7-2「ある田舎の屋敷の解体現場のアルバイト」
お金……欲しいわよねェ……。
人間、いろんな欲しい物があるけど、お金が欲しいって気持ちは誰もが持ってる物だと思うの。
だからこそ、その気持ちに付け込んで良くないものが近づいてきやすいんだけれど……。
この話は、フリーターのGさんから聞いた話よ。
Gさんは単発のアルバイトなどで生計を立てている人なの。
工場の臨時のライン工から引っ越しのお手伝い、果ては競馬場の芝の手入れとか、いろんな仕事をこなせる凄い人でね。
これは、そんなGさんがアルバイトで体験した、ある恐ろしい出来事の話なのよォ……。
その頃のGさんは、ちょうど仕事が全然ない時期で暇を持て余してたわ。
お金がない、お金が欲しい、そんな言葉がよく口から漏れ出てたそうよ。
そんなGさんに一本の電話が掛かってきたわ。
出てみると、それはGさんがよく単発アルバイトに行っている解体業者の社長さんからだったの。
この会社は仕事は重労働でキツいし社員さんはすぐ怒るしで、他のバイト仲間からはあまり評判がよくない所だったわ。
でもGさんとしては、仕事や人自体にはそこまで苦には感じないし、時給も良かったからよく働きに行ってたそうなの。
「もしもし、どうしたんですか?」
『G君に頼みたい仕事があるんだけれど、今って忙しい?』
なんでも急な仕事の依頼が来て人手が足りなくて、いつもは派遣会社を通してアルバイトを集めているんだけれど、今回はそういった時間の余裕が無い。
そこで、よく来てくれてるGさんに直接お誘いの電話をしたということなのね。
『泊まり込みで2、3日掛かるんだが、仕事自体はそこまで大変な事はしなくていいし日給も3万出すけど、どう?』
社長にそう言われて、Gさんは少し考え込んだわ。
仕事内容はどうであれ、3日なら9万も貰える仕事を今貰えるのは有難い。
ただ、いくら急ぎだからって直接自分に電話してくるのはちょっと引っかかったんだって。
でも仕事も丁度ない時期だったから、Gさんはこのお誘いを受けることにしたわ。
そうして仕事の当日。
Gさんは白い大型バンで社長さんや他の作業員数人と一緒に現場へ向かったわ。
町をいくつも抜けて、山の風景が近くなってきたなと思ったら林の中の曲がりくねった道をずーっと通って、何時間もかけてやっと到着した遠い場所が現場だったんだって。
そこは自然豊かな風景の中にある、まるで時代劇に出てきそうなお屋敷だったそうよ。
何かの施設かと一瞬思ったGさんだったけど、門の横に表札で「才川」って出てたから、個人宅の様だったわ。
門をくぐると、すでに重機などいろんな機械がすでに敷地内にあって、作業もそこそこ進んでいるように見えたわ。
ただ、重機に書いてある会社の名前が電話をくれた会社のとは別のものだったのが、Gさんはちょっと気になったんだってェ……。
Gさんが社長に連れてこられたのは、母屋から通路で繋がっている離れの一室だったわ。
部屋の障子戸を開けると、中は様々な木箱や骨とう品と思しきもので埋め尽くされていたの。
そしてその中に、目を見張るようなものがあったんだって……。
それは木で出来た、人間ほどの大きさの像だったそうよ。
例えるなら……お寺に有りそうなやつって、Gさんは言ってたわ。
「部屋の整理をしながら、これを見張るのがG君の仕事な」
なんでも、価値にして数億円は下らないものだそうで、盗難されないように誰かが見張って無ければならないそうなの。
そういった美術品には疎いGさんだったけど、見ていると細部の造形とか細かくて、本当にそれくらいの価値があるように思える出来栄えだったんだって。
そんな訳でGさんの仕事が始まったわけだけど、これが中々大変だったそうよ。
ただでさえ、ざっと何百点以上もある品物を1つ1つ慎重に、壊さないように仕分けて目録を付けなきゃならないそうなの。
いつもに比べて、精神的に疲れる仕事だったそうよ。
途中で気分転換に外の空気でも吸おうと窓を開けると、家の裏手に広がる畑がGさんの目に入って来たわ。
そこでは、畑仕事をしている近所の人と思われる、おそらくご夫婦の姿があったの。
ちょうどお互い目が合ったのでGさんが挨拶をすると、奥さんと思われる年配の女性が妙に驚いた顔をしたわ。
「……アンタ、新しい解体工事の人かい?」
「……? ええまあ、そうですけど……」
「そうかい……まあ、せいぜい頑張ってなあ」
そう言うと、女性は仕事に戻ってしまったわ。
妙によそよそしい態度だったのと、新しい解体工事の……って言葉に違和感を覚えたGさんだったけど、気にせず自分も仕事に戻ったの。
それからしばらくして、Gさんはトイレに行きたくなったわ。
たしか入口近くに仮設トイレがあったのを目にしていたから、そこへ用を足しに部屋から出ようとしたのだけれど、それを見た作業員の人が急いで駆けて来たの。
「おい! どこへ行こうとしてるんだ……」
「へ? いえ、外のトイレに行こうかと」
「……お前はダメだ。そこの……それ、それ盗まれたらヤベえから。完了するまで部屋から出られると困るから」
そう言って、作業員はいったんその場を離れると、何かを持ってGさんの元へ戻って来たわ。
これ、と言って手渡してきたのは、携帯式のトイレだったの。
床に立つビニール袋状の物だってGさん言ってたわ。
「とにかく、要るもんは全部用意するから、頼むから部屋から出てこないでくれ」
携帯トイレをGさんに手渡すと、作業員は再び仕事へ戻って行ったんだって。
いつもの仕事でも横柄な態度をするような人たちだったけれど、今日はそれにも増してやけにピリピリしているな……。
Gさんはそう感じたと同時に、これから数日ずっとこの部屋から出られない事が分かって頭を抱えたわ……。
そうこうして、アレだけ大変だと思っていた作業も夜になる頃には全部終わってしまったわ。
ただそうなるとGさんの仕事って、あとは木の像の見張りくらいしか無かったのね。
残り数日、この部屋で木の像とにらめっこか……そう思うと、ため息が出るばかりだったそうよ。
……さて、その日の晩の事。
Gさんはとある夢を見たわ。
どこか、暗い暗い和室の中……。
青白い炎がいくつも漂っている、その中央で……。
子供と、大人の女がお手玉をして遊んでいる……。
女はGさんが見ていることに気づくと、そちらを向いて手招きをしてきた……。
おいで、おいで……と、口の端をおもいっきり釣り上げた笑顔で……。
気が付くと、太陽の光で部屋の中はすっかり明るくなっていたわ。
(もう朝か……さっきの妙にはっきりした夢はなんだったんだ……)
そんな事を考えながらGさんは布団から体を起こして……そのまま横に倒れてしまったわ。
妙に体に力が入らない、それに体がずぶ濡れになっているかのような悪寒を感じる。
そうしていると、Gさんの様子を見に社長が部屋のふすまを開けて顔を覗かせて来たわ。
「体調が悪いようなら、今日は一日この部屋で横になってろ。なに、ちゃあんとバイト代は出してやるから」
その代わり見張りだけはしっかりしろよ……そう言って、社長はすぐに母屋へと戻って行ったわ。
それから、重機の動く音や柱がメキメキと折れる音なんかを耳にしながらGさんは横になっていたのだけれど、体調はなかなか良くならなかったわ。
幸い、スマホで色々気分を紛らわす事が出来て多少は楽になったそうだけど……。
そんな中GさんはGPS機能を使って、今いる屋敷がどこら辺に有るのかを、なんとは無しに調べてみたの。
画面に表示された地図には、屋敷の周りには殆ど民家らしきものが見えず、本当に山奥なんだという事が分かったわ。
住所を見ても初めて見るような地名で、なんだか凄い所に来てしまったって、今さらになってGさんは思わされたそうよ……。
午後になると体調がいくらか良くなったから、Gさんはまた部屋の窓を開けて外の空気を吸おうとしたんだって。
外では昨日と同じように、近所のご夫婦が畑仕事をしていたわ。
またしても目があってしまったので、Gさんは努めて明るく挨拶をしたの。
奥さんと思われる女性はまたしても驚いたような、もしくは恐ろしいものを見るかのような目をしていたそうよ。
「……アンタ、大丈夫かい?」
「ええ……まあ……」
「そ、そうかい……? それならいいんだけど……」
それから女性は少し考え込んで、こんな事を訪ねて来たんだって。
「……この屋敷で何があったか、アンタ聞いてるかい?」
「いえ……自分ただのアルバイトで来てるんであまり……」
それを聞いて女性は何かを言いたそうな顔をしたけれど、結局何も言わずに、やっぱりどこかよそよそしい態度で畑に戻って行ったわ。
その後は特に何事もなく夜を迎えたわ。
出されたお弁当は結構高い物だったそうだけど、まだ体調が戻り切ってないせいかGさんは半分しか食べられなかったそうよ。
そうして暗い部屋の中で……そもそも電気が通って無かったのだけれど……Gさんはこの仕事がいつ終わるのか段々不安になって来たんだって。
母屋の方を見ると解体作業はあまり進んでおらず、数日では終わらなそう。
もしかしたら1週間以上はかかるんじゃ……なんてGさんが考えていた、その時だったわ。
コンコン……コン……。
誰かが窓を小さく叩く音がして、Gさんはびっくりしたわ。
少し迷ったけれど、確認するために恐る恐る窓に近づいて見ると……。
そこには、畑にいた女性の顔があったわ。
昼間と同じように何かを言いたそうにしているので、Gさんは窓を開けて話を聞いてみることにしたんだって。
「あの、どうされましたか……?」
「私……あんまり関わり合いになりたくなかったから迷ったんだけれどねえ……」
「えっと……」
「アンタ何も知らないみたいだから、放っておいたら可哀そうだと思って……」
そうして、意を決したように女性はこう言ったそうよ。
「……アンタね、今すぐここから逃げた方がいいよ」
Gさんは急にそんな事を言われて困惑したわ。
逃げろだなんて、そもそも理由がさっぱり分からない。
そんな風にしていると、業を煮やした女性が続けてこんな事を言い始めたの。
「この家に住んでたお爺さんがその部屋で首吊ってるんだよぉ!」
急に人が死んだとか言われたGさんは驚愕したわ。
「この家……才川さんっていうんだけど、前からちょくちょく変な事が起きる家って言われてたんだけど……お爺さんも首吊っちゃうし、それからすぐにお婆さんもおかしくなって遠くの病院に入れられるしで……」
女性の話によると、それから数年後に屋敷に解体業者が入ったんだけど、何かが起きて救急車が呼ばれる騒ぎになったんだって……。
それから何か月も作業が中断していた所にGさんたち別の解体業者がやって来たから、女性は不審に思いながら、畑仕事をしながら観察してたそうなの。
「なんだかアンタ事情も全く知らないみたいだし、それなのにこの部屋に一日中いるみたいだし、昨日よりも顔がやつれてるように見えるし……」
「それは……不味いんですかね?」
「分かんないけど、そう思うよ……? とっ、とにかく私は言ったからね……!」
それだけ言うと、女性は近くに停めていた車に乗って去っていってしまったわ。
Gさんはというと、急にそんな事を言われてただただ戸惑う事しか出来なかったんだってェ……。
そもそもこの部屋で人が死んでる事と、自分の身が危ない事が結びつくような気はしないし、逃げろと言われても仕事を無断で辞めるわけにもいかなかったの。
ただ……あの女性にそういう事をいわれて、Gさんの頭に1つ疑問が浮かんだの。
それは、この部屋にある木の像の事だったわ。
社長の話によると、これは数億円の価値が有って作業中Gさんが防犯のためにずっと見張っていなきゃいけないという事だったわ。
でも、Gさんが最初にこの部屋に来た時は部屋には誰もおらず、とっくに誰かに盗まれててもおかしくない状況だったのね。
そもそも部屋になっているんだから、防犯のためにはしっかりと鍵をすればいいだけの話だったわ。
それじゃあ、防犯のためにGさんをここに置いてるわけじゃないのだとしたら……。
執拗に部屋から出さないようにしている理由は……。
社長や作業員がこの部屋に入りたがらないのは……。
「……この像に何かあるのか?」
起き上がったGさんが、スマホの明かりを頼りに木の像の顔をしげしげと見つめていると、ある事に気が付いたわ。
昨日の夜夢で見た、青白い炎に囲まれて子供と遊んでいる女……。
その女の顔と、木の像の顔が瓜二つだったの。
それに気づいた瞬間、もうGさんはこの部屋から逃げ出したい気持ちでいっぱいになったの。
何故か、と言われてもそれは彼自身も上手くは言えなかったらしいけど、理屈ではなく本能でこの部屋にいると危険だって思ったんだって。
とにかく、この目の前にある像が怖くて怖くて仕方なくなったの。
でも、逃げるとしてもどうすればいいのか、Gさんには分からなかったわ。
ここへは会社の車で連れてこられたわけだから、それが使えないなら徒歩で帰れなければならない。
徒歩で逃げ出したとしても、途中で気づかれたら車で追いかけられてすぐ捕まってしまうかもしれない。
……ねえ、もしキミだったら、この山奥からどう逃げる?
……うん……ふぅん……でもそれだと、結構危なくないかしら?
夜だしクマが出るかもしれないし……。
とにかく、どう逃げるかGさんが考えていると、そこに友人からメールが送られてきたわ。
『ヒマなら肝試しに行こうぜ。死んだ看護師の出る廃病院があるって教えてもらったんだ』
要約すると、そんな内容だったそうよ。
それを見たGさんは、友人にここまで迎えに来てもらう事を思いついたんだって。
スマホで現在地の正確な住所を調べて、それと近くまで来たら明かりも消してなるべく静かにしてから合図を送ってほしいってメールを送ったわ。
荷物をまとめて、あとは友人が車で近くまで来たらソッと屋敷から逃げ出すだけ……。
ただ、屋敷内には社長や作業員がいてすぐバレるかもしれない。
そう考えたGさんは、門からではなく今いる部屋の窓から逃げ出すことにしたの。
友人に連絡を送ってから2時間ほど経った真夜中ごろに、屋敷の前まで来たというメールが送られてきたわ。
Gさんは近くに誰も居なさそうな事を耳で確認すると、こっそりと窓から屋敷の外へ出たわ。
その途中、一瞬だけ木の像が目に入ったんだけど、その時こちらを見ていた……ような気がしたそうよ。
外に出たGさんは、足音を立てないように慎重に歩みを進めたわ。
途中、母屋の横を通り過ぎる時があったんだけど、誰かに見つかるかもしれないという緊張感で、心臓がバクンバクンと大きく波打って辛かったんだって。
とにかくそうして門の前の道にまで出ると、暗闇の中で明かりを消した友人の車がうっすらと見えたわ。
Gさんはそれを見つけた途端に、もう音を殺すのも忘れて走り出して滑るように乗り込んだの。
「Gお前どうしたんだよ、こんな所まで来させてさあ」
「いいから、いいから車出して! 早く!」
文句を言う友人を制して車を発進させようとするGさんだったけど、ライトをつけた途端に屋敷の門から誰かが出て来るのが見えたわ。
それは、ものすごい形相でこちらを睨みつけてる社長だったの。
「アァ──がっ! ジャ──ぁあッ!」
窓を閉め切ってるからよく聞こえなかったけれど、何やらもの凄い怒声を飛ばしているのだけは分かったわ。
「ほらぁ、お前がバイトをバックれようとしてるのバレて怒ってんじゃん。ちゃんと説明しろよなあ」
そういって友人は動き出そうとした車を止めてしまったわ。
直後、車に向かって社長が駆けだして来たから、Gさんはもうパニックになってしまったんだって。
「いいから出せ! 車出せぇ!」
Gさんのあまりにも取り乱した姿にただ事じゃない雰囲気を感じた友人は、間一髪社長が車のドアに手を掛けようとした瞬間に車を急発進させたのね。
社長の姿はあっという間に暗闇の中に見えなくなったわ……。
「なあ、さっきのなんだったんだよ……」
運転しながら訪ねて来る友人に、Gさんは混乱する頭の中をどうにか整理して伝えたわ。
アルバイトの内容、奇妙な夢の話、そしてその屋敷で死人が出ている事……。
「……よくわかんねえけど、考えすぎじゃねえかな」
Gさんの話を聞いて、友人は苦笑するばかりだったそうよ……。
その後、無事家に帰れたGさんだったけれど、心は全然休まらなかったわ。
というのも、スマホに社長からの電話が鬼のように掛かって来ていたの。
もちろんGさんは出なかったけど、朝が開けるまでずーっと、ずぅっと……かかり続けてたそうよ。
そうして連絡が途絶えて、1週間くらいしてからGさんは例の解体業者の事務所を覗きにいったの。
流石に逃げ出すまでの給料をもらいに行こうという訳では無かったけど、社長たちは無事解体工事を終えられたのかが気になったんだって。
何度か日にちを変えたりして様子を見に行ったんだけれど……結果としては、事務所は人気が無くて誰かが出入りしてる所も確認出来なかったわ。
……自分が逃げ出したせいで、社長や作業員の人たちに何か不幸な事が起こったんじゃないか。
それだけが、Gさんは心残りだったそうよ……。




