい住人全員が、凛斗が呼んできた人たちばっかじゃないけどさ、でもいまの街にはなんていうか……このあいだ、深ちると一緒にいるときに映像見ただろ? うさみちゃんの石像を壊そうとしてる人たちとか。自警団とかいう人たちとか」
「見たね」
「最近は自警団を名乗る人たちがあらゆる暴力で、思想が違う市民たちを追い詰めてるよ、私刑で。行き過ぎたうさみちゃんシティ愛が行動を盲目的にさせてるらしいけど。ブレインレイン社が目指す社会と違うカラーの市民はここでは生きることができない。だから、このあたりもぜんぶ壊されてなくなっちゃう。凛斗はさ」
「でもそれは、〝街の色〟から外れたから攻撃されてるわけでしょ? 違う? だってさ、倫理違反してる人間はソーシャルメディアで晒されたり、叩かれたりしてんじゃん。それと同じだよね?」
言葉を遮られて灯都はひるんだ。たしかに、たくさんの〝目〟をテクノロジーによって手に入れた現代社会では、誰もが私的裁判の陪審員として気軽に参加できる。その簡便さはあっという間にエンターテインメントになり、トピックがもつ刺激の強さと、人間ひとりひとりの目の前にある完璧に見える正義と群生秩序、他人を攻撃することによって得られる歪んだ快楽のために、今日も一秒ごとにいろんなかたちでソーシャルメディア上には攻撃されるべき人が誰かの手によって現れ、そして人間たちは群がる。客観視された折り目正しい情報よりも、思いこみによる偏った視線から始まるナラティヴに群がる思考停止状態のほうが圧倒的に大衆的数値を与えられて、虚構が物質になっている世界。
「うさみちゃんシティ……では、その〝街の色〟から外れた人たちが攻撃されるし、住処を追われるし、存在できないって凛斗は思ってんの? それがブレインレイン社の社是だから?」
ふはは。灯都の言葉に凛斗は噴き出した。顔をななめに向けて。それは演技にも見えたし、自分の外側からの目を意識したときに浮かぶ表情に見えた。少なくとも、灯都が知っている表情とはすこし違った。
「ブレインレイン社の社是かどうかはわかんないけど。社員じゃないしそこに忠誠とかないし。ただ、俺は新しく創られていくうさみちゃんシティが好きだし、もっと発展して欲しいと思ってるよ。最新のテクノロジーと、きれいに統制された情報。うさみちゃんロボットを通じて、住民たちはその個人に合った次の行動があらかじめ示される。そしたら絶対に失敗しないし傷付かないし人生を最短で良いものにできるし、その状態を維持できる。なんの無駄もなくて、高い倫理観を持った人たちが集まる、住みやすいってか、生きやすい街。すばらしいよね。それで人間は幸せに暮らせるし。だからね、ツアーで住民を集めてるのは俺にとっては救済みたいなものっていうか」
この街を行き交うさまざまな使命を帯びたうさみちゃんロボットとすれ違うたびに、ウィルは挨拶する。絢吏の家の前からプリン型住居――ラーメンどんぶりのせ――を見つめているウィルは、絢吏の家を見つめたまま「ぽこぽこ」の挨拶をしている。
救済。という言葉が内包する意味が、灯都の中でまったくの透明になった。意味を理解出来ないというか、救済、という言葉と、うさみちゃん市の現在の状況がうまく結び付かなくて混乱する。混乱しているのは自分だけなのだろうかと不安になる。ようするに、理解できてないほうが悪い、と言われているかんじ。そうなのだろうか? この街の住人が、この世界の住人が当然の顔をしてそうするように、目の前の正義みたいなものを翳して相手を責めようとするけど、思想の差異に上下とか善悪とか存在するのだろうか?
「救済は、人間の痛みをなくす、みたいな意味であってる?」
凛斗は頷く。そして唇をとがらせて「そう」と言った。ててててて、とウィルが傍らにやってきて、灯都の隣に立つ。なにかのバグで、ててててて、と歩く最中に一步だけピッピサンダルみたいな音が混じった。
「昔、まだここになんもなかったころにみんなで話してたじゃん、記憶は脳にはなくてべつの次元に情報のつぶつぶが漂ってるとかさ。そう考えると、〈人間〉って存在じたいが大きな全体に内在する矛盾の表象だねって話してたんだけど。おぼえてるかな。人間、というか、意識が。その中で自尊心、恐れ、所属意識、承認欲求、愛着、怒り、美意識、生存本能とかが偏りを生みだしてエントロピーを増大させる。それが意識って大きな全体の中の矛盾で、その矛盾じたいが人間という存在なんだって。たしかにそう思うし、これが自然なんだなって。人間だけじゃなくてAIだってそうだろ。うさみちゃんロボットを例にとると、うさみちゃんロボットを統括する大きな脳がブレインレインにあって、各うさみちゃんロボットはそれぞれの刺激によってまったく別の動きをしてる。うさみちゃんロボットは個別に応答してくれるけど、個別の脳を持ってるわけじゃないもんね。だから、大きな脳の中ではかならず矛盾が発生する。人間もそうだけど、その矛盾が〈個〉だし、AI世界にもすでに矛盾は起こってるんだから、無くすことはできないんじゃない?」
感情とまったく離れたところで言葉が組み立てられて灯都の口から出ていくのを感じながら話し終えたあと、一気に喋りすぎたせいでイガイガする喉を咳払いして、灯都はウィルと並んで歩き始める。絢吏の家をあとにして。
「記憶は脳にはないってのはもちろんそう思ってるよ。記憶も情報も個人だけのものじゃないし、もっと言えば人間だけのものでもないよね。ようするに〝自分の記憶〟じゃなくて〝つねに誰かのもの〟。個人が所有してるものじゃないじゃん。ブレインレイン社が作ろうとしてるのは、灯都がいう『大きな全体』そのものじゃない? そこにはうさみちゃんロボットの大きな脳、の中の情報と、人間の脳と繋がった情報が詰まってる。で、そこを整理すると、同じ目的関数、同じ最適化原理、同じ知識体系を共有するとかなり早い段階で〝収束〟が起きるから、対立する必要がなくなる。議論じゃなく合意形成アルゴリズム世界のできあがり。めちゃくちゃ幸せな世界~」
深刻さを打ち消すように凛斗は語尾にてきとうでありふれたメロディを付け足した。BRサービスぅ~の広告を灯都は思い出す。ぜんぜん違うのに、脳の中でなにかが関連付けられて記憶として蘇る。
うさみちゃんロボットは基本的にオーナーに迎合するようにできてるけど、ウィルは違うし、渡鬼関もそれぞれが個性を持っている。それはたとえ凛斗の言うようにブレインレインと繋がっていることで『整理されて』その結果、灯都の隣にウィルがいるわけではないし、『整理された秩序の結果』、偶然みたいに渡鬼関に出会ったわけでもない。人間もそうだ。灯都の周りにいるもともとの住人はブレインレインによって整理されて集まったわけではない。ただ、自然の中ではあらゆる情報の非対称性が世界の中に局所的な〈個〉としてうまれているだけだ。
「たしかにこの街ではうさみちゃんの情報に従って素直に……鵜呑みにして行動する人がものすごく多いなって思ってるけど、でも、うさみちゃん市に反対してる勢力が乗り込んできたり、俺らみたいなのもいるよ。ブレインレインに操られてない人たち」
凛斗はすこし考えるふうの顔をして黙った。なにか、自身の中の記憶または思考を参照しているみたいな間。
「だからそういう人たちのために、ツアー中やってるようなセミナーがうさみちゃんシティでも開催されてるわけだし。オケージョンノートがあるわけだし。それから、ブレインレイン社の敷地内に矯正施設も設置されてるし。間違った情報を持つ人たちのための受け入れ施設だよ」
矯正施設。その言葉が凛斗の口から放たれたのも驚いたけど、その言葉じたいが灯都の気分の組織をひどく冷たい凶器で抉ってくるかんじがする。「間違ってるの規準ってなんだろ」。呟きは灯都からはみ出るみたいにこぼれる。
「たとえばうさみちゃんシティを破壊するための活動を行ってる人たちとか。彼らはそうしたくてしてるんじゃないよ。ソーシャルメディアとかさ。人と人のあいだの虚伝ていうか。根拠のない噂をでっちあげて、それを真実みたいに語る人間なんていくらでもいるからね。それに人間は憶測だけで別の誰かに真実っぽく伝えることもある。それを信じてしまった、可哀想な人たちの間違った思想を取り除いてあげるんだよ」
灯都の数歩前をウィルが歩いている。灯都は凛斗と会話しながら、無意識にウィルのあとをついていっている。凛斗が言いたいのはこういうことなのだろう。何も考えずに、目の前に示された情報が正しいと信じ込んで、なにも考えずに示された情報をただ飲み込む状態。厄介なのは、なにも考えずに飲み込んだ情報を正しいと脳が錯覚して、自分自身が騙され続けることだ。そして、歪んだ状態で錯覚した情報が人間の行動指針になる。歪んだ状態で情報が人間から人間に伝染する。




