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9-2「ゆきこちゃん」


 小学校の頃の何気ない記憶って、大人になってから思い返すとなんだかとっても懐かしい気持ちになっちゃうのよねェ……。

 例えば、短い休み時間に校庭のブランコで遊んだり……授業中に国営放送の教育番組をみんなで見たり……。

 給食のフルーツポンチの残りをみんなで奪い合ったりなんてのも、今になっては楽しい思い出だわァ……。

 ……それと、校内放送なんかもね?


 この話は、現在私の大学で講師をしているIさんから聞いた話なの。


 Iさんが小学生だったころ……今から20年以上昔の事だそうだけど……当時、苦手なものがあったんだって。

 それは、給食の時間に流れる校内放送だったの。


 放送委員の生徒が、音楽や童話の朗読が入ったCDやカセットテープ、レコードを……。

 ……ところでキミ、カセットテープとかレコードって知ってるゥ?

 ……えっCDも殆ど見たことない?

 そ、そうなのねェ……。


 ……とにかく、そういった音源が給食の時間に校内放送で流れてたそうなんだけど、Iさんはこれが苦手だったそうなの。

 音楽はまだ良くて、童話も大半の物はそこまで嫌いでは無い。

 ただ、その中で3つだけ、Iさんが聞くのも嫌になるくらい苦手なものがあったそうなの。


 1つは海外の作家オー・ヘンリー作「魔女のパン」よ。

 パン屋の女性とそこの客との間に起こる、とある事件についての話なのだけれど……。

 Iさんはこれの終盤のシーンが怖くて嫌だって言っていたわ。


 2つ目は日本の有名な作家、宮沢賢治作「よだかの星」よ。

 全体的に悲しいお話で、特に中盤の主人公の夜鷹が鷹に虐められるシーンがIさんは嫌いだったそうよ。


 そして3つ目は、おそらくこれも日本人の作家の作品であろう「ゆきこちゃん」っていう話よ。

 これは昭和を舞台にした、とある女性の過酷で悲しい生涯について語られる朗読劇なの。

 Iさんは特にこの全体的に暗く救いのない話が大嫌いだったんだって。


 流れる頻度こそ少なかったものの、お昼ご飯を食べていて教室のスピーカーからこの朗読劇が流れて来ると、途端にIさんは気分が悪くなったそうよ。

 それこそ終わるまで耳をふさいでいたかったのだけれど、両手を耳に当ててたら給食が食べられなくなってしまう。

 いっつも午前中でお腹がペコペコになってしまうIさんに、給食を目の前にして食べずにいるのも辛いもので、結局我慢して聞かなくてはいけなかったわ。


 ただ、小学生も高学年になると変な知恵が働くようになるもので、Iさんにとあるアイデアが浮かんだの。

 といっても、父親が持っていた耳栓を学校に持って行ってただけの話なのだけれど、これが期待以上の効果を生んだわ。

 給食の時間中に嫌いな朗読劇が流れてきたら、耳栓を付けるだけ。

 これだけで一切放送内容が入ってこなくなって、安心して給食を食べることが出来るようになったんだって。


 ……ただ、それもすぐに出来なくなってしまったわ。

 Iさんが小学5年生だった頃、お昼の放送で「ゆきこちゃん」が流れて来たの。

 これを聞こえなくするために、Iさんはいつもの様に耳栓を取り出して装着して給食を食べ始めたのだけれどその直後、彼の頭に誰かがゲンコツを落としたわ。


「コラぁっ! そんな事したらダメだろ、ちゃんと聞きなさい!」


 それは担任の黒田先生だったわ。

 普段は気さくで担当の体育の時間も優しく指導してくれる先生だったから、普段とは違った激高っぷりにIさんは泣きそうになってしまったそうよ。

 結局、耳栓は没収されておとなしく嫌いな朗読劇を聞きながらお昼を食べる羽目になったんだって……。

 



 そんな嫌な記憶しか無かった校内放送だったけれど、Iさんが入学した中学校では一転して楽しい物だったの。

 小学校の頃は放送委員こそあったものの、先生に言われた原稿を読んで用意されたカセットテープやCD、レコードなんかを流すだけだったけれど……。


 ……ねえ、キミ本当にCD殆ど見たことないの?

 好きなアニメのOP曲のCDとか買ったりとか……お父さんの部屋に何枚かあるくらい?

 そ、そうなのねェ……。


 ……まあとにかく小学校時代のものとは打って変わって、放送部の生徒がメインとなって放送が行われていたそうなの。

 流れるのも童話とか古い曲じゃなくて最新の流行曲やアニソンなどなんでもござれ、生徒同士のラジオのような掛け合いの番組なんかもやったりしてたそうよ。

 その楽しい内容に感銘を受けたIさんは、すぐさま放送部への入部を決めたの。

 そうして、小学校時代の嫌な記憶を払拭するかのように、率先していろんな企画を考え実現していって、それが他の生徒たちから好評を博したんだってェ……。


 ……さて、Iさんが放送部に入って2年目の、とある夏ごろの事。

 その日の活動を終えたIさんたち部員の数名は、放送室に残って色々駄弁っていたの。

 会話のテーマは小学校の時の校内放送についてだったわ。


 その時Iさんが通っていた中学は、近隣の4つの小学校の生徒が進学してくる大きな公立の中学校だったのね。

 だから、うちは持ってきたCDを流せたとか、あの童謡はこっちでしか流れた事なかったとか、そんなそれぞれの小学校の放送内容の違いで盛り上がったの。

 その流れでIさんは、小学校の頃嫌いだった朗読劇について話したの。


 やれ魔女のパンのラストが嫌だとか、よだかの星の鷹に腹が立ったとか、ゆきこちゃんは全体的に救いがないとか……。

 Iさんがそんな事を話していると、彼とは違う小学校出身の生徒たちがぽかんとした顔を見せたわ。

 どうしたのかIさんが聞くと、一人の生徒が不思議そうな表情で尋ねてきたの。


「他の二つはうちの小学校でも流れた事あるから知ってるけどさ……ゆきこちゃんって何だ?」

「えっ知らない? 昭和が舞台の話なんだけど……」


 そうして、Iさんはみんなに「ゆきこちゃん」のあらすじを説明し始めたわ。




 この話の舞台は昭和の中頃の日本。

 竹中幸子(たけなかゆきこ)……通称ゆきこちゃんが小学生の所から物語は始まるの。


 ゆきこちゃんはお母さんと二人暮らしで、とてもじゃないけど裕福とは言えない生活を強いられていたわ。

 服はいつもボロボロのものを着て、ランドセルも買ってもらえないから古いカバンで学校に通わざるを得ない感じなのね。

 だから友達なんて一人もいなくって、クラスメイトたちから避けられたりイジメられたりしてたんだって……。


 そんなゆきこちゃんだったけれど、高学年になると急に友達が出来たの。

 伊達(だて)さんと黒田(くろだ)くんっていう子たちで、ひとりぼっちだった彼女に積極的に声を掛けてくれたり、一緒に遊んだりしてくれたんだって。

 そのお陰か学校で虐められる事も無くなって、初めて友達が出来たことも相まってゆきこちゃんはとても嬉しかったそうよ。


 ただ小学校の卒業式の日の帰り際、ゆきこちゃんは伊達さんにこう言われたの。


「実はあなたを心配した先生に頼まれて一緒に遊んであげてたの、ごめんね?」


 友達と思っていた子からこんな事を言われて、ゆきこちゃんはとてもショックを受けてしまったわ。

 進学する中学校も別々だった事もあり、伊達さんたちとはそれっきりになってしまったの。


 それからのゆきこちゃんの人生は、まるで坂を転がり落ちるかのように悪い事ばかり起きたわ。

 中学では再びイジメられるようになったのだけれど、さらに追い打ちをかけるかのように、ゆきこちゃんが中学を卒業する直前に、お母さんが病気で倒れて働けなくなってしまったの。

 つまり生活のため、高校進学をあきらめて働かなくてはならなくなったのね……。


 中学を出たゆきこちゃんは、最初は縫製工場の仕事に就く事が出来たのだけれど、そこでは上手くいかなかったんだって。

 暗い性格だったのが災いしたのか、ここでも同僚たちから酷いイジメを受けるようになってしまったの。

 さらに、給料が足りないという問題もあったわ。

 家族二人で生活する分にも十分じゃない上に、お母さんの病気を治すための手術代が途方もなく掛かってしまうのね。


 だから、ゆきこちゃんは仕方なく工場で働くのとは別に、年齢を偽って夜はスナックでも働くようになったの。

 でもこの生活はとても過酷で、ゆきこちゃんの心身は徐々に疲弊して行ったわ……。

 ただ、そのお陰かお母さんの手術費用も着々と貯まって行ったし、それに悪い事ばかりでは無かったんだって。


 というのも、スナックの常連客の江口さんっていう若い社長さんがゆきこちゃんの事を気に入ってくれて、結婚を持ちかけてくれたの。

 さらにはお母さんの手術をしてくれる名医を紹介して、おまけに足りない分の手術代は自分が出すとまで言ってくれたの。

 これにはゆきこちゃんも本当に感激して、今までのつらい人生もようやく報われるって喜んだのね。


 でも、それは偽りの幸せだったの。

 その名医にお金を渡してくるという江口さんにゆきこちゃんは今まで貯めた手術費用を全部預けたのだけれど、それっきり彼から連絡が来ることは無かったわ。

 そして音信不通になった事を心配したゆきこちゃんは、彼が経営しているという会社に行ってみたのだけれど、そこの社長は江口さんでは無かったのね。

 そこで初めてゆきこちゃんは、彼が詐欺師だった事に気づいたの。


 警察に通報したのはいいけれど、捜査は難航して一向に江口の足取りはつかめない。

 そうしているうちに、お母さんの病状は急に悪化してしまって、あっという間に亡くなってしまったの。

 自分が詐欺なんかに引っかからなければ……そう言って全てに絶望したゆきこちゃんは、最後に自ら命を絶ってしまい、そこで物語は終わりを迎える……そういう話よ。




 ……という感じのあらすじをIさんは語ってみせたのだけれど、それを聞かされた他の生徒たちはギョッとした目でIさんを見つめていたわ。


「なあIよ……お前何言ってんの?」

「えっ、何が?」

「そんな昼ドラみたいな話、小学校で流すわけないだろ……」


 そう言われて、初めてIさんは「ゆきこちゃん」という作品が小学校に似つかわしくないものだって気づいたのね。

 最初はIさんの嘘だと疑う部員たちだったけど、彼と同じ小学校出身の部員も居たことから、彼が本当の事を言っていると信じてもらえたの。

 ただ、そうなると「ゆきこちゃん」という作品が童話ではないなら、一体何だったのかということになったわ。


 気になったIさんは、図書館で同名の作品が置いてないか探してみたり、大人で知っている人がいないか聞いてみたり、パソコンの授業中にインターネットで調べたりしてみたそうよ。

 ただ、それでもどうしても見つからない。

 そうして、最後の手段として彼は母校である小学校へ向かう事に決めたの。


 まだIさんが卒業して1年とちょっとしか経ってないおかげで、小学校の先生たちは彼を快く迎えてくれたわ。

 そして懐かしい話もそこそこに、Iさんは例の作品について尋ねてみたの。

 その名前を聞くと、歳かさの先生が何やら嫌そうな顔をして、一旦席を立ったかと思うと放送室からあるテープを持って来てくれたの。

 そこには「ゆきこちゃん」というラベルが貼られていたわ。


「これはなあ……君も知ってる、黒田先生がこの学校に赴任した時に持ってきたものなんだよ」


 突然かつての担任の名前が出て、Iさんはびっくりしたわ。

 そして、先生は次のような話をしてくれたの。


 今から10年以上昔……黒田先生がこの小学校に赴任してしばらく経った頃、放送委員の所へいきなりやってくるなり「ゆきこちゃん」と書かれたテープを渡してこう言ったらしいの。


「毎年9月20日のお昼の校内放送で、必ずこのテープを流しなさい」


 放送委員の生徒たちは戸惑いはしたけれど、黒田先生の威圧感の前には何も言えない感じだったそうよ。

 そうして言われた日に流されたわけだけど、内容はさっきも言った通り小学校に似つかわしくないような話だったわけね。

 先生方からも止めた方がいいのではという声も出たけれど、その度に黒田先生はもの凄い剣幕でこれを流すべき意義などについてまくし立てたんだって。

 正直何を言っているのか他の先生方は分からなかったけれど、でも黒田先生がなんだか怖かったので今後も流すことを許してしまったそうよ。


「……そういえば」


 そこで、Iさんは職員室に黒田先生の姿が無い事に気づいたわ。

 年かさの先生に尋ねてみると、どうやら昨年度を最後に他の小学校へ転任してしまったそうなの。

 他の先生方には今後も9月20日にそのテープを流すようにと言っていたそうだけれど……。


「でも、もうあの人も居ないわけだし……こんな気味悪いテープ捨てちゃってもいいよねえ?」


 年かさの先生の困り果てたような顔を見て、Iさんはそうですねとしか言えなかったんだって。


 そうして、Iさんの「ゆきこちゃん」の調査はそこで終わりを迎えたわ。

 もちろん、調べればもっと色々な事が分かるかもしれなかったのだけれど……。


「もし過去にあった事件とかを調べて、酷似するようなものが出てきたらと思うとなんだか怖くって」


 だから、調べるの止めたんですよ……。

 Iさんは苦い表情をしながら、最後にそう言ってたわ。 

 

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