11-2「赤い風見鶏の家」
「……このまま会えなくなるなんて、嫌だ!」
ワタルは顔を上げてキッと虚空を睨みつけながら呟いた。
お姉さんへの気持ちを自覚したお陰か、自分が何をしたいのかがはっきりしたのである。
それは、お姉さんに会いたいという単純な物だった。
「でも、どうすれば……」
途端にワタルは自信が無くなった。
お姉さんの事を何も知らないせいで、彼女に会うためにどうすればいいのかさっぱり思いつかなかったのだ。
知っている事と言えば、大学生だという事くらい。
「外で待ち伏せして……いやダメだ」
ベンチに一人座って独り言を呟きながら、ワタルはアレコレとお姉さんに会うための方法を考える。
例えば大学の校門前で張り込みをしていれば、いずれそこから出て来るお姉さんに会えるかもしれない。
しかしこの県内には大学はいくつもあり、仮に1つに絞り込めたとしても1日中張り込んでいる事は小学生には難しい。
そもそも、まるでストーカーみたいで良くない事のようにワタルは思えた。
「……うーん、ダメださっぱり思いつかない」
全くいいアイデアが思い浮かばない内に、空はだんだんと紫色を帯び始めて来ていた。
夜が近い……。
夜道を一人で帰りたくないワタルは、仕方なく家へ帰るのだった。
「おかえりー、どうしたのよ急に飛び出していって……」
「ただいま……いや、ちょっとね」
帰宅して母に声を掛けられるワタルだったが、その直後風呂場の脱衣所から頭をタオルで拭きながら出て来る父を目にした。
「あれ、お父さんもう帰ってたんだ」
「今日は珍しく残業が無かったからなあ~」
そう言いながら、父は冷蔵庫から缶ビールを一本取り出すとその場でゴクゴクと呑み始めた。
「っくぁー……! たまらねえな、風呂上がりのビールっつーのは!」
「ちょっとお父さん、立ったまま呑むのやめてって言ってるじゃない」
「あ、ああ……ごめんよ母さん」
父は母に謝りながらテーブルに着いて続きを呑み始める。
その光景を見ながら、ワタルはお姉さんがお酒の怖い話をしてくれた時の事を思い出していた。
アレはとても怖かった……と、あの時の事を振り返っていると途端にある考えが浮かんだ。
(そうだ、お姉さんについて知っている事がまだあった……!)
その後ワタルは風呂と夕飯を済ませてから、リビングに置いてある家族共有のパソコンの前に座った。
「さて……と」
ワタルはブラウザに検索エンジンを表示させると、そこの入力バーに次々と思いつく限りの単語を書いては検索を掛け始める。
【Aくん お寺】
【海辺 狐火】
【先輩 怖い話 吊り橋効果】
etc……。
それはどれも、お姉さんがワタルにしてくれた怖い話に出て来るキーワードだった。
もし手掛かりがあるとしたら、もうそれしかないと思ったのである。
もちろん、それで何かが出て来るとは限らない。
しかしもう、これしかお姉さんに繋がりそうなものは無かったのだ。
ワタルは藁にもすがる思いで覚えている限りのキーワードを打ち込んでいった。
そうしてしばらくすると、とあるホームページの名前がワタルの目に留まった。
【こわい話置き場】
これだろうか……と、ワタルは恐る恐る表示されているリンクをクリックする。
すると画面いっぱいに黒い背景が広がり、その上に白文字のテキストがずらりと表示される。
そこには……。
【寺生まれのAくん】
【海辺の狐火】
【怖い話をしまくる先輩】
・
・
・
……と、今までお姉さんがワタルに語ったであろう怖い話と思しきタイトルが並んでいた。
さらにタイトルをクリックすると、それにちなんだテキストが表示される。
ワタルはそれを読んでみたが、間違いなくお姉さんが語っていた物と同じであった。
おそらく、このホームページの管理者はお姉さんか、もしくはそれに近しい誰かの可能性が高い……とワタルは考えた。
「うーん……他に何か無いかな……」
ワタルは何か管理者に連絡を取るための手掛かりが無いか、ホームページ中をくまなく見回した。
メールアドレスか何かが無いものか……。
そうしてスクロールを一番下まで持っていくと、あるリンクが目に留まった。
【ひみつのページ】
気になったワタルがそれをクリックしてみると、パスワードを入力する画面が表示された。
そしてその入力バーの下に、何やらテキストが書かれている。
──ヒント:私と初めて出会った場所は?
「これって……」
ワタルはふと、そのテキストを見て思いついたものをパスワードに入力してみた。
……図書館。
ワタルとお姉さんが初めて出会った場所、そして二人を結ぶ接点となった場所でもある。
入力後にエンターキーを押すと、パスワード画面から問題なく次のページへ移った。
「私と初めて出会った場所は?」というヒントで正解が図書館。
自分と彼女しか知らない事を知っているという事は、やっぱりこのサイトはお姉さんのものなんだと、ワタルはほぼほぼ確信を持ったのだった。
ただし、そこに何か引っかかる様なものも同時に覚えたが、今は気にしない事にした。
そうして表示されたものは……。
202X年〇月×日
今日は〇〇大学の学食で、学生のAさんから話を伺う。
なんでも実家のお寺の、誰もいない本堂から笑い声が聞こえて来たのだそうだ。
とても不気味な話を聞かせてもらって満足した。
202X年△月〇日
今日は知り合いの伝手を頼りに、主婦のDさんという方から話を伺う。
子供の頃に入り込んだ廃屋で、いきなり大人の男性の怒鳴り声を聞いたらしい。
幽霊か生きた人間かは定かではないが、何かに使えるかもしれない。
202X年×月◇日
今日はたまたま大学で講師をしているIさんから怖い話を聞く機会があった。
子供の頃小学校の校内放送で変なお話の音声が流れた記憶があるのだが、同級生に聞いても誰も知らないという。
本当ならとても不気味な話だが、記憶違いという事があるかもしれない。
「こ、これは……お姉さんの日記だ!」
今年の春からのものばかりでどれも短い文章のものだったが、そこにはお姉さんがいろんな人たちから怖い話を集めている様子が記されていた。
そのどれもがワタルが聞いたことのあるようなものばかりである。
普段からこんな事をしているのか……とワタルは関心と呆れが入り混じった気持ちになった。
しかし、日記に記されているインタビュー内容はどれも簡素というか、よく言えばリアリティのある、悪く言えば地味な物ばかりだ。
どうやらお姉さんはこれらを盛って再構成して、体験談からきちんとした怪談へと作り変えているようにワタルは想像するのだった。
とにかく、日記はお姉さんの足取りを追う貴重な手がかりである。
ワタルがそれらを読み進めていくと、一番最後に書かれた内容に目が留まった。
202×年◆月〇日
とある空き家にまつわる怖い話を聞くが、どうにも要領を得ない。
これは近いうちに直接現地調査を行う必要があるだろう。
その日付は、ほんの昨日のものだった。
さらに日記にはその空き家の住所と外観を捉えた写真まで貼られていたのだが……。
「こ、ここは……」
その写真を見て、ワタルは絶句した。
翌日の放課後、ワタルの姿は件の空き家の前にあった。
「……お姉さん、いるのかなあ」
外壁は至る所がボロボロに崩れ果て、庭の草は手入れがされておらず伸び放題。
そして、屋根の上では赤い風見鶏がカラカラと鳴きながら回っている。
……そう、ここは以前えーちゃんが悪霊が出る家と言ってワタルを連れて来た所だった。
ワタルは辺りを見回して人がいない事を確認すると、素早く敷地内に飛び込んだ。
自分の腰よりも伸びた雑草の森を掻き分けながら空き家の玄関を目指す。
そうしてやっとの思いで辿り着いたのだが、そこでワタルの胸の中に迷いが生じた。
(……本当に入っていいのかな)
いくら肝試しでよく人が来ているとはいえ、人の土地、そして建物である。
子供だからといって無断で入っていいわけがない。
それくらいワタルにも分かっている。
いるのだが……。
(……それでも、お姉さんがいるかもしれないのなら)
ワタルは意を決して玄関の戸をがらりと開けて中に入った。
家の中は長年無人だったためか、埃っぽくまたどこかカビ臭いような感じがした。
玄関のすぐ目の前には、おそらく座敷に繋がると思われるふすまがあり、左手には縁側が、右手には奥へ続く廊下が伸びていた。
ワタルは恐る恐る玄関から廊下へ上がろうとするが、辺りには何かの欠片が散乱しており素足で歩くのが躊躇われた。
「く、靴のまま失礼します……」
ワタルは誰に言うでもなく、そのような事を呟いてから土足で家の中に上がりこんだ。
そうして、キッチンや茶の間、座敷に仏間など家中の部屋をワタルはおっかなびっくり見て回った。
最近はお姉さんのせいでこわい物に対する耐性がついたと自身でも思っていたが、やはり本物の心霊スポットを、しかもたった一人で見回るというのは相当怖く感じる。
足も恐怖からガクガクと震えが止まらず、結果としてワタルは家中を巡るのにたっぷり何十分もかける羽目になってしまった。
家の中は生活感といったものがまるでなかった。
家具などの生活に必要なものは一切無くなっており、どこの部屋もがらんとして不気味に感じられる。
しかし、どの部屋を見てもワタルにはお姉さんの痕跡を何一つ発見する事は出来なかった。
「……何をやっているんだろう自分は」
急にワタルは、自分がしている事が虚しく感じられてため息を吐いた。
居るかどうかも分からないお姉さんを探しに、幽霊が出るかもしれない廃屋に無断で入る、その行為を急に客観的に捉えてしまったのである。
……もう帰ろう、こんな怖い所にいつまでいてもしょうがない。
そう思ったワタルは急ぎ足で玄関まで戻って……そこでふと気が付いた。
「そういえば縁側の方をまだ見てなかったっけ……」
本当の事を言えばもう帰りたかったが、全部見て回らないのもなんだかすっきりしない。
そう思ってワタルは縁側の方へ足を運んだ。
といって、縁側自体はそこまで長い物ではなくすぐに行き止まりに到達してしまった。
もちろんお姉さんの痕跡らしいものは見当たらない。
ワタルはがっくりと肩を落として、玄関の方へ戻ろうとした……その時。
「……ん?」
ワタルに対して右側、縁側の窓の向こう側……。
庭に誰かが立っている。
生え放題の草やぶの中を、男か女かよく分からない髪の長い人が家の中に居るワタルをじいっと見つめている。
その目は妙に大きく、顔に対しての比率のバランスが異様に悪い。
……これは生きている人間じゃない。
ワタルが背筋に冷たい物を感じながらそう思った瞬間、庭にいた人がニヤりと笑って走り出した。
その先にあるのは……この家の玄関である。
(……この家に入って来ようとしている!)
咄嗟にそう思ったワタルは玄関へと全速力で駆け出した。
そうして玄関の引き戸に到着すると、すぐさまカギをかけて開けられないようにする。
……その直後。
ドンドンドンドン!! ドンドンドンドンドン!!
玄関を誰かが激しく打ち鳴らし始めた。
引き戸は曇りガラスになっていて外の様子は見えないが、そのすぐそばに立っている誰かのシルエットはハッキリと見える。
その誰かが激しく叩くたびに、玄関の戸はまるで地震が起きたかのように音を立てて揺れた。
「あ、ああ……うああ……」
そのあまりに恐ろしい光景を前に、ワタルはその場にへたり込んでしまった。
今すぐこの場から逃げ出したいのに、足が震えて力が入らない。
もう自分ではこの状況をどうにかする事が出来ないようにワタルは思えた。
誰でもいい、誰か助けて、誰か……目を瞑って叫びそうになっていると……。
「ねぇ、怖い話……聞きたくない?」
突然、ワタルの背後から聞き覚えのある声がした。
咄嗟に振り返ると座敷に通じるふすまが開いており、その奥に誰かが座っていた。
黒いワンピースを着て、ふわりとした黒い髪の毛で、やぼったい黒縁メガネをかけた女性。
それは……。
「おっ、お姉さん!!」
ワタルは彼女を見て思わず声が出てしまった。
「……ふふっ」
そんなワタルの表情を見て、お姉さんの眼鏡の奥の瞳がくしゃりと歪んだ。
──次回「帰ってきた友人」




