4-1「とつげき! 隣のボロ空き家」
夏休み、この地域の小学生たちは毎朝6時半になると、高台にある神社の境内に集まってラジオ体操をする事になっていた。
その日もワタルはラジオ体操を終えて、出席カードにスタンプを押してもらっていると……。
「ワッちーん、ちょっとこの後いいか?」
クラスメイトで怖い話好きのえーちゃんが、不敵な笑みを浮かべながら声を掛けて来た。
「えっ、何……?」
「ちょっと来てほしい所があるんだけどさー」
「ええ……ホントに何なの……?」
具体的な事を言わないえーちゃんに首を傾げながらも、ワタルは彼と一緒に神社を後にした。
早朝の住宅街は空気が澄んでひんやりとしており、車も殆ど通らず人々の活気も感じられない。
まるでそれが非日常の世界に迷い込んだみたいで、ワタルはその雰囲気が結構好きだった。
「ところでワッちん、こんな話知ってるか?」
そんな早朝の風景に浸っていると、不意にえーちゃんが声を掛けて来た。
「ええ……どうせ怖い話でしょう? ……朝っぱらだよ?」
「まあまあ、いいからいいから」
「何がいいんだよぉ……」
ワタルは嫌そうな声を上げるが、えーちゃんは気にせず歩きながら話を始めた。
「これはとある空き家の話なんだけどさ……」
◇◇◇
これは、あくまで都市伝説である。
昔ある家に、家族に虐待される女性がいたという。
原因は他の兄弟に比べて不出来だったから、とされているが定かではない。
肉体的にも精神的にも、家族から酷い仕打ちを受ける毎日。
結果、それに耐えられなくなった女性は家族への恨みを残して自ら命を絶ってしまったのだという。
それから、女性を虐待してきた家族たちが次々と不可解な死を遂げ続けて、その家に誰もいなくなるまで時間はかからなかった。
以来、その家に入るとそれが誰であろうと、目の前に死んだ女性の怨霊が現れて、取り殺されてしまうのだという……。
◇◇◇
「……で、それがここってわけ」
とある空き家の前まで来た途端に、えーちゃんがとんでもない事を言い出した。
「えっなっ、えーちゃん?」
さっきまで聞いていた話の中に出て来た家が突然目の前に現れたことに、ワタルは困惑した。
家の外壁が所々ボロボロで、庭の草木も伸び放題だ。
屋根の赤い風見鶏が、カラカラと鳴きながら回っている。
一見するとただの空き家だが、えーちゃんの話のせいで、ワタルには妙に不気味に思えてしまっていた。
「……それで、こんな所に連れてきて、何がしたいのさ」
眉を潜めながらワタルはえーちゃんをじっと睨むが、当の本人はにやりと笑って一拍置いてから、
「行こうぜ、探検だ」
「……はぁ!?」
ワタルはつい大きな声を上げてしまった。
「この中に入るってこと!? だっ、ダメだよ! 本当によくないから!」
「大丈夫だって、この家たまに肝試しにくる人もいるんだって、そうネットに書いてあった」
どこのネットだよと思いつつ、ワタルはなんとか思い直すようにえーちゃんを説得した。
「ダメだよえーちゃん、まず空き家だからって勝手に入ったら通報されて警察に逮捕されちゃうんだよ? それに古くい家は床が抜けたりして怪我するかもしれないし……」
「お、おう……」
ワタルの必死に訴える姿に、えーちゃんは若干引き気味になる。
そのお陰かワタルが話し終える頃には、えーちゃんはすっかり空き家に忍び込む気が無くなってしまっていた。
「そこまで言われたら、じゃあ止めるけどさあ……」
「ハァ……ハァ……そ、そうだよ……そうしたほうが、いいって……」
軽く息切れになりながら、ワタルはふと、とある疑問が頭に浮かんだ。
「ね、ねえ……えーちゃん……」
「どうしたワッちん?」
「もしかしたら本当に幽霊がいるかもしれないのに、なんでこの家に入りたがったの?」
なぜ怖い物好きな人たちは心霊スポットに行きたがるのか。
怖いものが苦手なワタルは、それが以前からずーっと不思議で仕方がなかったのである。
んーそれは……と、えーちゃんはちょっと考え込んだ末に、こう答えた。
「わっかんねえ!」
そっか、分かんないか……。
ワタルはガクリと、大きく肩を落とした。
その日の午後、ワタルは宿題をしに図書館へとやって来ていた。
出された課題の大半は既に終わってるので、自由研究や絵日記などを除けば、細々としたものを片付けて終わりだ。
だからわざわざ図書館に来る必要はないのだが……。
「たぶんここら辺に……あった」
手に取ったのは、世界の幽霊屋敷についてまとめた本だった。
えーちゃんの話を聞いて、こういうものにちょっとだけ興味を抱いてしまったのだった。
ワタルは本棚のすぐ側にある席に腰を下ろして本を広げた。
「うーわ……よくこんな怖い家とか残ってるな……」
ワタルはそれに載っている写真の1つ1つに怖気を感じながら、本をパラパラとめくった。
辺りはシーンと静まり返り、冷房の効いたひんやりとした空気を肌に感じる。
本のものなのか、独特な匂いが時々鼻をくすぐる。
そんな図書館の雰囲気に包まれながら本を読んでいると……。
「あらァ……今日は珍しい本を読んでるわねェ……?」
「あっ……ど、どうも」
最近ここで知り合った、名前不詳の謎のお姉さんがひょっこりと姿を現した。
「世界の幽霊屋敷ねェ……。好きなの? こういうの……」
今日のお姉さんは、黒いブラウスに薄いロングスカートと涼しそうな恰好をしている。
そのいつもと違う服装を見て、ワタルは心の中でドキドキしてしまっていた。
「へェ……呪われた空き家!」
「そうなんですよ……まさか朝から連れていかれるだなんて……」
ワタルは図書館内の談話スペースに移動して、今朝の出来事をお姉さんに話した。
辺りに殆ど人はおらず、広々とした空間を二人で占領しているようで、若干の罪悪感を覚える。
「でも羨ましいわねェ……歩いていける圏内に心霊スポットがあるだなんて」
「羨ましかないですよ! 近所にそんな……幽霊がいる家があるとか……」
「ふふっ、人生には多少のスパイスがあった方が楽しくなるものよォ」
お姉さんの、まるでいい事を言ってる風な言葉に、ワタルは素直にうなずくことが出来なかった。
でもねェ……と、お姉さんはワタルに対して続ける。
「一応年長者として言っておくけれど、空き家とはいえ勝手に入るのはダメよォ? お巡りさんに怒られちゃうんだから」
「分かってますよ、僕だってえーちゃんに同じこと言いましたし……」
「ならいいけれど……ところで、その空き家ってどこにあるのかしらァ?」
「それなら、この近くの神社から北方面に向かったところにある家ですよ。屋根に大きな赤い風見鶏があって……」
それを聞いた途端、お姉さんの挙動がリモコンの停止ボタンを押したかのようにピタリと止まった。
不思議に思いワタルがお姉さんの顔を覗くと、目線が明後日の方向に向いている。
「……お姉さん、もしかして知ってる場所なんですか?」
お姉さんは黙ったまま動かない。
ただ、知ってるだけならこんなリアクションはしないだろう。
「……もしかして、中に入ったことがあるんですか?」
「……あ、アハハハハ! そんな家があるのねェ! 私、知らなかった!」
「入ったんですか?」
「アッハハハハハ」
「入ったんですね?」
呆れ果てた表情をしたワタルに対して、お姉さんが取り繕うように言葉をかけた。
「ね、ねえ、怖い話、聞きたくなぁい?」
「……まあ、聞きますけどね?」
ワタルは渋々ながら姿勢を正して、お姉さんの話を聞く覚悟をした。
「これは、これはねえ、そう、この話も空き家に関連する話なのよォ……」
次回「母娘の出る家」




