幕間Ⅱ
「はぁ……最近見ないと思ってたのに……」
その日、伊達政子はため息をつきながら、台所で食器を拭いていた。
窓の外から見える天気はどんよりと曇り模様で、まるで彼女の今の心境を表しているかのようだった。
夢を見たのである。
今から20年以上前……政子がまだ子供だった頃。
近所にあった空き家に偶然入ってしまい、そこで恐ろしい目に遭った事がある。
それだけならまだ良かったのだが、それ以来何年かに一度、その時の事を夢で定期的に見ているのだ。
そんな夢を見た日の寝起きはいつも最悪で、今の様に沈んだ気持ちが一日ずっと続いてしまう。
まるで怖い話でよく聞く呪いそのものじゃないか……政子は再び大きくため息をついた。
その時、背後に置いてあったスマホから着信音が流れた。
画面に表示された名前は大学時代の友人のものである。
「もしもし……? どうしたの、久しぶりに電話くれて……」
「あっ、ごめんね政子。ちょっとアンタの話を聞きたいって子がいてさ」
「話……?」
「ほら、アンタ子供の頃に怖い目にあったって言ってたでしょ、それの事よ」
そういえば大学の頃にその話をした事があったっけ……と政子は朧気な記憶を思い起こしていた。
正直、あまり人に話したりするのも気分のいい物では無かったのだが……。
「ありがとうございます、急なお願いを聞いてくださってェ……」
「……いえ、まあ」
電話から数日後、政子は近所のスーパーのフードコートで、県内の大学に通っているという怪しい雰囲気の女性と対面していた。
髪の毛から着ている服まで全体的に黒く、野暮ったい黒縁メガネをかけていて、少なくとも政子の交友関係には居なさそうな子だった。
なんでも怖い話を集めているらしく、その為に今日はわざわざこちらに出向いてきたのだそうだ。
「なんでも伊達さんが興味深い体験をした事があると伺いまして、是非とも直接お話を聞きたいと思った次第なんですよォ」
「そう……まあ、人が聞いてもそんなに面白いものじゃないとは思うけれど……」
本当のことを言えば最初この話を聞いた時、政子は断ろうと思っていた。
夢で見るだけでも気分が悪くなるのに、人に話すなんて事をすれば、より当時の記憶を鮮明に思い返してしまってなお悪くなる。
しかし実際には、なぜかこの、怪しい大学生からの頼みを聞いてしまっている。
何故断らなかったのか……政子は自分の行動の理由が分からなかった。
「ではさっそく、話をしてもらってもよろしいですかァ……?」
女性はバッグからボイスレコーダーを取り出してスイッチを入れると、話をするよう促してきた。
「え、ええ……あれは確か……」
政子は当時の記憶を思い出しながら、話を始めた……。
「なるほどですね……ありがとうございましたァ」
話が終わると、女性は満面の笑みでお礼を述べた。
どうやら内容に大変満足した様子である。
一方の政子はというと、やはり元々思い出したくない記憶を引っ張り出してきたせいか、予想通り気分が悪くなってしまっていた。
「……あの、大丈夫ですか?」
それが分かったのか、女性は心配そうな表情で尋ねて来た。
どうやら自身でも分からないくらい、調子の悪そうな顔をしていたようだった。
「え、ええ……大丈夫。この話をする時、大体こうなってしまうの……」
そう言って、政子はこの時の事を未だに夢に見る事……そして見るたびに気分が悪くなってしまう事を女性に打ち明けた。
それを聞いた女性は、申し訳なさそうな顔をして謝罪をした。
「ごめんなさい……気分を悪くさせるつもりは無かったのですが……」
「いえ、大丈夫よ……ただ、どうして人にこの話をしようと思ったのか自分でも分からなくて……」
政子がそう言うと、女性はしばらく考え込んでから、こんな事を言い始めた。
「私はお医者さんでも霊能者でもないので、勝手な事は言えませんが……」
「……はい?」
「もしかしたら、無理に記憶にフタをしようとするから気分が悪くなってしまう……とか、無いですかねェ……?」
「えぇ……まさか、そんな……」
「押さえつけるより適度にガス抜きするみたいに、思い出したり人に話したりした方が楽になる……かもしれませんね」
そんな物なのだろうか……政子にはあまりピンとこない話だった。
「さて……それじゃあそろそろ失礼させて頂きますね」
そう言うと、女性はボイスレコーダーをバッグにしまい、代わりに封筒を一枚差し出してきた。
政子が中を確認してみると、お米券が数枚入っていた。
どうやら話のお礼のようである。
「とっても面白かったですよ、あなたの『空き家で見知らぬ男性から叱られた』っていう話ィ……」
女性は口角を上げてにこりと笑うと、その場を去って行ってしまった。
その場に残ったのは、釈然としない表情の政子と、殆ど手を付けられていない飲み物だけであった。
(幕間Ⅱ、了)




