4-3「猫の好奇心」
「……っていう話だったんだけど、どうだったかし──」
そうお姉さんが言い終わる前に、目に涙を浮かべたワタルの弱々しいパンチがお姉さんの肩に当たった。
「……だからぁ、大声出してびっくりさせてくるの……やめてって言ったじゃないですかあ……!」
「あ、あら……そうだったかしらァ……? オホホホホホ」
「わざとでしょ? ねえ、わざとでしょう!?」
恍惚とした表情で誤魔化そうとするお姉さんの肩を持って、ワタルは全力で揺さぶった……。
「で……ど、どうだったかしらァ……?」
「そ、そうですね……」
全力で揺さぶり揺さぶられたせいで、お互い息も絶え絶えの様子である。
息を整えてから、ワタルは先ほどのお姉さんの話を思い出しながら答えた。
「なんていうか……Dさんが可哀そうだなって」
ワタルは眉をひそめながら続ける。
「2回目に空き家に行ったのは自分の意思だったとしても、1回目はその……幽霊に導かれて入ってしまったわけでしょう?」
「まあ……そうねェ……」
「いくらなんでも、友達の娘だからって自分の家に呼んで怖い目に合わせるだなんて酷過ぎますよ」
そう言いながら、話に出て来た幽霊への憤りがどんどん強くなっていくのをワタルは感じた。
そんな風にヒートアップしていくワタルをまあまあとなだめながら、お姉さんは彼に問いかける。
「でも、どうして幽霊……いえ幸子さんとするけれど……彼女はDさんを家に誘ったのかしら?」
「それは……」
ワタルは考え込む。
確かに幸子さん……と思われる霊がした事といえば、子供を家に誘い込んで母親の霊との会話を聞かせた後に怒鳴っただけだ。
結果としてトラウマを植え付けられはしたが、呪ったり直接危害を加えたりとかはしてこなかった。
「……あれ、じゃあなんで幽霊はそんな事したんですか?」
「ふふっ……なぁんでだ……?」
意地悪そうな表情をしながら、お姉さんは質問を質問で返した。
こっちが聞いたのに……と若干の不満を覚えつつ、ワタルは話を頭の中で整理する。
かつて貧しい暮らしをしていた母娘がいて……。
不幸な出来事が連続した結果、自殺してしまって……。
かつての友人の娘がたまたま近くにいたから誘い込んで……。
足首をつかんで……。
……その時、ワタルは幽霊が最後に言った途切れ途切れの言葉の意味に気づいた。
「あぁ……『たすけて、おいていかないで』って事ですか……」
「ふぅん……それで?」
「まあだから、言葉通りに受け取れば幽霊はDさんに助けて欲しかった……って感じですかね?」
なんだか満足気な表情をしているお姉さんを尻目に、ワタルは続けた。
「でも助けてって何からです……? もう死んでるのに……うーん」
一体何から助けて欲しかったのか、それが分からずにワタルは頭を抱えて考え込んでしまう。
それを見かねてか、答えが出ずに悩むワタルに対してお姉さんが声を掛けた。
「ねえ、幸子さんって幸せだったのかしらァ……?」
「えっ……まあ悲しい結末だったとはいえ、お母さんには幸せって言ってるみたいですし……」
──お母さん、私は幸せよ……。
確かに話の中で、幽霊はこう言っていたのをワタルは覚えている。
大好きな母親と、貧しく慎ましい生活の中でも幸せは感じながら生きて……。
「……そうじゃなかった……んですか?」
ワタルの困惑した表情を一瞥したあと、お姉さんは目を伏せながら、自分の考えを述べ始めた。
「母への愛情はもちろんあったとは思うわ。でも、高校へ進学することも出来ず、若くして生活のための労働と母の看病で時間を費やされる……果たしてそれが幸せだったのか、私は疑問に思ってしまうの」
「まあ……そうかもしれませんが」
「それに死んだ後もずーっとあの空き家で母親の世話を続けている……まるでそれに縛られているようだわ」
だからね──そう言って、お姉さんはワタルに憂いを帯びた表情を向けて続ける。
「もしかしたらだけど、あの家から解放してもらいたかったんじゃないかなあ……って、私は思うの」
なるほど、そういう事なら話のつじつまは合う。
ワタルはそう思った……一部のノイズから目を背ければ、であったが。
「……となると、遺影が張り付いたマネキンだとか、怒鳴りつけて来た男とかがなんなのか説明付かないんですが、アレはなんなんですか?」
そう聞かれ、お姉さんはスッと目を逸らす。
「……お姉さん、まさかまた『……さあ?』なんて言いませんよね?」
「……しい?」
「お姉さぁん!」
ワタルはお姉さんの肩を掴むと大きく揺さぶった。
「……でも、不思議ですよね」
「ん? 何がかしら?」
「なんでDさんはまたあの家に入ってしまったのか、ですよ」
ワタルはこの話を聞き終えてから浮かんでいた疑問をお姉さんに聞いてみた。
「幽霊がいる事は分かってたわけじゃないですか。それなのに入って、結果としてまた怖い目に遭ってるだなんて……」
ワタルは怖いものは苦手だが嫌いではない。
しかしそれとは別として、お化け屋敷や心霊スポットなどにわざわざ行って怖い目に遭う人の気持ちが理解出来ないと常々思っていた。
「Dさんだけじゃない、えーちゃんやお姉さんも、どうして怖い思いするかもしれないのに幽霊屋敷なんかに入ろうとかしちゃうんですかね」
「ちょ、私は入ってないからねェ?」
笑って否定しながら、「もちろん理由は人それぞれ」と付け加えた上で、お姉さんはワタルの疑問について答える。
「……ところでキミは、鶴の恩返しって民話知ってる?」
「知ってますよそれくらい、昔話の中でも有名なのじゃないですか」
助けた鶴が人間に化けて恩返しにくる、という有名な話である。
「話が早いわね、なら終盤の展開も知っているでしょう?」
「えーと……娘に化けた鶴が機織りをしている所をお爺さん……お爺さんでしたっけ? それが覗いて秘密がバレて……」
「そして鶴はその人間の元を去っていった……っていう、動物報恩譚の有名な一作ね」
「……まさか、鶴が機織りしている所を覗くのと幽霊屋敷に入るのが、同じって言いたいんですか?」
「鶴の恩返し以外にも似たような話は世界各国に色々あるわァ……」
そしてお姉さんは、ワタルに世界中の「覗いては行けない、開けてはいけない」に纏わる民話や神話の話をした。
同じ民話の浦島太郎の玉手箱や舌切り雀の大きなつづら。
日本神話では黄泉の国にやってきたイザナギがイザナミのいる間の扉を開けてしまう話。
さらに海外では塩の柱になってしまったロトの妻、エピメテウスが開けてしまったパンドラの箱など……。
「……つまりね、古今東西、人間という生き物は昔から気になったものは確かめずにはいられない性分なのよ」
「そうかもしれませんが……」
「人はだれしも、好奇心に殺される猫、なのよ」
何かいい事を言っているような雰囲気を出しているお姉さんに、ワタルは不服そうな目線を送る事しか出来なかった。
一方で、自分の言葉に対して得意げになっているお姉さんは、言葉にどんどん熱を加えながら話を続けた。
「だからね、幽霊がいるかもしれないなんて聞いたら、人は誰しもね、好奇心を抑えることは出来ないってわけなのよ!」
「なるほどですね……ところでお姉さん」
「……ん? 何かしら」
「風見鶏のある空き家には結局幽霊っていたんですか?」
「いやもう、それがぜーんぜん! 前に来た人たちがしてった落書きだらけで、せっかくの雰囲気が台無しで、それでも1時間くらい粘ってみたけど幽霊なんてぜーんぜん……あっ」
そこで、お姉さんはワタルに失言を引き出されたことに気が付く。
「やっぱり入ったんですね?」
「あー……その、これはね?」
「人には入っちゃダメとか言っておきながら……」
「その……ね、お、おほほほほほ」
「お姉ぇさぁん!」
「おほほほほっほほほほげふっげふっ」
ワタルはお姉さんの肩を掴んで、思いっきり前後に揺らした。
翌日の早朝、神社でのラジオ体操が終わると、えーちゃんがワタルに声を掛けて来た。
「なあなあワッちん、今日もあの家覗きに行ってみない? もしかしたら何か出て来るかも……」
「えーちゃんさあ……」
ワタルは呆れた顔をしながら、えーちゃんの肩にポンと手を置いた。
「そんな危ない事ばっかしてると、好奇心に殺されちゃうよ?」
お姉さんに教えてもらったばかりのことわざを捩ってえーちゃんの行動を咎めたワタルであったが……。
「あ? 俺は猫じゃねえよー」
それを知っていたのか、えーちゃんも同じことわざを捩って言い返した。
雀のさえずりと共に、上がったばかりの太陽が町をカッと照らし始めていた……。
(第4話、了)




