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4-2「母娘の出る家」


 他人の家の中が気になった事って、キミ……あるかなァ?


 外を歩いている時、ふとしたきっかけで他所の家が気になってしまう。

 どんな人が住んでいるんだろう……どんな部屋なんだろう……そんなことを考えたくなる時が、私にはあるんだァ……。

 ただ、気になったからって実際に家の中に入ったりしたらダメよ?

 もちろんそれが、誰も住んでない家だったとしても……。


 この話は、今は県内で主婦をしているDさんから聞いた話なんだけれどね……。


 昔、Dさんがまだ小学生だった頃。

 その日、彼女は近所の空き地で友達とサッカーをしていたんだけれど、一人が大きくボールをけり上げてしまって、それが裏手にある敷地に飛んで行ってしまったの。


 そこにあるのは、今は誰も住んでいないボロボロの小さな空き家だったわァ……。

 庭は背の高い雑草が生い茂っていて、屋根は苔だらけ。

 ちらりと見える窓には、今にも落ちそうなボロボロのカーテンがかけてあって、まるで人の姿みたいだったそうよ……。


 そんなだから、近所の子供たちからは幽霊屋敷と言われて怖がられていたの。


「ち、ちょっと……アンタ、ボール取ってきなさいよ」


 Dさんはボールをけり上げてしまった友達にそう言ったのだけれど、


「お、俺知ーらねっ!」

「あっ……僕も!」


 当の本人や他の友達は、みんなボールを取りに行きたくなくって、空き地から逃げ出してしまったの。

 一人取り残されてしまったDさんは、仕方なくボールを探しに空き家の敷地内に入っていったわ……。


 ……ガサッ、ガサガサッ。


 大きな音を立てながら雑草の海をかき分けて、Dさんはボールが飛んで行った辺りを探したわ。

 幸い、すぐに目当てのものが見つかったのだけれど……。


「……ん?」


 その時、何やらDさんの鼻を、何かの匂いがくすぐったわ。

 それはまるで夕暮れの住宅街を歩いている時に、他所の家から漂ってくる……醤油を煮立てている匂いやご飯を炊いている匂い……そう、夕飯の支度をしている匂いだったの。

 そして、それはどうやら件の空き家から漂ってくるようだったわ。


 その時なぜかDさんは、逃げるどころか家に近づいて行ったの。

 どこか中の様子を覗ける所は無いか、そんな風に家の周りを探していると……。



 ……キィ……キィ……。



 ……勝手口と思われるドアが、小さく音を立てながら揺れてるのが見えたわ。


「開いてるじゃん……」


 そうつぶやくと、なぜかDさんは吸い寄せられるように、そのドアから空き家の中へ入っていってしまったの。


 ドアを抜けると、そこは台所だったわ。

 食器棚も調味料を入れた容器も、何もかもが片付けられたその寂しげな光景は、Dさんの目には異様に映ったわ。

 でも、肝心の料理の匂いがするようなものは台所には無い。

 一体どこから匂ってくるのか……Dさんは他の部屋を探索し始めたの。



 ぎぃーっ……ぎぃーっ……。



 まるで悲鳴を上げるかのように音を立てる古い床の上を進みながら、彼女はお風呂場、廊下、茶の間と次々と見ていったわ。

 でも、肝心の料理は一向に見当たらない……。

 そうしてついに、彼女は最後の一部屋の前にやってきたの。


 部屋に通じるふすまからは、外で嗅いだ料理の匂いが再びDさんの鼻をくすぐったわ。

 間違いない、ここから匂いがする。

 そう思って彼女はふすまの引手に手をかけて……止めたの。


 なんで、料理の匂いがしたからって、自分はこんな家の中に入り込んでしまったのか。

 不可解な行動をしていたことに、その時になって初めて気づいたDさんは、急に足元からせり上がってくるかのような恐怖を感じたわ。


 もう匂いの正体なんて確かめなくていい、そうして彼女は来た道を引き返そうとした……。

 ……その時。



 ──すまないねえ、いつもこんな事してもらって……。

 ──お母さん、そんなこと言わないで……。



 ふすまの向こうから、二人の女性の声が聞こえて来たの。



 ──ああ……お前の作る煮物は、いっつも美味しいねえ……。

 ──もう、普通に作っただけじゃない……。



 ここはずっと空き家だって、みんなが言っていたのに。



 ──アタシのせいで、お前にいい人が出来ないと思うとねえ……。

 ──全然そんな事ないわ、お母さん……。



 庭の雑草も伸び放題だったし、家の中も埃まみれだったのに。



 ──お母さん、私は幸せよ……。

 ──そう言ってくれるだけで、アタシもうれしいよ……。



 なら、このふすまの向こうに居るのは一体……。

 Dさんがそれを確かめようと、引手に再び手を掛けた。

 ……その時。




「誰だ!」




 ふすまの向こうから、野太い男性の大きな声が飛び込んで来たの。


 突然の事にDさんは悲鳴を上げながらその家から逃げ出したわ。

 その後、泣きながら帰って来た彼女を、お母さんが心配そうに迎えてくれたの。

 でも、勝手に空き家に入った事を言ったら怒られそうで、Dさんはその事をお母さんや他の人に言う事が出来なかったわ……。


 こうして、Dさんには一生拭い去れないトラウマが刻み込まれたのねェ……。




「……っていう事が子供の頃ありまして」


 それから十数年が経ってDさんが大学生になったころ、飲み会の席でついこのことを話してしまったの。

 Dさんとしては、話を聞いてくれるだけでも良かったんだけれど、やっぱりそこは暇な大学生たちの事。


「Dちゃんちの実家の近くってそんなにヤベエ家あるの!?」

「やっべえじゃん、行くぅ?」

「行っちゃお行っちゃお~う!」


 そうして、あっという間に参加者を募ってその家に肝試しに行く事になってしまったわ。

 そして、Dさんも当事者としてそれに参加せざるを得なくなってしまったの。


 Dさんたちが件の家に到着したころは深夜になっていたわ。

 そのため、周囲の住宅はすっかり明かりを消してしまっていたし、街灯も近くに無い。

 だから、空き家はすっかりと暗闇に埋もれてしまっていて、昔のイメージよりも大分不気味に感じられたそうよ……。


「……よ、よし……じゃあ行くぞ」


 Dさんを含む全員は、懐中電灯を手に持って恐る恐る敷地内に入っていったわ……。

 伸び放題の雑草をかき分けて行って、かつてDさんが入ったという勝手口を目指す一同。

 でも、勝手口まで来たはいいものの、肝心の戸はしっかりと鍵がかかっていて開く様子を見せなかったわ。

 仕方なく他に入れそうなところを探そうと、一人が窓に向かって明かりを向けると……。


「うわああっ!」


 たまたま照らし出されたボロボロのカーテンが、まるで人が立っているように見えて悲鳴が上がったわ。

 そして、連鎖するように他の人たちもパニックを起こして、みんな一斉に敷地の前に停めてある車に向かって逃げ出してしまったの。


「あっ、ちょっと待って……」


 そう言ってワンテンポ遅れてDさんが後を追いかけようとすると……。

 ふわりと彼女の鼻を、あの時嗅いだあの夕飯の匂いが覆ったの。


 Dさんは突然の事に驚いて立ち止まってしまったけれど、それがいけなかったのね。

 他のみんなはDさんがまだ車に乗っていない事も確認しないまま発車してしまい、彼女が家の前まで戻った頃には、車はもういなくなっていたの……。

 

 当時と同じく、空き家の前で取り残されてしまったDさん。

 これからどうすればいいのかと、その場で立ち尽くしていると……。



 ……キィ……キィ……。



 家の方から、ドアの蝶番が鳴る音が聞こえて来たの。


「……開いてるの?」


 おそらく、家の中に入れば昔と同じように、恐ろしい目に遭うのは分かっていた。

 ……でもね、Dさんは家の中に入る事にしたの。


 勝手口を開けると、懐中電灯の明かりだけを頼りに家の中を進んでいく。

 そうして、例のふすまの前までやってくると、やっぱり向こうの方から、女性二人の会話と、夕飯のおいしそうな匂いがしてきたの。



 ──すまないねえ、いつもこんな事してもらって……。

 ──お母さん、そんなこと言わないで……。



 ……以前はここで逃げ帰ってしまったせいで、Dさんは中の様子をうかがい知る事が出来なかった。



 ──ああ……お前の作る煮物は、いっつも美味しいねえ……。

 ──もう、普通に作っただけじゃない……。



 ふすまの向こうには何があったのか……そんな気持ちがDさんの胸にずっと引っかかっていたの。



 ──アタシのせいで、お前にいい人が出来ないと思うとねえ……。

 ──全然そんな事ないわ、お母さん……。



 今なら、このふすまを開ければ何がいるのかが分かる。



 ──お母さん、私は幸せよ……。

 ──そう言ってくれるだけで、アタシもうれしいよ……。



 ……でも、もしこの向こうに、とても怖いものが待っていたとしたら。


「……そんな事知るもんか!」


 Dさんは大声で叫んで恐怖を誤魔化しながら、ふすまの引手に手を掛けバタンと開けると、目の前に懐中電灯の光を放ったの。


「……なに、これ」



 彼女の目に飛び込んで来たもの……それは2つの遺影だったわ。



 1つは部屋の中央の、まるで人が寝ているかのように盛り上がった布団の枕辺りに。

 もう1つは布団の側に服を着させられたマネキンが座っていて、その顔の部分に張り付けられていたの。

 布団の方の遺影は年老いた女性に、マネキンの顔の遺影は若い女性に見えたわ。

 そして、どういうわけか二つの遺影からは、ふすまの前で聞いた女性の声がそれぞれから聞こえて来たの……。


「すまないねえ、いつもこんな事してもらって……」

「お母さん、そんなこと言わないで……」


 あまりにも異常な光景を前にDさんが硬直していると……。

 目の前の暗がりから、何か大柄の影がのそっと立ち上がったかと思うと、大声で怒鳴って来たわ。



「誰だっ!」



 それは、昔ふすまの前で聞いた野太い男の声と同じだったそうよ……。


 突然のことに、Dさんは悲鳴を上げてその場を逃げ出したわ。

 ぎぃぎぃ鳴る床なんか気にせず、とにかく来た道を必死に逆走する。

 そしてやっと勝手口の前までやって来たところで……何かに足を取られて、Dさんは勢いよく倒れ込んでしまったわ。


 とにかく早く外に出なきゃ……そう思って立ち上がろうとしたのだけれど、足に妙な感触を覚えたの。

 まるで、誰かに握られているような……。

 恐る恐る、Dさんは手に持った懐中電灯を足元に向かって照らす。

 すると……



「たす……て……おい……ないで……」



 さっき遺影で見た若い女性が、途切れ途切れに何かを呟きながら、Dさんの片足を掴んでいたわ……。




 その後、どうにか外に出ることが出来たDさんは、近くにある実家に逃げ込んだの。

 起きて来たDさんのお母さんは大層驚いた様子だったけれど、心配そうに彼女を迎えてくれたそうよ。

 それがなんだか申し訳なくって、Dさんは昔あった事も含めてお母さんに全部話すことにしたの。

 彼女の話を神妙な顔をして聞いていたDさんのお母さんだったけれど、聞き終えるとDさんにこんな事を尋ねて来たわ。


「その空き家って……もしかして大きな空き地の裏手にある狭い平屋のこと?」

「う、うん……そうだけど」

「……幸子ちゃんの家だあ」


 そうして、次のような事を話してくれたわ。


 Dさんのお母さんがまだ小学生だった頃、クラスメイトに竹中幸子ちゃんっていう女の子がいたんだって。

 幸子ちゃんはお母さんと二人暮らしで、貧しい暮らしをしていたわ。

 だから、いつも同じボロボロの服を着ていたり、ランドセルも買ってもらえなくて古いカバンで学校に通ってたり……。

 それでか、なんだかいつも暗い顔をしていて、あまり友達もいなかったそうよ。


「それを見かねた当時の先生がねえ、家が近いって理由で私と、あともう一人黒田君っていう男の子を呼び出して、幸子ちゃんの友達になってあげてって言ったの」


 それからDさんのお母さんたちは、時々幸子ちゃんと遊んだりしてあげるようになったのね。

 そのお陰か、最初は暗い表情の多かった幸子ちゃんも、卒業するころには少しは明るい表情が出来るようになったんだって。


「でも中学校はお互い別々の所になってしまって……それがきっかけで、幸子ちゃんとは疎遠になってしまったの」


 それからDさんのお母さんが高校生になってしばらくした頃、噂で幸子ちゃんのお母さんが倒れて働けなくなって、それで幸子ちゃんは進学せずに町のスナックで働き始めたらしいという事を聞いたそうよ。


「でも、あの頃はわざわざ会いに行こうとは思わなかったわね……」


 さらにそれから数年がたったある日、幸子ちゃんが自殺したという話がDさんのお母さんの所に飛び込んで来たの。

 なんでも、スナックで知り合った客と結婚の約束までした矢先に、お母さんの病気の治療のために必死で貯めたお金を全部持ち逃げされてしまったとか……。

 そして続けざまにお母さんも病気が悪化して亡くなってしまい、世を儚んだ幸子ちゃんは後を追うように……ということだったらしいわ。


「勝手な物言いかもしれないけれど、もし私が面倒がらずに中学以降も付き合いを続けてたら、何か変わったのかもしれないって、たまに思う時があるわ……」


 そこまで言ってから、アッと短い声を上げてからDさんのお母さんはこう続けたの。


「もしかしたらあなたがあの家に入ってしまったのも、私の娘だったから……なんてこともあるのかもしれないわねえ……」

「それってどういう……?」


 Dさんの問いかけに、お母さんは悲しそうな顔をしながら、こう言ったそうよ。


「……あの家から、連れ出してほしいのかもしれないわね……」


 後日、Dさんのお母さんはせめてもの罪滅ぼしのつもりで、つてを頼ってあの家のお祓いをしてもらったの。

 そのお陰かは分からないけど、それ以来あの家にまつわる怖い話は、聞かなくなったそうよ。

 ただ……お祓いした際に、家の中に遺影が顔に張り付いた人形なんてものは見つからなかったらしいわ。


 この話を聞いた時、私は最後にDさんにこう尋ねたの、あの家に行った事を後悔しているかって……。

 彼女、顔を伏せながらこう言ったわ。


 ──あの家の中で聞いた、まるで体育教師が怒ったような野太い怒声が未だに忘れられないんです。

 ──それと、最後に足首をつかんで来た……おそらく幸子さんの悲しそうな顔も。


 そう言った彼女の顔は、ひどく後悔しているように、私には見えたわ……。



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