3-2「怖い話をしまくる先輩」
怖い話をするのって、楽しいわよねェ……。
面白かったから、誰かと共有したい。
怖かったから、誰かにも同じ思いをさせたい。
様々な理由から怖い話をしたがる人はいるけれど……中には変な動機から怖い話をしたがる人もいるそうよ。
……さて。
この話をしてくれたのは、今は県内の会社で働いている男性……仮にCさんとするけど……その人から聞いた話よ……。
Cさんがまだ大学生の頃、彼が入っていたサークルにちょっと困った先輩がいたの。
才川さんっていう男性の先輩なのだけれど、彼はとても気さくな性格で、普段の会話もユーモアに溢れてて、実家がお金持ちだからよく奢ってくれたりして、もちろん顔もカッコよくて、とにかくすごくいい先輩だったんだそうよ。
ただ、その先輩には困ったところが1つあって……それはいつでも急に怖い話をし始めることだったの。
Cさんが初めて才川さんの怖い話を聞いたのは、サークルに入ってしばらく経ってから開かれた新入部員の歓迎会での事だったそうよ……。
歓迎会も佳境を迎えて、お酒が飲める先輩たちはすっかり出来上がってて、Cさんを含む新入部員の人たちも楽しくなっていた時、急に才川さんがニヤニヤとしながらこう言ったの。
「なあなあ、今から怖い話してもいいかな」
季節はまだ肌寒い春頃だったし、そもそもそれまでの歓迎会で怪談を話すような流れでは無かったから、Cさんは困惑してしまったわ。
でも他の先輩たちは、急に酔いが冷めたかのように落ち着いて、しょうがないなと観念したように、才川さんの頼みを聞き入れてしまったの。
「そんじゃ話すけどもさ、この話は……」
そう言って才川さんは怖い話をし始めたのだけれど、それがなんというか……全く怖くなかったの。
「それでさあ、その男の子は周りを障子で囲まれた部屋で一晩過ごさなきゃいけなくなったんだけど、そしたら部屋の外からドンドンドンって障子を叩く音が聞こえてきてさあ」
……という具合に、話はインターネットでよく見かけるような有名な話だし、話し方もどこか軽薄さを感じてしまって、それでCさんは全く怖く感じられなかったそうよ。
しかもそれを十数分もされたものだから、Cさんはだんだんと苦痛に感じてきたの。
不快さすら感じたって言ってたわね。
周りを見ると、他の新入生や先輩たちも同じようで、気持ちよさそうに話す才川さん以外、みんな辛そうな表情をしていたそうよ……。
それまで楽しかった歓迎会も、才川さんのせいで雰囲気が台無しになってしまってそのまま解散となったのだけれど、帰る前にサークルの部長がCさんを含めた新入部員たちを集めて、彼についての謝罪と説明をしてくれたの。
「才川……アイツなあ、どういう訳か、あんな風に人前で怖い話をしたがるんだよ……。でも話し方が下手なのか、聞いてても怖くないしつまんない怪談しか出来なくてさ。……でもな、悪い奴じゃないんだよ」
そして、続けてこう言ったわ。
「これからもちょくちょく、ああいう事をすると思うけど、あまり文句とか言わないでくれると助かる」
というのも、才川さんは実家がお金持ちだからか、こういった歓迎会や呑み会なんかで結構余計目にお金を出してくれるのね。
なので才川さんに文句とか言うと、機嫌を損ねてお金を出してくれなくなるかもしれない……っていう打算的なお願いだったの。
Cさんたちも、そういう事なら……とその場で理解したわ。
実際、その日の参加費も結構飲み食いした割にはそんなに払わなくて済んだらしいしねェ……。
さて、そんな事があってからしばらく経ったころ、Cさんがサークルの部室でダラダラとしていると、才川さんがやってきて「一緒に飯食いに行かない? 奢るから」って誘ってきたの。
奢ってもらえるならとCさんは喜んで彼と一緒に、大学近くのラーメン屋に向かったわ。
その途中で、人気ホラー映画シリーズの最新作のポスターを見かけたので、Cさんは才川さんにその話を振ったの。
「先輩、あのシリーズって見たことあります? 久々の新作だから楽しみですよねえ」
「ん? ああごめん。俺ホラーとかあんま興味無いから」
これにはCさんはびっくりしたわ。
てっきりホラーが好きだからああいう怖い話とかするのかと思っていたのに、逆に興味が無いと言われるとは思いもしなかったの。
でもそう考えると、話してる内容も、その話し方も、ホラーに興味が無いからと言われれば納得だったのね。
ただ、そうなるとなんでホラーに興味も無い人間が怖い話をしたがるのか……。
Cさんにはそれが疑問だったそうよ。
「そうだホラーと言えばさ、昨日こんな話をネットで見かけたんだけどさ……」
そういって始まった才川さんの、どこかで聞いたような怪談語りは、ラーメン屋への道中から列に並んでる最中、そして店内でラーメンを食べ終わるまでずーっと続いたそうよ。
あまりに苦痛過ぎて、いくら奢りだからってホイホイ付いて行った事を後悔した、ってCさんは言ってたわ……。
そんな事があってからCさんは、なるべく才川さんには近づかないようにしたわ。
もちろんサークル活動においては関わらないことは難しかったけど、あちらから声をかけられないようにって、とにかくあまり一人でサークルの部室にいたり、大学内をウロウロしたりしないようにしていたそうよ。
そんな感じで、ちょっと困った先輩がいる以外はいたって普通の大学生活を満喫していたCさんだったけれど、2年ほど経ったある日、恐ろしい出来事が起きてしまったの……。
それは、Cさんの自宅にサークルで仲のいい先輩後輩たちが集まって呑み会をしていた時の事だったそうよ。
その中には才川さんもいたわ。
あまり関わりたくない人っていうのはサークルメンバーみんなの共通認識だったけれど、高いお酒を買ってきてくれたり出前を頼んでくれるから、こういう呑み会なんかには結構誘われていたのね。
もちろん急に怖い話をし始めるから、呑み会の最後はいっつも台無しにされたそうなんだけれど……。
そうしてその日の呑み会も、参加者みんながいい雰囲気になってる所に才川さんが怖い話をし始めて急激に盛り下がってしまったわ。
でも才川さんが話し終わったその時、けっこう酔いが回っていたせいか、Cさんは普段聞かないような事をうっかり訪ねてしまったの。
「才川さんってぇ……どうしてそんなに怖い話ばかりするんですかあ?」
その瞬間、才川さん以外の部屋にいた全員がギロリとCさんを睨みつけたわ。
変なこと聞いて、もしこの人の機嫌が悪くなって、もう奢ってくれなくなったりしたらどうしてくれるんだ。
そんな視線がグサグサとCさんに突き刺さったの。
Cさん自身も、酔った勢いとはいえなんでこんな事言ってしまったんだとすぐに後悔したけれど、当の本人にはしっかり聞かれてしまっていて、誤魔化すのも難しい状況だったわ。
「えー? どうしたC、いきなりそんな事聞いてさあ」
「いやあその……」
Cさんは仕方なく、以前才川さんがホラーに興味が無いと言った時から、どうして怖い話をしたがるのか不思議だったと正直に話したの。
変な事を聞かれて不機嫌になると思われていた才川さんだったけれど、当の本人はそれを聞いてなんだか気まずそうというか、返答に困っている様子だったわ。
まるで、いたずらが親に見つかった子供の様だったそうよ。
みんなが恐る恐る才川さんの出方を伺っている中、彼はうーん、とかそうだなあ……とか、何か言葉を選んでいる様子だったけれど、しばらくしてから、
「……吊り橋効果、って知ってるか?」
って言ったの。
……キミはこの言葉の意味、知ってる?
うん……そう、そうね……。
とにかく恐怖のドキドキを恋愛のドキドキと錯覚してしまうって事なんだけれど、才川さんがどうして急にこんな事を言い出したのか、Cさん含む他の部員たちにはさっぱり見当もつかなかったわ。
そして、続けて才川さんはこんな話をし始めたの……。
それは才川さんがまだ小学生だった時の、ある夏の出来事だったそうよ。
その頃の才川さんの家族は夏になると毎年決まって、父方の実家に帰省していたんだって。
遠く離れた山のふもとにある田舎で、とても自然豊かな風景が広がっているらしいわ。
ただその年の夏は、才川さんの両親がどちらも仕事の都合が悪くて、彼は電車やバスを乗り継いで一人で父方の実家に行くことになったの。
父方の祖父母は仕事で来られない両親に対して小言を言いつつも、孫である才川さんには、小学生なのによく一人でここまで来れたねと、大層褒めながら歓迎してくれたわ。
高そうなお寿司を出前で頼んでくれたり、呑み切れない量のジュースも用意してくれたり、それに小学生でも持て余しそうなくらいのお小遣いもくれたそうよ。
羨ましいわね。
そんな感じで初日は賑やかに過ごしたのだけれど、夜眠る時となると、一転して静寂に包まれたの。
才川さんが寝るのに宛がわれたのは、毎年両親と一緒に使っていた客間だったのだけれど、その両親がいないために、その年は小学生の才川さん一人で寝ることになったの。
祖父母は夜も10時にならないうちから寝てしまうし、家の周りは殆ど田んぼと畑で虫の鳴き声くらいしか聞こえてこない。
普段は夜の町の喧噪を子守歌代わりにして眠っている才川さんにとって、このあまりにも静かすぎる環境は、逆になかなか寝付けられないものだったそうよ。
そうして扇風機のぬるい風を感じつつ、うつらうつらと夢の世界に入ろうとしていた才川さんだったけれど、なんだか妙な不安感を覚えて目が覚めてしまったそうなの。
そうしてふと何気なしに、縁側に面している障子の方に目をやると、何やらその向こう側で明かりがちらちらとしているのが見えたわ。
何の明かりなのか気になった才川さんは、不安を覚えつつも布団から出て、怖いもの見たさで障子に手をかけ、ゆっくりと開けて外の様子を伺ったそうよ。
その明かりの正体は、炎だったわ。
青白い炎が1つ、庭を挟んだ向かいの縁側、奥の渡り廊下の先にある離れの前を、ちろちろと揺らめいていたの。
……幽霊だ。
それを見た才川さんはそう思った途端、急に恐ろしくなってしまい、急いで障子を閉めると転がるように布団に潜り込んで、朝までガタガタと震えたんだって。
翌日、昨日見たことをさっそくお爺さんとお婆さんに尋ねた才川さんだったけれど、
「まあこの家も古いしなあ、そういうのも出るだろう」
「この辺りでは狐火って言うんだぁよ、近所のキツネがいたずらにでも来たんだろうさね」
と、まるでネズミでも出たかのように、さも当たり前の事であるかのような答えしか返ってこなかったわ。でも一方で、
「あの離れにはガラクタがいっぱい積んであって、崩れたら危ないから近づくんじゃないぞ」
って、こっちは深刻そうな感じで言われたんだって。
そんな事があったから才川さんは家にいるのが怖くなって、その日の昼間は外で一人で遊んだわ。
まだ日が高いうちは良かったけれど、だんだんと日が暮れていくにつれて不安感が募っていって、いつまでも帰ってこないからとお婆さんが迎えに来る頃には泣きだしそうになっていたそうよ。
そうして迎えた2日目の夜。
才川さんはいつまた、あの狐火が現れるかと不安になりながら、布団の中で悶々として眠れずにいたんだって。
そうしてどれくらいかした頃、またしても部屋の、外の庭に面した障子に光が映し出されたわ。
ああ、またあの恐ろしい狐火が出たんだ。
それを見てしまった才川さんの身に再び恐怖が走ったわ。
怖い怖い、恐ろしい恐ろしい、早く朝になれ早く朝になれ……目を瞑りながら心の中でそうなんども呟く才川さんだったけれど……。
「……えっ?」
さっきまで布団の中にいたはずなのに、気が付くと才川さんは起き上がっていて、障子の戸を開けて庭の向こう、家の離れへと続く廊下の先を見つめていたの。
そこにはもちろん昨日見たのと同じ、青白い狐火が揺らめいていたわ。
月もない闇夜の中を、その炎だけが煌々と光を発している様は不気味で恐ろしいものにしか見えなかったそうよ。
ああ嫌だ嫌だ、こんなものもう見たくない。早く部屋に戻りたい。
才川さんはそう思ったのだけれど、金縛りにあったかのようにその場から体を動かすことが出来なくなっていたわ。
首も回らないから炎から視線を逸らすことも出来なくって、ただただ恐怖心で頭がいっぱいだったそうよ。
そしてもう叫び声が出そうになった、その時。
「……でさあ、その時離れの戸が開いたかと思ったら、中からお姉さんが顔を出して、こっちに来いって手招きしてくれたんだよねえ」
才川さんの話が急に思わぬ展開になり、その場にいたCさんや他の部員は困惑したわ。
才川さんの話も、その後恐る恐る離れに行って、そこにいたお姉さんとお手玉だとかけん玉といった、昔ながらの遊びをして過ごしただとか、それを実家から帰る日が来るまで毎晩祖父母には内緒でやってただとか言って、そこで終わってしまったの。
「たぶんそれが俺の初恋だったんじゃないかなーって思うんだけど、その時の恋のドキドキと、狐火の恐怖のドキドキが混同しちゃってさあ、それ以来、怖いドキドキを感じると、その時の恋のドキドキが思い起こされて、幸せな気持ちになっちゃうんだよねえ」
……でもね? と、才川さんは続けたわ。
「俺、それ以来あんま怖がれなくなっちゃってさ、お化け屋敷とか怪談スポット行っても、流行りのホラー映画見たり怪談聞いたりしてもちっともドキドキしないんだよ。でさ……」
そこまで聞いて、Cさんは嫌な予感がしたそうよ。
「俺が怖い話をすると、それを聞いた人たちが怖がってくれてさ、その怖そうにドキドキしてくれる顔見ると、こっちまでそのドキドキが伝わって、ちょっとはあの時のお姉さんに感じたドキドキを思い出せるんだよねえ」
そう言って幸せそうな顔で語る才川さんだったけれど、一方のCさんたちはたまったもんじゃなかったわ。
別に才川さんの話を聞いて怖がっていたわけではないけれど……。
でも結局は、才川さんが初恋のドキドキを感じるためだけに、他の人たちはみんなつらい思いをさせられてきたって事だもの。
いくら呑み会やサークル活動のお金のためとはいえ、これにはみんな思うところがあったそうよ。
……ただ、その時誰もが触れようとしなかった所を、Cさんはつい尋ねてしまったの。
「……あの、才川さん。そのお姉さんって、誰なんですか?」
「え、誰って?」
「その、才川さんのご実家に住んでる、いとこのお姉さんとかなんですか? それとも近所に住んでる人とかですか?」
「そりゃお前、あの人は……」
そう言いかけて、才川さんの言葉が止まったわ。
初めは黙り込んで考え込む様子を見せる才川さんだったけれど、次第にその顔は、ニヤニヤとしたものから段々と笑みが消えていき、次第にCさんが初めて見るような困惑した表情になっていったそうよ。
そうして、初めてその考えに至ったかのように、才川さんは深刻そうな顔をしてこう言ったの。
「……ええっと、知らない、人……?」
その直後。
才川さんの背後に、いつの間にか着物を着た女性が立っているのを、その場にいた彼以外の人間が初めて認識したの。
その異様な光景にみんな固まっていると、女が急にテーブルの上へ崩れて来たわ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
才川さん以外の、その場にいた部員たち全員が、それを見て悲鳴を上げながら部屋の外へと着の身着のまま逃げ出してしまったわ。
そうして皆で部屋から数百メートル先まで逃げてから冷静になって、しばらくしてからみんなで恐る恐る部屋に戻ってみたのだけれど、飲み物や料理はきれいに片付けられていて、まるでさっきの異常な事態が無かったかのようだったんだって。
そして、もう帰宅してしまったのか、才川さんの姿はどこにも無かったそうよ。
それ以来、才川さんは部室にも来なくなってしまい、大学の構内でも見かけることはなくなってしまったの。
ただ、死んだとか行方不明になったわけではなく、一応卒業したらしいという事まではCさんは人伝手に聞いたんだって。
でもそれ以降の才川さんの行方は、今も誰も知らないそうよ……。
この話をしてくれたCさんは、最後にこう言ってたわ。
「たぶんあの、急に出てきた女の顔見たの俺だけだと思うんだけど、あの女ね」
──すごい怒った顔してたんだよ。
……まあ、私が1つ言えることがあるとすれば……。
"自分がちっとも怖いと思ってないのに怪談を話すやつに、ろくなのは居ない。"
……ってことかしらね。




