6-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (前)
₍.ᐢ.₎ {6-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎はちょっと長くなったので、前・後編にわけて公開します
商品は毎日のように発売される。そのすべてを認識するのは非常に難しい。名称すら知らずに消えていくもののほうが圧倒的に多いはずだ。「うさみちゃんからひとこと。今日は、誰かの言うことを素直に聞くと運が上がりますよ」。そしてうさみちゃんのオーナーたちは今日いちにち、誰かの言葉をすべて肯定する。
「キャップちゃんお試し会やってまーす!」
ガラスの扉が大きく開け放たれた店舗の中から人の声が道路へ響いている。灯都はその店舗から近い、時間制限駐車区間に車を駐めて、回収に向かったウィルが帰ってくるのを運転席で待っていた。いちばん安いZプランの供養オーダーなのでウィルが単独で棺を回収に行っている。ウィルが出てくるのを、回収先のマンションのエントランスをじっと見つめながら今か今かと待っている。
店舗の周辺ではうさみちゃんロボットが数体立っていて、道行く人たちに声をかけている。「キャップちゃんお試し会やってます」。うさみちゃんロボットたちはみな、同じイラストがプリントされたTシャツを着ている。ように上半身に表示されている。背中にはうさみちゃんに似たキャラの顔と、CAPという文字が見える。
うさみちゃんたちに話し掛けられた歩行者は、そこで足を止め、ガラス張りの店内のほうをうかがう。店内の内装は感覚遮断に陥りそうな真っ白な空間で、キューブ型の什器がいくつか並んでいるが灯都にはそれがなんなのかまったくわからない。新しいデバイス屋さん。そういうイメージ。
頭の上にのせた棺を両手で支えるようにして、ウィルはエントランスからぺっと吐き出されるように出てきた。ててててて、と灯都の乗っている車へ近づく。その姿を見て灯都は運転席から降り、リアゲートを開けた。「ウィルおかえり」。
ただいまを灯都の目を見て言ったあと、ウィルはからだを半分回転させてトランク部分へ棺を――ウィルは人間と違って、同時になにか動作するのがまだ苦手だ――収納する。傍らで作業を見守っていた灯都の近くへうさみちゃんロボットが近づいてきて言う。「キャップちゃんお試し会やってます」。そして、手のひらの上にのっているオレンジ色のなにかをこちらに向けてみせる。
「ぽこぽこ」
トランクへ、一ミリの無駄もないように棺を収納し終えたウィルが挨拶する。手のひらになにかをのせたまま、うさみちゃんロボットも挨拶を返す。「ぽこぽこ」。
「ごめんね。このあと行かなきゃいけないところがあるんだ。また今度」
灯都がそう断ると――いまも灯都の耳には次の回収予定時刻に関するアラートが途切れなく流れている――うさみちゃんロボットは残念そうに眉をしかめて、「そうですか。また今度来てくださいね」と言って、もともと立っていた配置箇所へ戻っていった。そして通行者へ再び明るく声を掛ける。「キャップちゃんお試し会やってまーす」。
「キャップちゃんってなんなの? ウィル聞いた?」
車を発進させて車線に合流するため、バックミラーで後続車が途切れる瞬間を確かめながらウィルに聞く。ウィンカーのリズムに合わせて「キャップ・ちゃん・とは」とウィルは話し始める。
キャップちゃんとは。最近、うさみちゃシティで流行している新しい定義、理論である。人間個体はキャップと呼ばれる、目に見えない、霊的存在を持っている。それは別の次元に存在していて、人間には決して知覚できないものだ。徳を積むとキャップという存在が大きく成長し、キャップに『取り憑かれている』肉体を持つ人間の人生に良い影響をもたらす。キャップは守護霊のようなものというより、人間の肉体に憑依して生きる独立した生命体である。
キャップちゃんとは。Celestial Astral Presence――C.A.P――という正式名称を持ち、〈そらの上の霊的存在〉みたいな意味をあらわす。人間はキャップをこの世で育てながら生きる。それが人間の幸福と成功に繋がっているから。
キャップちゃんは、キャップの大きさを簡易測定できる新しいデバイスである。キャップとは、うさみちゃんシティに自然発生した新しい思想で、うさみちゃん市で暮らす一部の人々、自警団と呼ばれる者たちのあいだで共有されていたが、そこから爆発的に広がり、市民全体に浸透している。
「〝そらの上〟なのに人間の肉体に取り憑いてんの?」
灯都が聞くとウィルは経路案内モードに入った。「五〇メートル先の交差点を右折、二車線の右折レーンがある」。減速しながら右折レーンへ進入するあいだの空白。それでもウィルは質問に答えない。
キャップちゃんとは。うさみちゃんシティにかつて発生した思想――記憶は脳にはない――に基づいている。人間の肉体は〈ここにある〉だけで、人間が持っているように感じる情報はすべて、肉体の外部にある。それがキャップである。
「えええ?」
なかなか進まない右折レーンで停止している灯都は、信号を見つめながら思わず叫んだ。かつて移住してきた人々の言う〈記憶は脳にはない〉という考えとはあまりにかけ離れている気がしたから。というか、勝手な解釈をされているから。ウィルはキャップちゃんについての説明を続ける。
キャップという存在は、宇宙が発生した直後まで遡る。キャップたちは宇宙のなかを漂い、そこで宇宙のなりたちを見守ってきた。宇宙に漂っていたキャップは地球外生物と出会い、肉体に憑依するすべを知った。肉体に憑依して、惑星に降り立ち、彼らが持つ知恵を使って発展させていった。地球外にもそういった星はいくつかある。
廃置分合によって市となった現在のうさみちゃんシティにあたる地域は、二十世紀まではべつの町名を持ち、その頃の記録によれば、この地にUMAが降り立ったことがあるという。目撃者による証言と、不鮮明な写真一枚だけが残っているのみだが、その日は雲一つない晴天で、季節は秋だった。
目撃者の某さん(仮名)によれば、気持ちよい秋晴れの午後、急に空が暗くなって不審に思ったのだという。その日の天気予報は午前、午後ともに晴れ、降水確率はゼロパーセントだった。屋内で作業していた某さんは急に暗くなった窓の外が気になり、作業を中断して表に出た。
不自然なほど真っ暗だった。薄暮にはまだ早い時間だったし、積乱雲が発生する条件は揃っていなかった。某さんが表に出て空を見上げると、上空に蓋をするように低くて厚い雲が垂れ込めていた。あたりはひどく真っ暗で、しかし、空の端には青空がのぞいている。このあたり一帯だけ、急に発達した雲に覆われて真っ暗になっていたのだと某さんは思った。雨をおそれて某さんは再び屋内へ向かった。
そのとき。空の一部が鋭く光った。雷の閃光だと思い、某さんは急いで屋内へ入り、窓の内側から閃光を見た。けれどそれは空中を不規則な軌道で切り裂く稲妻ではなかった。まっすぐな光が地上へ差し込んでいた。不思議な光に某さんは驚き、この目で光の正体を確かめようと某さんはそちらへ歩いて行った。
光は、虹のはじまりがそうであるように、地上のすぐそこにあるように見えるように、すぐそこ、の輪郭がひどく曖昧だった。某さんが光に近づこうとしても周囲は真っ暗なままで、光の真下に辿り付くことができずにいた。某さんが空を見上げ、光の発生する場所を確かめながら周辺をうろうろと歩いていたとき、背中にものすごい衝撃が走った。今までに経験したことのない強い衝撃だった。雷が落ちてきたのかもしれない、と某さんは思った。からだが痺れて動けなくなった。腕も、脚も、この肉体に繋がっているのが感覚として理解できているのに、動かすすべを全て失ったようだった。
動かすことの出来ない右腕に意識が集中していた。それは生存本能のようなものだった。自らの意思で動かすことのできない右腕へ向けられた意識の中に、突然、声が差し込んできた。それは聞いたことのない言語の連なりだったが、某さんにはなぜか、その声の言っていることが理解できた。『……いちばんはじめの。肉体。地球における』。
声は続いた。『キャップに支配された肉体。地球上でキャップを広め、成長させたら肉体のおわりに褒美をやる。肉体が朽ちるとき、キャップとともに天上の別天地へ連れて行く。それは桃源。楽土。パライゾ』。
「うーん……空中携挙みたいなこと?」
灯都が質問すると、ウィルは経路案内をしながらパネルに映像をうつした。真っ平らでなにもない土地の上に人間が立っている。立ち尽くしている、といったふうにも見える。人間を覆うように、白いもやもやしたものがアメーバー状に広がっている。写真か静止画かと思ったら、白いもやもやしたものはゆっくりとかたちを変えながら人間の肉体に吸い込まれていく。「これは、地球にはじめて降り立ったキャップが人間に取り憑くところを撮ったものだよ。この映像はいくつかあって、現在ネット上でもいくつか確認できる」。ウィルが言う。
「え、いま言ってた話の、……某さんってこと?」
証言と不鮮明な写真一枚しか残ってないはずなのに、と言おうと思ったがやめた。ほんとうに正しいことなんてこの世にははじめから存在しないのだ。
短い映像が終わると、すぐに似たような映像が流れる。角度や光量や色あいの違う映像。白いもやもやが人間の肉体にしゅうっと吸い込まれて終わる。映像には文字がくっついている。『キャップと人間が契約を交わした瞬間』。
この映像が語るのはこういうことらしい。白いもやもやがキャップという霊的存在。そして空中携挙のような〈さいごに救われる〉契約を人間が交わした瞬間。けれど灯都にはこれらの映像はすべて、精巧に作られた偽物のにおいが色濃く漂っている。噎せ返るくらい。
バスが隣の車線から灯都の車を追い抜いていった。〈一秒先を、彩る〉。アドトラックではない、ブレインレイン社所有のバスの側面に表示される文字が流れて行く。このあいだ凛斗が『ツアーが終わった』と言っていたのを思い出す。バスの窓はほとんどがカーテンで閉じられている。カーテンの隙間から顔を覗かせている人に気づいたが、すぐに遠ざかって見えなくなった。
「オーケー。ありがと。よくわかった」
「新発売のキャップちゃんについての説明を聞く?」
「キャップとかいうやつの大きさを測るんだろ?」
ウィルは新しい映像をパネルにうつした。『キャップちゃん』。軽快でファニーで壮大な音楽とともにキャップちゃんの宣伝動画が流れ始める。キャップちゃんは全八色あり、その人のパーソナリティに合わせたカラーを所有するのがおすすめ。カラー診断はうさみちゃんシティにある店頭でいつでも行っている。
キャップちゃんというデバイスは、うさみちゃんの顔になんだか酷似している。うさみちゃんの耳がふたつなのに対し、キャップちゃんの耳――または角――はひとつ。耳がひとつのうさみちゃんの顔が手のひらサイズのデバイスになった、そういう印象。
「なんで耳がいっこなの?」
灯都が聞くとウィルはすぐに答える。「耳に見えるけど、これは∩だよ」。
映像の中のキャップちゃんは左右に揺れながら踊っている。『キャップちゃんに触れるだけですぐにあなたのキャップを測定。±一五〇の数値でキャップの大きさを通知します。徳を積めばあなたのキャップもすくすく育つ。キャップの大きさは毎日変化します。あなたの成功の前兆はキャップの数値ですぐにわかる。さあ、いますぐ測定してみて』。




