8-2「そんな云われは無い」
昔の事を調べるのって、結構楽しいわよねェ……?
例えば近所の神社の成り立ちなんか、意外な事が分かったりして面白いと思うの。
……ただ、そういった伝承が本当に正しいかどうか、ちゃんと裏付けを確かめないといけないのよね。
でないと大変な事になっちゃうんだから……。
この話は、今は県内の企業で働いているHさんから聞いた話よ。
彼女はかつて県外の大学に通っていたんだけれど、そこで面白いサークルに入ってたのね。
お酒のサークルなんだけれど、所謂呑みサーとかじゃなくて純粋にお酒の味自体を楽しむサークルだったんだって。
例えば、誰かが高いワインを買ってきたらそれをみんなでテイスティング……つまり試飲して、どんな味だったかどう感じたかみたいな感想を言い合ったり……。
または、安い大容量の焼酎をどうすれば美味しく呑めるかを研究したり……。
とにかく呑むことの楽しさを追求していくようなサークルだったそうよ。
さて……話はHさんが大学3年生、サークルに入って2年目になった頃の事。
1つ上の先輩である、当時の部長が怖い話大好きだったんだって……。
それで事あるごとにサークルで呑み会にかこつけて怪談会を開いていたの。
日本酒や海外のお酒など、珍しかったり高価だったりするお酒を持ってきて、それを呑んでみたい部員を募るのね。
そこでテーマを決めて、集まった参加者にそれに沿った怖い話をさせて、部長の判定によって振舞われるお酒の量が変化したんだって。
ちっとも怖くない話をした部員には一口だけ、逆に凄い怖い話をした部員には紙コップになみなみと注ぎ、さらにその日一番怖い話をした部員には、残ったお酒をビンごとプレゼントする……みたいな事をしていたそうよ……楽しそうね。
Hさんもテーマが「山の怖い話」だった時に、地元……つまりこの県の事だけど……そこで聞いた話をして、部長からサソリ漬けのウォッカを貰ったことがあったそうよ。
……それって美味しいのかしら?
まあとにかく、その年はサークル活動が楽しかったって、Hさんは言っていたわァ……。
さて、そのサークルにHさんと同じ学年のTくんという男子部員がいたのね。
彼はお酒の知識が豊富で、家にもいろんな種類のお酒がたくさん置いてあったそうで、本当にお酒が好きなんだなって感じがする人だったそうよ。
ただ、一方で彼は怖い話が苦手だったの。
苦手と言っても怖がりだとかそういうのじゃなくて、単純に怖い話の面白さが分からない人だったのね。
そんなだから例えば、怪談会用に面白くもない話をネット上で拾ってきて披露してしまったり、作家志望の友達に作らせた怖い話とかしても、淡々と語ってしまってちっとも盛り上がらない。
その所為で、毎回部長からの評価は低くて、振舞われるお酒もいっつも一口くらいしか呑ませてもらえなかったんだって。
本人は顔にこそ出さなかったものの、酒好きでこれは相当辛いだろう……そんなTくんを見てHさんはいっつもそう思っていたの。
そんなある日、また怪談会が開かれることになったわ。
部長が今回用意したのは、とある小さな酒屋でのみ取り扱われている、なぜか8月には売ってはいけないというルールのある日本酒だったそうよ。
そして怪談のテーマは「実際に自分が体験した事」だったわ。
「今回に関してはそこまで怖い物は求めてないけど、必ず実際に自分が体験した事を話してくれよ」
部長はそう言っていたけれど、Hさんには幽霊を見たどころか金縛りにすら遭った事がない。
だから話す内容をどうするか、今回はとても悩んだそうよ。
そうして怪談会当日。
すっかり夜になってしまったサークル棟の部室には、部長以外にはHさんを含めて8人ほどの部員が集まったわ。
もちろん、その中にはTくんも居たの。
「じゃじゃーん、今回用意した酒はこれだ!」
そう言って部長がみんなの前に出したのは、一見普通の茶色がかった一升瓶だったの。
これは日本海側にある県に旅行に出かけた時偶然出会って……等々、部長がお酒の説明をしてくれるのだけれど、本当に美味しいのかみんな半信半疑だったそうよ。
そんな感じで始まった怪談会だったけれど、テーマがテーマだったからかHさん以外の部員も、なかなか話す内容の選択に苦労したと感じられる話ばかりだったんだって。
枕元に死んだお婆さんが立ってたとか、お墓参りの帰りにご先祖様を見たとか……。
リアリティを重視するばかりに、なんだかあまり怖くないような話しか出なかったわ。
部長も自分で難しいテーマを言ってしまった手前、判定基準は甘くせざるを得ない感じだったけれど、それでも振舞われるお酒の量は二口三口と、あまり注がれる感じは無かったんだって。
ただ、さすが幻の名酒と部長が言うだけあって、それを呑んだ部員たちはみんなその味にビックリして絶賛するばかりだったそうよ。
それを見てHさんは、是が非でもそのお酒を一升瓶丸々ゲットしたいと、闘志を燃やしたの。
そうしてHさんの番が回って来たわ。
本当にあった話となると、そこまで怖い話は出てこないだろう……そう睨んでいた彼女は、あえてリアリティを犠牲にして怖さ重視の話を用意していたの。
内容も幼少期に見た不思議な物という、本当にあったかどうかツッコまれにくい話を考えて来たそうよ。
ただ、果たしてそれが部長にどう見られるかは完全に賭けだったそうだけれど……。
「おお、Hちゃんの話いいねえ! たくさん注いであげよう!」
結果としては賭けは大成功、Hさんは紙コップになみなみと日本酒を注いでもらったんだって。
そして呑んで見みると、なるほど部長が幻というだけあって、今まで出会ったことのないような味わいで、Hさんが今まで呑んだことのある日本酒のどれよりも美味しかったそうよ。
これはもう残りのお酒も自分の物だな、そんな風にHさんが勝利を確信している横で、次の番であるTくんが話を始めようとしていたわ。
「ごめんなさい、実は僕……今まで怖い事に遭ったことが無いんですよ」
Tくんは開口一番そんな事を言い出して周りを驚かせたわ。
そして、こう続けたの。
「……ですので代わりといっては何ですが、近所の〇〇神社について最近分かった事があって、それを話させてください」
〇〇神社っていうのは、Hさんたちの大学の付近にある寂れた神社で、近道が出来るという事で学生たちがよく境内を通学路に利用している所なの。
その名前が出た途端、部長が何やらギョッとした目でTくんを見た事にHさんは気づいたけれど、それがどういう意味なのかはまだ分からなかったわ。
Tくんは一拍置いて、否定意見が出ない事を確認してから話を続けたそうよ。
「大学の図書館で調べものをしている時に、偶然〇〇神社の由来を知ってしまったんですけどね? どうやらあの神社……大昔にこの辺りで飢饉があった時に建てられたものらしいんです」
そしてTくんは以下のような事を語ったの。
……今から大体200年以上前、当時その一帯では凶作に見舞われ食べるものが殆ど無くなった時期があったんだって。
村人たちは数少ない食料だけでどうにか食いつないで行こうとしたけど、どうしても足りない。
そこで、止む無く……老人や病人といった村の中で労力にならない人たちを……口減らしの為に殺してしまったの。
それで他の村人たちはどうにか凶作が終わるまで食いつなぐことが出来たのだけれど、しばらくして恐ろしい事が起こったんだって……。
夜になると、どこからともなく村中に何者かのうめき声が複数響き渡ったそうなの。
おまけにそれを聞いた村人たちの中から、謎の病気になって亡くなってしまう人が次々と出てしまったわ。
村人たちが困り果てていると、ちょうどそこへ旅の行者がどこからともなく現れたの。
事情を聞いた行者が言うには、やはり夜に響き渡るうめき声の正体は先の凶作の時に口減らしで殺した村人たちの怨念らしかったわ。
そこで村人たちは行者の言う通り、これらを鎮めるために村の高台に神社を建てて、怨念を奉ったの。
するとうめき声もぴたりと止んで、謎の病気で死んでしまう人も出なくなったそうよ……。
「……という様に、普段僕たちの身近にあるものにも、恐ろしい由来がある……という話でした」
そうしてTくんが話し終えると、急に部長がガタンと椅子を大きく鳴らして立ち上がったの。
「おっ、お前……T、それ本当の話か……?」
「……ええ、そうですけど」
Tくんが困惑しながら答えるのを聞いて、部長はショックを受けたかのように机に手を付いたんだって。
そうして、青い顔をしながらみんなに語り始めたの。
「……その神社な、俺も大学の行き帰りでよく通り抜けてるんだけどさ」
つい最近、大学から家にまっすぐ帰ろうとした時の事だったそうよ。
もうすっかり夜になってしまい街灯も殆ど無いため、部長は真っ暗な境内を転ばないようにおっかなびっくり歩いてたわ。
その途中、神社の前に差し掛かった時どこからか何かが聞こえて来たんだって。
「最初は野良犬がうなり声でも出してるのかと思ったんだけど……聞いてるとだんだん人のうめき声のように思えてきてさ」
恐怖心を覚えながらも、気になった部長はその場に留まってそれがなんて言っているのか突き止めようとしたそうなの。
そうしてずーっと聞いていると、突然。
「いたい……くるしぃ……ひもじい……たすけてぇ……」
急に意味の分かる言葉が聞こえて来て、びっくりした部長はそのまま自分の家に逃げ帰ったんだって……。
「だから俺、この話をするために今回は本当にあった事ってテーマでみんな集めたんだけど……そうかあ、Tのお陰ではっきりしたよ、なるほどなあ……」
部長はしきりに感心してから、Tくんのコップになみなみと、それこそHさんよりもたくさんお酒が注がれたわ。
それを呑んでいる時のTくんといったら、普段見せないようなもの凄い幸せそうな顔をしてたってHさん言ってたわ。
もちろん、その日一番怖い話をしたのはTくんという事で、部長が用意した幻の日本酒の残りは丸々彼に送られることになったんだって。
さて、怪談会も終わって一同解散となってHさんは大学を後にしたのだけれど、内心先ほどまでのやり取りがくだらな過ぎてうんざりしていたそうよ。
というのも、Tくんの言った内容があまりにも作り話過ぎるし、それにすぐ乗っかってくる部長もわざとらし過ぎたからなの。
口減らしで殺した村人たちの怨念を鎮めるためとはいえ、いきなり神社を建てるというのがどうもしっくりこない。
まずは祠とか塚じゃないのかって思ったそうなの。
そもそもHさんは民俗学系のゼミの一環で、大学周辺の歴史について調べたことがあったから、明治時代になるまで人の住む場所じゃなかった事も知っていたのね。
部長の話だって、あの神社は結構な数の学生がよく境内を行き来していたのだから、幽霊が出るならもうすでに噂になってないとおかしい。
以上の事から考えて今回の怪談会は、部長とTくんが仕組んだ出来レースだった……というのがHさんの予想だったわ。
まあ、普段の怪談会でお酒が殆ど貰えてなくて可哀そうだって部長が考えた事だろうけれど……。
それでも虫の居所が収まらないHさんは帰りにコンビニでしこたまお酒を買ってから帰ったそうよ。
そうして深酒をしながら過ごしていたら、気が付いたら夜中の1時過ぎになっていたわ。
いい加減寝ようか……とHさんが思っていると、
プルルルルルルルル……プルルルルルルルル……。
携帯電話に突然、着信が入ったの。
画面を見てみるとどうやらかけて来たのはTくんの様だったわ。
特にサークル以外では会話するような仲でもなかったから、Hさんは怪訝な顔をしながら電話に出たのね。
「もしもし、どうしたのTく……」
途端に、Hさんから血の気がスーッと引いたわ。
すぐにも携帯電話を投げ捨ててしまいそうになったけれど、なんとかその衝動をこらえたの。
電話の向こうのTくんはそんな事を知らずか、普通に話を続けたんだって。
「もしもしHさん、ごめんねこんな夜遅くに」
「う、うん……」
「どうしても謝らなきゃいけない事があって、電話したんだ」
Tくんは普段よりも覇気がないというか、気の抜けたような調子で話を続けたわ。
「さっきの怪談会で僕が話した事、アレ全部嘘なんだよ」
「う、嘘……?」
「そうなんだよ、あの神社にそんな由来なんて無いんだよ」
今回の件は、いつもお酒が殆ど貰えないTくんと作家志望の友達とで仕組んだ事だったそうなの。
まず、大学近くの神社には凄惨な由来がある……という作り話を用意する。
次に、夜に部長が神社の前を通りかかるタイミングで、怨霊のうめき声の音声を流してビビらせる。
あとは怪談会が開かれたタイミングでその作り話を披露すれば、部長が勝手にそれと神社での出来事を関連付けて悲鳴を上げてくれるだろう、って考えたのね。
そして目論見通り、Tくんはお酒をゲットすることが出来たという事なの。
部長もグルだったという予想は外れたけれど、その話を聞いているHさんはそれどころでは無かったわ。
「でも、やっぱりこういう事って良くないよな。だから僕、このお酒部長に返そうと思うんだ」
「そ……そう……」
「この後他の人たちにも電話で謝らなきゃいけないからさ、それじゃあね」
Tくんが電話を切ろうとしたので、Hさんはとっさに気になっていた事をきいてしまったわ。
「ところでTくん……?」
「何?」
「い、今どこから電話かけてるの……?」
「ああ、今僕ね、神社にいるんだ」
そう言って、Tくんの電話は切れてしまったんだって。
通話が終わったあと、Hさんは携帯電話を手に持ったままへたり込んでしまったわ。
なぜ電話に出た途端に彼女が恐怖心を抱いたかっていうとね……。
電話の向こうのTくんの声、その後ろでずーっと……
「そんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはないそんな云われはない………」
……って、何十人もの人たちの声が聞こえて来てたからなんだって。
それから次のサークル活動の日、そこにはTくんの姿もあったけれど、なんだか以前と比べて細くなったというか、元気がなくなった風だったそうよ。
そして、なぜかその日以来部長はサークルに顔を出すことがなかったわ。
一体何があったのか、彼女には知る由もなかったけれど……。
歴史を捏造なんてしようとすると、人間じゃないものの怒りも買っちゃうのかな……って、話の最後にHさんは言ってたわ。




