6-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (後)
この街に住むほとんどの人間が、この地球に住むほとんどの人間が、あらゆる種類の〈成功〉を目指して生きている、生きるように世界がデザインされている、と灯都は考える。
それはこの世に生み落とされた瞬間からスタートする寓話だ。人間という生物として生まれた瞬間から、人間は外圧によって――それは通常、愛情とか常識とか呼ばれている――個別のストーリーを与えられ、この世を形成する大きな規模のストーリーの中で生きることを強いられる。個性。ルール。それは対人認知を経て〈型〉になる。
この世でいちばんポピュラーなストーリーは人間の生きかたに関するものだ。成長して歩いたり走ったりする。より高度な教育機関で学ぶために学習に励む。より安定した豊かな社会生活のために大きな組織に所属する。適齢期になったら異性と結婚してこどもをもうける。配偶者と協同でこどもを育てながら、一方、社会を組織する重要な一人としてキャリアアップを目指す。昇進する。経営がうまくいく。生活が豊かになる。毎日が満たされている。考え得る最高の地位を手に入れる。……と、人間はこういうふうに生きるのが〈普通〉だと幼い頃からあらゆる情報を伝って刷り込まれている。それは、この世界がすでにそういうふうにデザインされているから、という慣例による情報も多分に含まれる。
このストーリーの各イベントにくっついているのは〈みんなと同じように〉という枕詞だ。灯都にはこれらすべてが、神話化した虚言的構成にしか感じられない。自然に即したような人間の営みが、行動を促すための洗脳、のためのフィクションでしかないようにしか感じられない。財布の中に収められた紙に誰もが価値を信じているのと同じように。それは灯都が子どものころからずっと変わらない。
キャップちゃんとかいうデバイスで計測したら、たぶんマイナスだろうなと灯都は自己分析しながらうんざりする。でも、キャップちゃんが示す、誰もが欲しがっているあらゆる種類の〈成功〉とは、元を辿れば、人間に植え付けられた寓喩的筋書きによるものではないだろうか? と灯都は考える。結局は、誰もが自分なりの成功を目指しているけど、それはすべて〈人間の生きかた〉というひとつの大きなストーリーに根付いたものだ。人間の生きかた、に従って誰もがいいこ・良い人・素晴らしい人材、になろうと努力している。でもそれって管理されてる状態というか、外部から〈管理しやすい状態にある人〉で、自由とか自立とはまるで正反対にあるように見える。
とはいえ、うさみちゃん市に住む人たちも、それ以外の地域に住む人間誰もが〈管理しやすさ〉と〈誰かが定めたゴール〉のために生きている。ように灯都には見える。けれど〈管理しやすさ〉の外側にはみ出た者は落伍者認定されるのがこの世界のルールなのも確かだ。灯都をはじめ、この街にもともと住んでいた住人たちも、同じような理由でなぜか蔑んだ視線を送られたりすることがある。
しばらく車を走らせていると、道路脇にソフィースカーフとぴたぴたの服を着た集団が歩いているのが見えた。このあいだ深ちるの家の近くにいた集団。でもこのあいだ見た集団よりも規模が小さい。
「ああいう人たちは、いろんなとこで活動してんの? このあいだ見たより人数が少ないけど」
コ・ドライバーを務めていたウィルは灯都の質問の答えを探すために一旦黙り、そして答える。「うさみちゃんシティへの攻撃活動をしている総数はかつての人数より減少している」。
「へー。嫌んなって辞める人もいるのかな」
ウィルはまたすこしのあいだ黙って、答える。「それはいろいろな説があると言われてる」。
「あ、興味ないから調べなくていいよ。べつに」
そう言うとウィルは再びコ・ドライバーとして経路の案内を始める。次の回収目的地まで約六キロメートル。つぎの回収先もZプランのオーダーなのでウィルが折りコンを回収するだけで終了する予定だ。誰かと会わずに済む、というだけで灯都は安心する。人間ほど煩わしい生き物はないから。
車を駐めてウィルが回収へ赴いているあいだ、運転席まわりのパネルに流れる情報をぼんやり見ていた。「食べるものがなく困っている方々への支援のため、あなたの要らないものをお送りください。うさみちゃんシティのシェルターで暮らす方々への支援になります。支援はあなたの徳に繋がります」。そして、ここから見える歩道にも大きなパネルを掲げた人が立っていて、道行く人に呼びかけている。「難病のこどもを救うチャリティー活動を行ってます。うさみみみ基金に御協力ください」。道行く人々は戸惑いながら、けれど清々しい善意をポケットや財布から取り出して募金する。「ありがとうございます。あなたの徳がさらに積み上がりますように」。
パネルに次々と情報が流れる。「うさみちゃんシティへ移住してから予知能力を手に入れました。現在スポンサー様を大募集。スポンサーになってくれた方は優先的に未来を占います。活動利益はスポンサー様へ配当します!」。「大切なロボットとのお別れをサポートいたします。見送るあなたの優しさは、きっと徳につながります。BRサービス~」。
窓の向こうに、ててててて、と歩いてくるウィルの姿が見えた。人間の欲望が善意すらも騙し取ろうとする煩わしい広告ばかりで気持ちが疲れていた灯都の心が晴れる。灯都にとって、心から信じられるのも癒やしの対象も唯一ウィルだけだ。
回収した折りコン棺を積んだウィルは助手席に乗り込んで言う。「今日の回収は全て終わり。これからブレインレイン社へ向かいます」。そして経路案内をはじめる。
ブレインレイン社の社屋――の裏の、簡素な四角い建物――へ向かうあいだ、現代の人類に課せられた共通時間に急かされながら、車窓を流れて行く風景を灯都の目が追っていた。愛する人と結婚して明るい家庭を築いて子孫を残してやりたいことに邁進する充実した人生を送る人々がたくさん歩いている。という情報のままに生きている人たちがたくさん歩いている。それ以外の人生を歩む者は世界から弾かれる。人生がテンプレ化して、そこから外れた者はこの車内にしかいないのかもしれないと思う。人間の家族をもつこと、子孫を残すこと、人間を愛すること、人間が為すべきとされていることよりも他に興味が向いている人間は灯都以外にもたくさんいるはずなのに、そのすべてが世界の最下層に自動的に位置づけられるように世界がデザインされてしまって、多様性を謳っているはずの世界で、世界の最下層に位置づけられた人間たち。
人間の人生というテンプレ化した人生のゴールを目指して生きている人間たちは、ある種、誰かから管理されたゴールを目指しているみたいに灯都には見える。人間の幸せは千差万別だ。管理されることに喜びを得ることもまた、人間らしさだ。管理された世界では、管理しやすさが個人を測る指標になる。より管理しやすい個人は高い評価を得る。人間は安心したい生き物だ。管理された社会でうまく管理され、評価を得ることはなにより簡単に安心を得られる。自己実現の努力も、葛藤も、傷つくこともない。ただ自分を殺して、相手に迎合して、精巧に作り込まれた複雑な形の社会にうまくフィットするだけ。この世界に浸透してしまって誰もが信じて疑わない『よい人生』『ただしい生きかた』のイメージを、これからもただ受け入れること。
ただし個人がもつ無限の自由と引き換えに。それを窮屈と感じるか、それもまた個人の〈自由〉だ。
「自由だね。いま。すごく」
用意してなかった言葉が灯都の唇を割ってこぼれた。太陽の光が反射して角度を変え、白い筋になって車内に入り込む。「自由だね。いまは運転に集中しましょう」。そう言ってウィルは経路の案内を続ける。道路脇の歩道では、quzxに煽られて活動するソフィースカーフとぴたぴたの服の集団が群れを成して歩いている。その集団に近づいていくうさみちゃんヘルメットを被った集団がミラーの端に映る。彼らもまた、管理された偏った秩序の中で自由だ。
棺を搬入口に降ろして仕事を終えた。ウィルが搬入しているあいだ、灯都はこのあいだのことを思い出した。和玖を乗せて家まで送るとき、ウィルがなぜか到着地をここに設定していた。灯都は建物のわきに回り込んで、このあいだ開いたドアを確認しに行ってみる。
真っ白の壁が続く建物の表面にはドアと壁の境目がなかった。ただ壁が向こうまで連なっているように見えた。けど、地上から一メートル三〇センチくらいの高さのところにカードリーダーがぽつんとくっついていた。汎用のカードリーダー。けれどドアと壁の境目がない。
棺を搬入し終えて、近くに灯都がいないことに気づいたウィルがその周辺をててててて、と走り回って探しているのが見えたので、灯都は急いでウィルのもとへ戻った。「ウィルごめんごめん。ちょっとあっち行ってた」。声に気づいて振り返り、灯都をみとめたウィルは「置いてった。置いてった」とぷりぷり怒る。そのようすがとても可愛かったので、灯都は謝りながらウィルの頭を撫でる。「でもウィルは、俺がどこにいるかふつうにわかってんじゃないの?」。
そしてウィルと一緒に、さっきの場所へ行って聞いてみる。「ここ、ドアあんのかな」。言ってすぐに、灯都は早口で打ち消す。「あ、やっぱいい」。白い建物を囲むモッコウバラの背の高い生け垣の向こうで音がしたからだった。
ウィルの頭に右手を乗せて腰を屈め、気配を消して生け垣の向こうに停まったSUVをモッコウバラの絡まった蔓のあいだからのぞく。遮られた視界の中で、SUVから人間とうさみちゃんロボットが降りてきた。ソフィースカーフとぴたぴたの服を身につけた年齢不詳の数人。
彼らのようすがおかしいと感じたのは、とろんとした目と、覚束ない足取りに気づいたからだった。身体を拘束されているわけでもないのに彼らはブレインレインの職員――の制服を着ているうさみちゃんロボット――に誘導され、まるでそうすることを決められた運命を辿るみたいに、よろよろ歩いている。視点が定まっていないような目を、目の前のなにもない空中を、一点を見つめながら歩いている。
モッコウバラの生け垣の向こう側をぴたぴたの服を着た数人が歩いて行ったそのすぐあと、絡まる蔓のあいだからものすごいにおいが漂ってきた。においを感じた瞬間、目と目の間の、脳の奥のあたりが絞られるような感じがした。咄嗟に灯都は息を止め、鼻を指でつまむ。ウィルも同じように鼻のあたりに手を置く。あのにおいは、と灯都は思う。この街のいたるところに漂っているオケージョンノートみたいな、人工的なにおいだった。
車に乗り込んでバックミラーで彼らの背中を目で追う。生け垣の向こうの人影はもう見えなくなった。
すでに助手席に乗り込み、シートベルトを締めてフロントガラスを見つめているウィルはエンジンが始動するのを待っている。「うさみちゃんからひとこと。今日はうさみちゃん印のお水でレモネードをつくりましょう。フードプリンターのレシピはこちらですよ」。
ブレインレイン社を背にウィルの誘導どおりに車を走らせる。背中にあったはずのいちごのホールケーキの建物がいつの間にか目の前に現れ、駐車スペースでウィルの誘導が終了した。ぴゅう。モッコウバラの生け垣。その向こうに白い箱型の建物がある。さっき生け垣越しに見た、SUVが停まってた場所。という直感。
「ウィル。帰るって言ったはずだけど」。今日はうさみちゃん市に新しくできた車中泊施設へ行くことをウィルは把握している。灯都の予定のすべてを知っている。
ウィルはすこし考えて再び案内を始める。しばらく進んでいくと、背中側にあったはずのいちごのホールケーキの建物がいつの間にか目の前に現れる。そしてウィルの誘導が終了する。駐車スペース。モッコウバラの生け垣。
「……ここに〝連れてきたい〟理由があるの。ウィル」。灯都は窓の外をしばらく見遣り、そして助手席のウィルを見る。「ここになにかがあるってこと?」。
ウィルは頷いて言う。「ここ




