11-3「帰ってきた友人」
……ねえ、キミ。
キミは……離れ離れになってもまた会いたいって思える人はいるのかしら。
自分の両親とか親友とか……そんな事を思えるような人がいるのって、幸せなのかもしれないわねェ……。
でも、時にはその想いが呪いになる事があるのかも……。
この話をしてくれたのは、Kさんっていう会社員の方からよ。
話はまず、Kさんが高校時代の頃まで遡るわ。
その頃のKさんって、周りからちょっと浮いた存在だったの。
というのも早くにご両親が亡くなっていて、他に頼れる親戚もいない……いわゆる天涯孤独っていう状況だったの。
残された家やお金のお陰で生活が不自由になる事は無かったそうだけど、つまり早くから自分一人で暮らしていかなければならなかったのね。
ただそういう暮らしをしていると、人生観というかものの考え方が同級生たちより一足先に大人びてしまって、そのせいで周りには馴染めずにいたの。
そんなある日、Kさんは進級でクラス替えになった時にWさんというクラスメイトに出会ったの。
なんとなく自分と似ている雰囲気を彼から感じたKさんは、不思議と自分からWさんに話しかけたりするようになったわ。
そうして一緒に遊ぶようになったりして、結構お互いにウマが合う事が分かって、気が付いたらいっつも一緒にいるような間柄になったそうよ。
親友、といってもいいかもしれないわねェ……。
高校卒業後も、二人して県内にある同じ大学の同じ学部に進学したそうよ。
レポートが上手く書けないとか近くの飯屋が不味いとか、くだらない事で毎日二人して騒いだりしたそうだけど、どうしてこんなに気が合うのかKさんはたまに不思議に思う時があったんだって……。
そんなある日の深夜、Kさんの携帯電話にWさんから着信が入ったわ。
「もしもし……どうしたぁ、こんな時間に……」
寝ぼけまなこで出るKさんだったけれど、電話の向こうからは何にも聞こえてこない。
どうしたのかと待っていると、しばらくしてからWさんの弱々しい声が聞こえて来たわ。
「……爺ちゃんが、死んだぁ」
Wさんって、実はKさんと同じく両親を早くに亡くしていて、唯一の肉親だったお爺さんと一緒に暮らしていたんだって。
ただ、そのお爺さんも結構なお歳で殆ど寝たきりの生活だったから、身の回りの世話とか全部Wさんが一人でやっていたそうなの。
それを聞いて、Kさんは彼が自分とどこか似ている理由が何となくわかったそうよ。
その後、Kさんの手伝いもあって手続きから葬式まで一通り済ませたのだけれど、Wさんはまだ心が沈んだ様子だったわ。
唯一の肉親を失った直後だからしょうがないのだけれど、Kさんはなんだか放っておけないと感じたそうよ。
そこで、彼はWさんにこんな提案をしたの。
「なあ、もし良かったら俺ん家で暮らさないか?」
Kさんは一軒家で一人暮らしという事もあって、いくつか部屋を持て余していたんだって。
それにWさんがお爺さんと住んで居た所も、今にも崩れそうな安アパートだったっていうのも大きかったわ。
Wさんも、この提案は有難かったらしく、とにかく二人で一緒に生活する事が決まったそうよ。
ただそこから二人の間には、だんだんとズレが生じていったわ……。
Kさんと一緒に暮らし始めて一時は平静を取り戻したかのように見えたWさんだったけれど、お爺さんを失った悲しみは相当大きかったようで、しばらくするとまたふさぎがちになっていったそうよ。
講義にもあまり出席しなくなってしまって、結果的に大学を辞めてしまったの。
そんなWさんを心配するKさんだったけれど、彼も就職活動で忙しくなってしまい、あまりWさんとは話をしたりする時間が取れなくなって行ったわ。
そして大学卒業後にとある会社で働き始めたのだけれど、そこが思ってた以上にやりがいのある職場だったそうよ。
挑戦し甲斐のある案件、厳しくも優しい上司、親しみやすい同僚……と、Kさんにとって居心地のいい所だったんだって。
一方でWさんもどうにか仕事を見つけて来たのだけれど、そこは中々きつそうな職場だったそうよ。
建物とかの解体のお仕事だったらしいんだけれど、朝は早く仕事に出かけて夜は日付が変わるギリギリになるまで帰ってこない。
仕事内容は詳しくは聞けなかったけれど、Kさんから見てもWさんはどんどんと荒んだ様子を見せるようになっていったんだって。
とにかく、この頃にはKさんとWさんは同じ家に住んで居ながら、もう完全に別の世界の人間となってしまっていたのね。
そんなある日、Wさんが仕事で長期間家を空ける事になったわ。
なんでもどこかの田舎にある大きなお屋敷の解体に行くそうだったけど、家を出る直前のWさんはなんだかとても顔色が悪く見えたそうよ。
「なあ、体調が悪いようだったらしばらく休んだ方がいいんじゃ……」
心配して声を掛けるKさんだったけれど、Wさんは辛そうな表情を見せながらも首を横に振ったんだって。
「Kの会社と違って、うちはこれくらいじゃ休めないからさ……」
「そ、そっか……」
そう言ってふらふらと仕事へ出かけるWさんを、Kさんはただ見送る事しか出来なかったわ。
……警察からWさんが亡くなったという知らせが来たのは、それからしばらく経ってからだったそうよ。
Kさんは慌てて連絡があった警察署に出向いたそうだけど、何故かWさんの遺体は既に火葬されたあとで、遺灰すら渡してもらえなかったんだって。
事情を聞いても、どうやら解体現場の事故でWさん含む業者の全員が死亡したという事しか教えてくれなかったそうよ。
こういった対応をされたKさんはもちろん不満に思ったのだけれど、それ以上になにか不気味な雰囲気を覚えてしまって、これ以上追及する事は出来なかったの……。
そうして、再びKさんは一人きりの生活に戻ってしまったわ。
仕事はもちろん充実していたし、ここ最近はあまり会話らしい会話も出来ていなかったけれど、やっぱりいきなりWさんがいなくなってしまった喪失感は辛いものがあったんだって。
そんな感じの生活を送っていたKさんだったけれど、しばらく経った頃……。
ビューッ、ビューッ……。
こんな感じで、台風のせいで強い風が吹き荒れている夜の事だったわ。
寝ようと布団に入ろうとしたKさんは、縁側にある物干し場にまだ洗濯物が干したままだった事を思い出したの。
翌日まで放っておいても良かったんだけれど、干しっぱなしにするのもなんだか嫌だったから、眠い目を擦りながら取り込みに行ったそうよ。
そうして懐中電灯の明かりを付けながら丁寧にシャツやパンツを取り込んでいったKさんだったけれど、その時不意に窓の外に気配を感じたんだって。
何気なく外に懐中電灯の光を向けてみたのだけれど、そこでKさんは思わず声を上げるくらいびっくりしてしまったそうよ。
それは、明かりを向けた窓のすぐ側に見知った顔が立っていたからなの。
それは、友人のWさんだったわ。
「Kぇー、俺だよ……やっと帰ってこれたよ……」
「W……お前、無事だったのかよ!」
Kさんはつい大きな声を出してしまったわ。
なんだ、警察は何か勘違いをしていたんじゃないか、そういえば死体もろくに見せてもらってなかったし、Wは生きていたんだな……ってKさんは思ったの。
ただその直後、彼は目の前にいる友人の様子がおかしい事に気づいてしまったわ。
というのも、窓の外に立っているWさんは体中ぼろぼろといった感じで、よく見ると肌の色もなんだか血の気が通っていないように見えたそうよ。
彼の見た目も全体的にぼやけていてはっきりしないし、なんだか様子がおかしい。
(こいつ……本当にWか?)
そんな考えがKさんの脳裏をよぎった瞬間、窓の外のWさんは急に明かりの中からふっ……と消えてしまったの。
どこに行ったんだ……って思ったと同時に、Kさんはこの家の玄関の事を何故か思い出したの。
嫌な予感を覚えたKさんが急いで玄関まで走っていくと、戸の曇りガラスの向こうにWさんらしいシルエットがぼんやりと浮かんでいたわ。
それを見た途端にKさんの背筋に、まるで氷水を掛けられたかのような激しい悪寒が走ったわ。
──コイツは家に入ろうとしている!
それがとても恐ろしい事に思えたKさんはとっさに玄関の戸を手で押さえて入れないようにしたわ。
外にいるWさんと思しき何かは何度か戸を開けようとしたのだけれど、Kさんが必死に押さえているので開けられない。
そうして業を煮やしたそれは激しく戸を叩き始めたわ。
ガンガンガン!! ガンガンガンガン!!
まるで地震で揺れているかのように、叩かれている戸は凄まじい音を立てて揺れたわ。
それでもKさんは恐怖で泣きそうになりながらも、必死に戸を押さえ続けたんだって。
「なあ、Kぇー……! 開けてくれよぉ……! どうして入れてくれないんだよぉー……!」
外のWさんはそんな事を叫びながら、なおも戸を叩き続ける。
その声が、まるで心臓を撫でまわすかのように恐ろしく感じたKさんは、頑張って戸を抑えながら返事をしたわ。
「お前、お前本当にWなのかよ……!」
「そうだよぉ…お前の友達のWだよぉ……! 頼むから開けてくれよぉ……!」
確かに声も話し方もKさんの知っているWさんの物に違いは無かったの。
それじゃあなんでこんなに恐ろしく感じるのか考えた結果、やっぱり戸の向こうにいる友人は死んでいるんだと思ったそうよ。
あまりに耐えられなくなったKさんは、ついその事を言ってしまったわ。
「ダメだよ……だって、お前もう死んでるじゃないか!」
そう言われたWさんはすぐに答えたわ。
「そんな事もう知ってるよぉ!!!」
そんな事を言われたKさんは、恐怖が限界を超えてしまったせいでその場で気を失ってしまったんだって……。
その後しばらくしてから、Kさんは引っ越しをしたそうよ。
どうしてか聞くと、彼はこう言ったの。
──あの日以来……毎晩毎晩、Wさんが玄関の戸を叩くんだって。
……話はそれで終わったんだけれど、私はちょっと気になったからKさんに尋ねてみたの。
いくら幽霊だからって親友なんだし、一度くらい家に上げたくなったりしなかったんですか……って。
するとKさんは、
「いくらもう一度会いたいと思った友達でもね……幽霊になって来られたら、それまでの好意は全て消え去ってしまったね」
それくらい、完全に別の世界の存在になってしまったんだね……って、Kさんとても悲しそうな目をして言っていたわ……。
◇◇◇
「っていう話だったんだけど、どうだった……?」
お姉さんは話し終えると、いつものようにワタルに感想を尋ねて来た。
そして、いつの間にか玄関の戸を叩く音はしなくなっていて、外には誰も立っていないようにワタルは見えた。
恐る恐る玄関を開けると、家々の隙間から顔を覗かせている西日が二人の顔を照らす。
「お、お姉さん……これって?」
ワタルは振り向いてお姉さんに尋ねるが、彼女は変わらず不敵な笑みを浮かべながらワタルをじっと見つめていた。
(11-4に続く)




