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9-1「アイスって他人の物ほど美味しいと思いませんか?」

「くぁ~、暑っちぃ……」


 その日ワタルは、炎天下のなか小学校の花壇に水やりをしていた。

 ワタルたちのクラスでは夏休み中一人一日ずつ、授業で植えたひまわりに水やりをする事になっていたのである。

 そして今日がワタルの担当日だったのだが、ここで失敗をしてしまう。


 本来なら、まだ朝の涼しいうちに水やりをしてしまうのが普通だった。

 しかしワタルはあろうことか、朝ごはんを食べたあとテレビを見ながら、そのままリビングで二度寝をしてしまったのである。

 ハッと目を覚ました時には、窓の外で太陽がカンカンに照り始めている頃だった。


 いくら何でも、今水やりに行くのは自殺行為である……ワタルにもそれくらいは分かっていた。

 しかし、それじゃあ夕方に行けばいいのかというと、そういう訳にもいかない事情があった。


 夕方の校舎は、怖いのである。


 日が傾いて涼しくなるのを待つ場合、午後5時くらいまで待たなければならない。

 つまり、夕方になってわざわざ学校へ行って水やりをする事になるわけである。


(絶対何か出るじゃん……)


 夕日でオレンジ色に染まった校舎の中、その窓から見える薄暗い教室の中。

 夏休みで生徒は誰一人いないはずのそこに、ぼんやりと子供のような姿が見えて……。


 ワタルは想像しただけでゾッとした。


 ……というわけで、夕方を待たずにワタルは今この暑い真昼間に学校に来て水やりをしているという訳なのである。

 タオルで汗を拭いながら、ひまわりの根元を一本一本丁寧に水をかけていく。

 帽子を被っているのである程度は日差しを防げているはずだが、それでも真夏の太陽の光は容赦なくワタルを熱していく。


 しばらくして、ワタルはやっとの事で水やりを終えることが出来た。

 時間にして十数分、そこまで掛かってはいないはずだが、ちょうど日差しの当たるところに花壇があったせいで、まるでオーブンの中で熱せられたかのように暑く感じる。

 このまま手に持ったホースを頭上に持って行って水でも被ってしまおうか、ワタルがそんな事を考えていると……。


「おーい……──くーん……!」


 ワタルはどこからか自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 辺りを見回してみると校舎の一階、職員室の窓から誰かが顔を出しているのが見える。

 青いジャージを着たショートヘアーの女性、ワタルの担任の磯崎先生だった。


「磯崎先生、こんにちわー」

「はいこんにちわ! こんな時間に水やりに来たの?」

「はは……ちょっと二度寝しちゃって……」


 ワタルは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「暑かったでしょう、ちょっと職員室に寄ってかない? クーラーついてて涼しいわよ」

「えっ、いいんですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、午前中は私一人だけなんだよね」


 そう言うのならちょっと涼ませてもらおうか、という訳でワタルは磯崎先生の言葉に甘えることにした。


 職員室は外とは文字通り別世界だった。

 真夏とは思えないような、それこそ冬じゃないかというくらいキンキンに冷房が効いている、いや効きすぎている。

 そんな中、磯崎先生は来客用のソファに座りながら室内に置いてあるテレビを見ていた。


「いやぁ、ごめんね? 誰かしら職員室に待機してなきゃいけないんだけど、やる事無くて暇だったんだよね~」

「あの……でも、いいんですか? 僕なんか入っても」

「いいのいいの! そうだ、アイスあるけど食べる?」


 そう言って磯崎先生は、室内に置いてある冷凍庫から棒アイスを2つ取り出して、片方をワタルに渡してきた。

 ありがとうございますとお礼を述べてから、ワタルはアイスを頬張る。

 ……冷たくて美味しい。

 先ほどまで炎天下の中いたせいか、この冷たいアイスがとても体に染みわたっていくようにワタルは感じた。


「夏はこれが無いとやってけないよね~」

「はは……そ、そうですね……」


 そう言ってアイスを食べながら、ワタルは横目で磯崎先生を見た。

 

 彼女はまだ20代というのもあってか、生徒に対しては友人や兄弟の様に接してくれる。

 運動神経がよく得意科目が体育という事もあって、休み時間に子供たちに交じってドッジボールとかしている姿もよく見る。

 そしてすらりとしたスタイル、日に焼けた肌、男性アイドルにも劣らない顔立ちのお陰で、男子女子問わず生徒たちから人気だった。

 ワタルも少なからず、先生に対して好意的な感情を持っていた。


「あー……それにしても、こうして夏休みに学校にいると子供の頃を思い出しちゃうなあ……」


 磯崎先生は温かい眼差しで窓の外の光景、真夏の日差しの下の校庭の風景を見ながら言った。


「先生の子供の頃も学校ってこんな感じだったんですか?」

「そうそう、あの頃と殆ど変わらないかなあ。今も昔も、子供たちは元気に遊び回ってるし、テレビのアイドルの話とかで盛り上がったりするし……」


 それにね……と、磯崎先生は不敵な笑みを浮かべてワタルの顔を覗き込んだ。


「こわい話が大好きだったのも、一緒だったなあ……」

「……え?」


 急にこわい話と言われて、ワタルは一瞬頭が真っ白になった。

 そうしてすぐに、そういえばこの人もその手の話が大好きだった事を思い出した。


「例えばこんな怪談を聞いたことがあってね……?」


◇◇◇


 雨の日の学校に遅くまで残っていると、校内で赤い傘を差した少女に出会ってしまう。

 そして、それを見てしまうと不幸な事が起こるのだという……。


 ある子供は、部活動で遅くまで残っていた時に赤い傘の少女に出会って、その帰りに車にはねられて大けがを負い……。

 別の子供はテスト勉強で居残っていた時にそれを目撃して、翌日原因不明の病気にかかって何か月も入院する羽目になり……。

 また違う子供は忘れ物を取りに放課後の学校に来た時に遭遇して、それからしばらくしたら行方不明になってしまい……。


 ……そんな噂が、ある小学校で流行ったのだそうだ。


 この話を聞いた女生徒……仮にAさんとするが……彼女はこれを全く信じなかった。

 バカげた噂だとも、先生たちが子供をさっさと帰らせるために流した嘘だとも思ったのだという。

 とにかく、くだらない噂話だと気にも留めなかったのだった。


 そしてそれからしばらく経ったある雨の日の放課後、Aさんは図書室で遅くまで本を読んでいたのだという。

 いつの間にか閉める時間が来てしまったので仕方なく退室して、自分の教室で帰り支度をしてから玄関へ向かった。

 そう薄暗い廊下を一人歩くAさん、すると前方に誰かがいる事に気づく。


 赤い傘を持った少女だった。


 頭がすっぽりと赤い傘で隠れた少女が進行方向の先に立っているのである。

 Aさんは最初こそギョッとしたが、すぐに誰かのいたずらだと思い直してそのまま進んだ。

 ドッキリのためにこんな時間まで誰かを待っていただなんて、ご苦労な事だ。

 そんな風な事を考えながら赤い傘の少女のすぐ手前まで来て、Aさんはヒッと短い悲鳴を上げた。


 足が、いや下半身が無い。


 赤い傘の少女には上半身しか存在せず、まるで宙に浮いているかの様にその場に立っていたのである。

 Aさんが恐怖で固まっていると、赤い傘の少女はゆっくりと傘を後ろに倒し、その顔を露わにしようとしてきた。

 その傘の下にあった顔は……。


◇◇◇


「ちょっと磯崎先生!?」


 先生がオチを話そうとしたその時、職員室の入り口から妙齢の女性の声が聞こえて来た。

 ワタルはハッとしてそちらの方に振り返る。

 そこに立っていたのは、教頭先生であった。


「ゲッ、教頭センセ……」

「げっ、とは何ですかげっとは。まず何ですかこの部屋の寒さは、いったい何度に設定して……」


 そう言いながらこちらに近づいてくる教頭先生だったが、二人が咥えているアイスの棒を見て言葉を失ったような様子を見せる。


「あなたたち、今食べてるのはひょっとして……私が買って入れておいた……」

「えっ……これ先生のじゃなかったんですか!?」

「あー……まあー……ね……?」


 磯崎先生は目を泳がせながら狼狽した様子を見せる。

 その感じで大体の事を察したのか、教頭先生はなるほど……と呟いてからワタルの方に視線を向けた。


「……とりあえず、君はもう帰りなさい。熱中症に気を付けなさいね」

「あっ、は、はい。それじゃあ失礼しまーす……」


 そう言ってワタルが職員室から出た瞬間、中から稲妻のような怒号が響いてきたのだった……。




 その後家に帰ったワタルだったが、昼食を食べている最中も、その後部屋でゲームをしている最中も、とある事が頭に引っかかっていた。

 さっきの磯崎先生の話である。

 最後が語られる直前で話を打ち切られてしまったので、その後どうなったのかが分からずモヤモヤとしているのだった。


 先生に直接聞きに行けば済むだろうが、午後も学校に残っているかは分からないし、怒られた後にそんな事聞きに行くのもなんだか気が引ける。

 試しに家のパソコンで調べてみたが、それらしい話は全くヒットしない。

 こうなると夏休み明けくらいまで待ってから先生に聞くしかないのだろうか。

 そこまで考えた時、ワタルにある考えが浮かんだのだった。




「うーん……ごめんなさい、ちょっとそういう話は思い浮かばないわねェ……」

「そ、そうですか……」


 お姉さんが申し訳なさそうに両手を合わせるのを見て、ワタルは軽く肩を落とした。


 磯崎先生の話した怪談が既存のものだとしたら、誰かが知っているとワタルは考えたのだ。

 そこでえーちゃんやカッツといった友人たちに聞くという選択肢もあり得たが、ワタルはお姉さんに会いたいという理由もあって、夕方直前に図書館へと足を運んだのだった。

 そして案の定、外のベンチに腰掛けて本を読んでいるお姉さんの姿をワタルは発見する事が出来たのである。


「でも、子供の頃のノスタルジックな記憶って……ステキじゃない?」


 あからさまにがっかりした様子を見せるワタルに、お姉さんは頬に手を当てながら言った。


「まだ小学生の君には分からないかもしれないけれど、中学、高校、そして大学生になって当時を振り返ると、とぉってもキラキラした楽しい記憶が蘇って、楽しくなるのよねェ……」

「……そうですかね」


 ワタルは今の日常が当たり前すぎて、お姉さんが言うような楽しいという気持ちが分からなかった。


「そうよォ、小学校の頃なんて今思い返してみると授業に行事にと楽しい事いっぱいだったもの!」


 それに……と言って、お姉さんはメガネの奥の目をくしゃりと歪ませた。


「こわい話も……ね?」

「こっ、こわっ……!?」

「ねぇ、怖い話……聞きたくない?」


 お姉さんに会いに行くうえで、怖い話をされることをワタルはある程度想定はしていた。

 しかし、学校にまつわる話となると話は別だ。

 日常生活に支障をきたしそうであまり聞きたくは無かった。

 顔を背けて、無言で聞きたく無さそうなリアクションを取るワタルであったが、そんな彼の顔に両手を添えて、お姉さんは自分の方へと向き直させた。


「お願い、私の話聞いて?」


 お姉さんにうるんだ瞳でそんな事を言われると、ワタルはハイとしかいえなくなってしまうのだった。



 ──次回「ゆきこちゃん」


 

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