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3-3「言の葉に"怖い"を乗せて…」

「……っていう話だったんだけど、どうだったかなァ?」


 話を終えたお姉さんは意地悪そうな笑みを浮かべてワタルに尋ねるが……。


「……」

「あっ……あれ? ねえ……ど、どうしちゃったのかなァ……?」


 まるで魂が抜けてしまったかのように、ワタルは目の前を向いたまま口を半開きにして呆然としている。

 しばらくお姉さんが声を掛け続けていると、ようやく我に返り、絞り出すかのように言葉を発した。


「だ……やめてくださいよ……いきっ……なりびっくりさせるのは……」

「あー……キミ、ああいうの苦手だった……?」


 ワタルは怖い映画など苦手であるが、中でもいきなり大きな音でびっくりさせる演出が心底ダメであった。

 それを入れられると、たとえそれがホラーではないアクション映画などでも、途端にまともに見れなくなってしまうのである。

 ワタルが震える声でそのような事を告げると、お姉さんは申し訳なさそうに謝罪してから、もう一度彼に話の感想を尋ねた。


「そ、そうですね……」


 ワタルは顔を青くしながら、少し考え込んでからこう答えた。


「少し……不条理だと思いました」

「不条理?」

「だって……Cさんたちはその先輩にずーっとつまらない話をされ続けてきて、たまたまその理由について尋ねただけじゃないですか。それなのに、あんな……」


 そう言ってワタルは、先ほどの話に出て来た、女が急に机の上に崩れてくるシーンを頭に思い浮かべてしまい、ブルっと肩を震わせた。


「でも……本当にそうかしら?」


 お姉さんはワタルの言葉に疑問を見せる。


「確かに才川さんが自分のために人を不快にさせて来たのは悪い事だけれど、でも誰かが注意してくれていたらこんな事が起こらなかったかもしれないでしょう? でも、Cさんを含めた部員のみんなはお金のためにそれをしなかった」

「それは……そうかもしれませんけど……」

「Cさんだって、聞かなくてもいい事を聞いてしまったわけでしょう? なら自業自得とも言えるんじゃないかなあ……」


 お姉さんの言葉を聞いて考え込むが、それでもやっぱり、悪いのは才川さんだとワタルは思った。

 ……と、そこで彼の頭の中にふと疑問が浮かんだ。


「あの……最後に卓上になだれ込んできたのって、やっぱり才川さんが子供のころに出会ったっていう女性だったんですか……?」

「そうねェ……まあ自然に考えるなら、その女性が実は幽霊で、その時に取り憑かれて……ってなるのかしら」

「狐火もですけど、その人がいったい何だったのかさっぱり語られていないのが、こう……不気味と言いますか……」

「まあそうねェ……でも怖いものって、大半は説明しきれるような存在じゃないのかもしれないわね」

「そういうもんですか……」


 そうしてワタルは空を見上げた。

 今日の空模様は曇りなお陰か、外にいても普段より暑さを感じずにいられる。

 図書館の前の道路は車が行き交い、歩道には夏休み中の子供たちの楽しそうな姿がよく目につく。

 そんな何気ない日常の風景を見ながら、ワタルはぽつりとこんな事を尋ねた。


「……もしCさんが何も言わなかったら、才川さんは普通の生活を続ける事が出来たんでしょうか」


 お姉さんの話のラストから考えるに、おそらく才川さんは真っ当な人生を送れなくなってしまったようにワタルは感じてしまっていた。

 であるならば、Cさんが妙な事を聞かなければ、誰も不幸にならずに済んだのではないかと……。


「うーん……それはどうかしらね」


 しかし、その考えにお姉さんは疑問を見せる。


「思うに、Cさんが余計な事を言わなくても、遅かれ早かれどこか別の所で爆発してたんじゃないかなって、私は思うの……」

「爆発って……まるで爆弾みたいな」

「そう、まさに爆弾ね。誰かが尋ねる機会なんてそれまでのにいくらでもあっただろうし、たまたまCさんがその導火線に火を付けてしまっただけ、という事になるわね」

「でも、それって……」

「そうね……きっと子供の頃のあの夜の時点で……」


 詰んでた、んでしょうねェ……。

 憂いを帯びたような目で遠くを見つめるような顔をして、お姉さんは呟いた。




「そ、それじゃあ僕そろそろ帰りますね……」


 話を一通りし終えると、ワタルは自宅へ帰るために図書館の駐輪場の方へ行こうとしたのだが、それをお姉さんが止めた。


「あっ、ちょっと待ってェ……夏合宿って明日行くんだっけ」

「え? ええ、そうですけど」

「ふーん……やっぱりG山にある合宿所に行くんだ?」


 G山とはワタルの住む県内にある、標高も低く比較的気軽に登山も楽しめる山の名である。

 しかしワタルの向かう合宿所のある山はそこではない。それを訂正しようとしたワタルであったが……


「……ん? もしかして、僕の行こうとしてる合宿所がどこか探ろうとしてます?」


 ワタルからの突然の質問に、お姉さんは笑顔を崩さず無言で目線だけを横にそらした。


「ええ……ウソでしょう? まさか本当に着いていこうとしてます……?」

「まっまま、まっさかァー! そんなわけ、ないじゃない……ねェ?」


 わざとらしく動揺するお姉さんを見て、ワタルは少し前にたまたま見た刑事ドラマに出てくる犯人の演技を思い出した。


「あの、本当にダメですからね? 何らかの犯罪に抵触する危険性がありますからね?」

「いやァ……でも、その……」

「……はぁ、それじゃあ僕の話す時だけ録音していいか聞いてみますから、それが録れたらあとで聞かせてあげますから、それでいいですか?」

「マジで!?」


 どうにか捻りだしたワタルの妥協案で、お姉さんもようやく納得してくれるようであった。

 そうこうして、ようやくその場から離れようとするワタルであったが、またしてもお姉さんが声を掛けて止めた。


「そうそう、もしもの事なんだけれど」

「もしも……?」

「もし、やろうとしてる怪談が人と被って話せなくなっちゃったら、遠慮せずに私の話使っても良いからね?」

「私の話って……」


 そう言われて、今までお姉さんが話してくれた怪談を思い出して、ワタルは思いっきり顔をゆがませる。


「い、いくらなんでも怖すぎて話せませんよ……勘弁してください」

「あら、そう?」

「それに人と話す内容が被るなんてそうそうないですって、大丈夫ですよ」

「そうかしらァ……ネットで探せる範囲にある怪談って結構人と被りそうな気もするけれど……」

「とっとにかく大丈夫ですって! それじゃあ!」


 そう言って家路についたワタルであったが、この時お姉さんが抱いた懸念が果たして現実のものとなってしまったのだった。




 翌日、ワタルたち一行はトラブルなどもなく、無事に林間学習が行われる合宿所へ出発する事が出来た。

 到着後はスケジュール通り様々な楽しいレクリエーションが行われ、気が付くとあっという間に夜になっていた。


 予定されていた時間になったのでワタルが怪談会が行われる、合宿所の中にある和室へと入ると、すでにクラスメイトたちや担任の磯崎先生が車座になって座っていた。

 その輪の中心にはまだ火が灯されてはいない、ろうそくのついた燭台がいくつも置かれている。

 ワタルは先生に、自分の番になったらそれを録音していいか尋ねてから空いているところに座った。


「よーし、それじゃあそろそろ始めよっか」


 先生はそう言うと、ろうそくに明かりを灯してから部屋の電気を全て落とした。

 真っ暗になった室内を、ろうそくの炎だけが仄かに照らし出す。

 まるで、話している最中にどこかから幽霊でも出て来るのではないか、そう想像させられるような独特な雰囲気をワタルは感じた。


 そうして、事前にくじ引きで決めた順番で生徒たちが一人一人、それぞれが用意した怪談を語り始める。

 その内容は学校の怪談から都市伝説、ネットでよく見る話と様々であった。

 その1つ1つに対して、ワタルはゾクゾクする恐怖を感じずにはいられないのだった。

 ちなみにワタルが語る順番は幸か不幸か一番最後であり、その直前にはクラスで一番怖い話が得意なえーちゃんが控えているのだが……。


「さて、とうとう俺の出番か……それじゃあ話させてもらうけれど」


 そう言ってえーちゃんが話し始めたのは、なんとワタルが話そうとしていた「キャンプファイヤーと見知らぬ生徒」であった。

 しかも、ワタルの父よりも話し方が上手いのか、まるで初めて聞いた物語であるかのように新鮮な恐怖をワタルは感じてしまっていた。

 自分が語っていたとしても、ここまでうまく話せはしなかっただろう……。


「よし、じゃあ最後はワッちんだぜ」


 恐怖で固まっているワタルに対して、話を終えたえーちゃんが声を掛けた。

 ワタルは我に返ると、座を正してから怪談を語ろうとしたが、話そうとしていたものはさきほどえーちゃんが語ってしまった。

 まさか、同じ話を連続でするわけにもいかない……。


 こうなったら、もうお姉さんに聞いた話を使うしかないのだが、ただでさえ練習もしてきてない上にえーちゃんの直後ということもあって、上手く話せるかどうかワタルは不安で仕方が無かった。

 もうこの場から逃げ出したい、そう思っていると、頭の中にお姉さんの言葉が蘇ってきた。


「だからね、キミはキミのままで怖い話をするのが一番いいんだよ?」


 ……いいのだろうか。

 もしかしたら、この場にいる人たちからは馬鹿にされるかもしれないけれど。

 でも……。


(きっとお姉さんがこの場にいたら、喜んでくれるんだよね…)


 そう考えると、なんだか不安が無くなっていくようにワタルは感じた。

 そうして覚悟が決まったワタルは、スマホの録音ボタンを押すと、話を始めたのであった。


「こっ……この話は、知り合いのお姉さんから聞いたのなんだけれど……」




 結果からすると、話し方は聞きづらかったけど、話の内容はわりと良かったという評価であり、えーちゃんからは「ワッちんも怖い話出来るんだなあ」と感心されるのだった。


 怪談会に参加して、なんだかんだで良かったなと安堵するワタルであったが、その日の夜、ベッドの中から見知らぬ生徒が出てきて襲われる夢を見てしまい、大きな悲鳴をあげて同室の生徒たちを驚かせてしまうという失態を見せるのであった……。


 ──第3話、完。

いつもご覧になっていただきありがとうございます。

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