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3-1「父と怪談とキャンプファイヤー」

「うーん……どうしよう」


 ワタルは夏合宿のしおりを眺めながら悩んでいた。

 山にある合宿所で過ごす1泊2日の林間学習、その1日目の夜にワタルたちのクラスは怪談会をすることになっていた。

 参加するかどうかは自由だったが、夏休みに入る前……


「夏合宿で怪談会……? ぜっ、ぜんぜん参加出来るしー!」


 などと同級生たちの前で強がって言ったせいで、ワタルは参加する羽目になったのであった。


 ただ、ワタルは怖い話が大の苦手である。

 そのためまともに怪談を話せるかも怪しいが、肝心の話す内容自体もまだ決まっていなかった。

 明後日には本番、それまでにいい加減何を話すか決めなければ……。


「ワタルー、夕飯出来たわよー」


 ワタルがあれこれ悩んでいると、1階から母が呼んでいる声が聞こえてきた。

 考えるのを切り上げて仕方なく台所へ向かうと……。


「おっ、どうしたワタル。そんな浮かない顔して」


 いつの間にか帰宅していた父が、テーブルに座って早めの晩酌を始めていた。


「あれ、珍しいねお父さんがこの時間に家にいるの。……仕事辞めたりした?」

「……お父さんだって、たまには定時で上がる日もあるんだよ」


 父は若干苦々しい顔をしながら言い返した。


「それで、どうしてそんな浮かない顔してるんだ?」

「それは……」

「……恋、か」

「違う」


 父のふざけた態度にほんの少し不機嫌になるワタルであったが、そこで今抱えてる悩みを相談するのにちょうどいいと思い、明後日の夏合宿での怪談会の事を父に話してみることにした。


「……ってわけで、どうすればいいか分かんなくなっちゃったんだよ」

「ふうん……林間学習のレクリエーションで話す怪談か」

「まあ……うん、そうなるんだけれど……」

「ん、そうだ。ちょっと待ってろ、確かいい話があったぞ」


 そう言いながら、父はスマホを取り出すと検索サイトで何かを調べ始めた。


「ちょっとお父さん、食事中にスマホはやめなさいって言ってるじゃない」

「ごめんごめん、でもちょっと待ってて……」


 母に怒られながらも、父はどこかのサイトで何かを見つけたようで、それを熱心に目を通しているようだった。


「うん、うんなるほど……ワタル、ちょうどいい怪談を見つけたぞ!」

「ええ……今はいいよぉ……」

「まあ聞きなさいよ、これは夏合宿にピッタリでしっかり怖い話なんだ」

「いや、だから……」


 そういえば、この家の中でホラーが一番好きなのは目の前にいるこの父親だった。

 ワタルは今更になってそれに思い当たり、悩みを話したことを後悔し始めていた。


「いいか? これはある小学生が体験した話なんだが……」


 そう言いながら、父は不気味な笑みを浮かべながら語り始めた……。


◇◇◇


 この話はTさんが小学生だった時に体験した出来事である。


 夏休みに行われた林間学習、そこでは参加者全員でキャンプファイヤーをする事になっていた。

 小一時間ほど歌って踊り、あとは炎の勢いが衰えるまでの間、先生のあまり上手くないギターの演奏を聴く。

 Tさんはその音色を耳にしながら、目の前の消えゆく炎と星空を交互に見比べ感慨深い気持ちに浸っていたのだが、その時急に、右隣に座っていた子供に声をかけられた。


「ねえ、楽しいね」


 知らない男の子だった。


 さっきまで隣にいたのは、よく知る同級生の子だったはずである。

 そもそも着ている体操着が、Tさんたちの学校のものとはデザインが違うように見える。

 Tさんが困惑していると、その見知らぬ子はさらに大きな声で、再びTさんに声を掛けてきた。


「ねえ、楽しいね!」


 思わず「う、うん楽しいね」とTさんは返事をしてしまった。

 そして、Tさんがその子に名前を訪ねようとした時、


「はーい、それじゃあキャンプファイヤーの時間はこれでお開きです。施設に戻りましょう」


 という教師の言葉が聞こえてきた。

 キャンプファイヤーのほうを見ると、もう火はほとんど消えかけている。

 そしてTさんは再び見知らぬ子の方へ視線を戻したが、どういうわけか男の子の姿は無くなっており、代わりに人一人分のスペースが空いているだけであった。

 ちなみにその向こうには、本来隣にいるはずだった同級生の姿がある。


 そして、その夜である。


 2段ベットの上段で寝ていたTさんは、不意に目を覚ましたのだという。

 部屋の中はまだ真っ暗で、起床時間にはまだ早い。

 変な時間に目が覚めてしまった、もう1回寝なきゃ……、そう思って目を瞑ろうとするTさんだったが、その時布団の中が妙に冷たいことに気が付いた。


 まるで氷枕が布団の中に入っているかのような冷たさである。

 その冷たさに我慢ができなくなったTさんは、若干苛立ちながら掛け布団を壁際の方に跳ねのけた。

 ……のだったが。


「ねえ、楽しいね!」


 布団を除けると、そこにはキャンプファイヤーで見かけた男の子の顔があった。


「楽しいね!」


 その後、Tさんの上げた悲鳴で同室の子供たちが皆目を覚まし、ちょうど見回りで近くに来ていた教師がやってくる事態にまでなってしまった。

 Tさんはついさっき起こった出来事を話したが、ほかの子供たちや教師からは怖い夢でも見たのだろうと相手にしてもらえなかったのだそうだ。


 その後、Tさんは気になったのでその合宿施設にまつわる話で何かないかとインターネットなどで調べてみた。

 するとどうやら、数年前に別の学校がその施設を夏合宿で利用した際に、行くはずだった小学生が直前になって交通事故で亡くなっており、時々その子の霊が現れる、といった事が起こると噂されていたのだという……。


◇◇◇


「……っていう話なんだが、どうだ? 怖かったか?」


 話し終えた父がニヤニヤとしながら訪ねて来たが、それを聞き終えたワタルは背筋に氷水をぶっかけられたかのような怖気が全身を駆け巡って、それどころではなかった。


「な……な、なんでそんな、夏合宿のこわい話なんてするの……?」

「なんでって、夏合宿で怪談会やるなら夏合宿の怪談話した方が臨場感あるほうが痛ってえーっ!」


 突然後頭部を手で押さえて、父が前のめりになって声を上げた。

 後ろから母に殴られたからである、しかもグーだ。


「なぁにが臨場感よ……。そんな話されたら、この子行く前から合宿が怖くなっちゃうじゃない!」

「でもさあ、やっぱ話すなら強烈な印象が残るような痛い! ごめんなさい!」


 2発目が入った、今度はチョキで。


 ワタルの母もどちらかといえばホラーは好きな方であるが、嫌がる人に無理やり見せたりはしない方で、怖がりなワタルに理解を示してくれる方だ。

 しかしそれも、話が語り終わってからではあとの祭りである。

 ワタルはその晩、見知らぬ子供が布団に入ってきやしないかと、なかなか眠ることができなかった……。




「809、809……あった」


 翌日、図書館の言語関係の本の棚の前にワタルの姿はあった。


 怪談会で話す題材は、悔しいが父が語ったキャンプファイヤーの物を使う事にした。

 となると、あとはそれをどう話すかという事になる。


 ワタルは基本的には人前で話すこと自体が不得意であり、おまけに生来の怖がりのせいで余計にまともに話せる気もしない。

 これではいくら話自体が怖くても、聞く人たちは怖がってくれないだろう。

 だからせめて、話し方くらいは事前に上手くなっておきたいと思い、スピーチ関連の本を探しているのである。


 とりあえず、目につくタイトルの本をいくつか手に取って内容を見て、わかりやすそうだったものを数冊選ぶと、ワタルはそれをカウンターに持っていって借りた。

 もちろん家に持って帰って、話す練習をするためである。


 ……だがその前に。


 ワタルは図書館を出ると、すぐ側にあるベンチに腰を掛けた。

 この季節、日中は蒸し暑くとてもじゃないが外で座っていられないが、今日の天気は曇りのためだいぶ過ごしやすい。

 ワタルは先ほど借りた本を広げると、あたりに気を配りながら読み始める。

 発声の仕方、話す内容の要点のまとめ方、話している最中の目線の配り方……と、本を読み進めていると、不意に声を掛けられた。


「へぇ……今日は珍しい本を読んでるわねェ……」


 いつの間にか、お姉さんが隣に座ってワタルの読んでいる本を覗き込んでいた。


「……やっぱり来たね、お姉さん」

「えーっ、もしかして私が来るの待っててくれたのォ……?」


 お姉さんはわざとらしく大げさに、びっくりしてるかのような仕草をして見せた。

 そのリアクションには一切反応せず、ワタルはお姉さんにおずおずと尋ねる。


「あの……実はちょっと相談したい事が……ありまして」

「相談?」


 こわい話に詳しそうなお姉さんなら、上手な話し方など知ってそうだとワタルは考えたのであった。




「か、怪談会ですって……!?」


 ワタルの話を聞いたお姉さんは目を輝かせた。


「そうです、怪談会。それで、人が怖がりそうな話し方とかあったら……」


 そう言って話を続けるワタルであったが、一方のお姉さんは体をぞくぞくと振るわせて、話を聞いてる状態には見えなかった。


「私も行きたい!!!」


 そう言いながら、お姉さんはグイッとワタルに顔を近づけながら叫んだ。


「……ダメですよ?」

「だっ、だって……キミが恐、違う頑張って怖い話をする姿が見れるだなんて……み、見たい!」

「わざわざ見せるようなもんでもないですよ」

「保護者枠とかで……」

「学校行事なんで、引率は先生たちで間に合ってます」

「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……!!!」


 くやしさで奇声をあげるお姉さんの姿を見て、ワタルは若干恐怖を覚える。

 だが普段と違ったその姿に、どこか可愛らしくも見えたのであった。


「そっ、それじゃあ練習! 今ここで練習しよう、ね?」


 苦し紛れにそんな提案をしてくるお姉さんであったが、それはワタルにとっても丁度いい申し出だった。


「ま、まあ聞いてもらえるならしますけども……」

「待ってねェ……今録音の準備するから」

「そこまでするもんじゃないと思うんですが……」


 そんなこんなで、ワタルはお姉さんの前で怪談会のリハーサルをすることになってしまった。

 深呼吸をしてから、昨日父から聞いたのを思い出しながらワタルは話始める。


 しかし話をしていると、話の中に出て来る子供の幽霊のイメージが、どんどん頭の中で鮮明になっていく。

 そのせいで、ワタルは余裕が無くなっていき、隣で話を聞いているお姉さんの顔も見られなくなる。

 終盤はもうまともに話ができない有様だった。

 話し終えたワタルは、自分の話ですでにもうだいぶ顔を青くしてしまっていた。


「……あ、あの……どっどうでしたか……?」


 ワタルはお姉さんに恐る恐る尋ねる。

 きっと反応に困った顔をしているんだろう、そう思うと隣に顔を向けるのが怖かった。


「……えがったァ」


 しかしワタルの予想に反して、お姉さんは目を瞑りながら天を仰ぎ、恍惚とした表情で放心している。

 気のせいか、目の端から涙が浮かんでいるようにも見えた。


「……お姉さん?」

「はぁ……家に帰ったら録音もっかい聞こう……」

「お姉さん?」

「いくら払えばいいんだろこれ……1万円で足りる……?」

「お姉さんってば!」


 ワタルの大きな声でハッ!?我に返ると、一瞬深呼吸をしてからお姉さんは「……何かしら?」といつもの調子で答えた。


「ですから……その、さっきの僕の怪談、どうでした?」

「ええ、良かったわよ? すっごい、すっごい良かった……」

「そ……そんなわけないじゃないですか」


 良い訳がない、そんなことはワタルが一番分かっていた。


「声の抑揚とか話すテンポとか、とにかくダメダメだったじゃないですか。そんなのが良かったわけないでしょ……?」

「ウソじゃないわよォ、もちろん練習したほうがいいに越したことはないけど、基本的にはそのままでいいと私は思うわよ?」

「で、でも……」


 そう言って引こうとしないワタルの唇に、お姉さんの人差し指が差し出された。


「……!?」

「ねえ……キミは怖い話をする時に大事なものって、なんだかわかる?」

「それは……やっぱり、何を話すかじゃないですか……?」


 少し考えてからワタルは答えるが、お姉さんは首を左右に振る。


「私はね……話す内容自体はそこまで重要じゃないと思うの。それよりも、ちゃんと自分がそれを怖いと思って話しているか、それが重要だと思うわァ……」

「話し方、って事ですか?」

「それよりも態度って言った方がいいのかな。逆に、全然怖くないって思いながら怪談話している人がいたら、キミはどう思う?」


 そう言われてワタルは想像をしてみる。

 ヘラヘラと軽薄そうな感じで怪談を語る人がいたら、確かにあまりコワく感じないかもしれない。

 そう考えると、同級生のえーちゃんや父も、どこか自分も怖がりながら話している雰囲気だった気がする。

 そのような事を告げると、お姉さんはそうでしょう?と言わんばかりの得意そうな顔をして、


「だからね、キミはキミのままで怖い話をするのが一番いいんだよ?」

「いい……んですかね……?」

「大丈夫、自信を持って!」


 お姉さんにそう言われて、なんとか自分でもやれるかもしれないと、なんだか安心感を覚えるワタルであった。

 あったのだが、仄かなやる気が満ち始めてきたワタルの横で、お姉さんの口角が吊り上がり始める。


「ところでェ……」

「えっ……なんですか?」


 振り向こうとしたワタルの耳元で、お姉さんが下品な笑みを浮かべながら囁いてきた。



「ねぇ、怖い話……聞きたくない?」



「……き、急になんですか。脈絡もなく」

「さっき言ったような、全く怖く無さそうに怪談を話す人が出て来る話があるのよォ」

「……話したいんですか?」

「話したいィー……!」


 さっきまでの姿はどこへやら、まるで駄々っ子のように怖い話をしたがるお姉さんを見て、呆れ果てるワタルなのであった。


 次回「怖い話をしまくる先輩」



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