5-3「両手から溢れるほどの……」
「……っていう話だったんだけど、どうだったかしら?」
話を終えたお姉さんが口角の端を吊り上げながら、隣で青い顔をしているワタルに尋ねる。
ワタルは眉をひそめながら答えた。
「……あの、最後Eさん取り憑かれてません?」
「取り憑くってェ……?」
「いえあの、なんか……座敷童に囚われてません? これ……」
聞いた感じでは、Eさんはわざわざその宿の近くで働くようになってしまっているようだ。
ならば、彼の人生が座敷童を中心になってしまっているのではないか、ワタルはそう感じたのだった。
「んー……でも、何か呪いとか祟りとか、不思議な力で……って感じじゃないと思うわよ?」
「そ、そうですかね?」
「単純に過去の思い出に浸りたいだけじゃないかしらァ……?」
お祓いとかで解決できない分、そっちの方が厄介では無いか。
ワタルは心の中でそう思った。
「ねね、それで……どこが怖かったァ……?」
お姉さんがニヤニヤしながら聞いてくるので、ワタルは聞いたばかりの話を思い返しながら答えた。
「うーん……やっぱり、書斎のシーン……じゃないです……かね?」
「ふふっ、どうして……?」
「そ、そりゃあやっぱり……水音が聞こえるのも怖かったですが……薄暗い部屋でいろんな収集品たちに見下ろされるのを想像すると……」
人形、絵画の中の人、あと日本酒……そういった様々なものが薄暗い部屋の中、自分を見下ろしている。
まるで、今から襲う獲物を品定めしているかのような……。
そういったイメージを思い浮かべてしまい、ワタルは背筋に冷水を掛けられたかのような冷たさを覚えた。
「そうねェ……私としては、やっぱり得体の知れない物が家の中にいるのが怖いかなァ……」
「た、確かに……それも」
と言いかけた次の瞬間、いつの間にか背後に回っていたお姉さんがワタルの首筋にぴとりと両手を添えた。
夏だというのに、彼女の指先は妙にひんやりとしていた。
「ひっ……!」
「薄暗い部屋で、背後から何かが近づいてくるシーンもなかなか怖かったと思わない……?」
耳元にだんだんとお姉さんの声が近づいてくる……。
ワタルの心臓はドクンドクンと大きく脈打ったが、それが恐怖からのものなのか、それとも違う何かなのかは自分でも分からなかった。
「ぴちゃり……ぴちゃり……どんどん何かが近づいてきて……」
お姉さんの指先に力が入る。
耳元に吐息の温かさを感じる。
……ワタルはもう限界だった。
「……も、もう! そうやって怖がらせるのやめてください!」
そう言ってワタルは背後にいるお姉さんを振り払う。
お姉さんは悪戯を叱られた子供のように照れ笑いをしながら、ワタルの横に再び座った。
「うっふふふふ……ごめんなさい、ちょっとからかい過ぎちゃったかしらァ……」
言葉とは裏腹に、満足そうな笑みを浮かべるお姉さんに対して、文句を言おうと思ったワタル。
しかし何を言っても無駄そうだと観念して、はぁ……とため息をついてから話を続けた。
「……それで、いつもの事ですけど……その幽霊? ってなんだったんですか、結局」
お姉さんの話す怪談に出て来る怪異は、基本的に正体がはっきりしないものが多い。
どうせ聞いてもよく分からないんだろうなと思いつつ、ワタルは質問をしてみた。
「そうねえ、まずはキミの考えが聞きたいなァ……」
「そう、ですね……やっぱりコレクションの中のどれかに、すっごいヤバいのがあったとかじゃないですか?」
古今東西の様々なものを集めたのだ、その中に強い幽霊とか宿っていても不思議ではない。
しかしそれを聞いたお姉さんはフフっと笑みを浮かべながらこう言ってきた。
「キミって、ファミレスのドリンクバー行ったら、全部混ぜジュースとか作ったりする?」
「全部……ま、まあ、しますかね」
いつだったか、えーちゃんとカッツと3人で近場のファミレスに行ったとき、3人でジュース全種類にコーヒーやお茶まで混ぜたものを飲んで、最悪な気分になった事をワタルは思い出した。
しかしなぜ今、そんな事を……?
ワタルは訝しんだ。
「でね? その不味くなったジュース、何が原因で不味くなったと思う?」
「んー……いや、単品それぞれは普通に美味しい訳ですし、何かが悪いというより、混ぜた事自体が悪かったんじゃないですかね?」
「そうね、そして今回の話も同じことだったんじゃないかなあ……って、私は思うの」
同じ?
同じとはどういうことだろう、ワタルはますます訳が分からなくなった。
「たくさんのコレクションの中に不味いものがいくつかあったとして、その1つ1つはそれほど危険なものじゃなかったと思うの」
お姉さんは、身振り手振りでコレクションがたくさん有る様を表現しながら言う。
「……で、それらが1つにまとめられたせいで、混ざりあって強力な怪異になってしまったんじゃないかって」
「……あっ、それってアレですか? その、蟲毒……とかいう」
「あら、よく知ってたわねェ!」
蟲毒とは、壺に様々な毒虫たちを入れて最後の1匹になるまで喰い合わせることで、強力な呪いを持つ蟲を作る方法……だったとワタルは記憶している。
たしかえーちゃんが以前言っていたのを覚えていたのだった。
「だから、今回の話は偶然起こってしまった恐ろしい出来事だった、って私は思うの」
なるほどそういう事か、と納得しかけたワタルであったが……。
色々なものが混ざり合った怪異の割には、着物を着た女性という具体的な姿が見られている事。
そして、それほど強力な呪いがコレクションを返すだけでどうにか出来た事。
その事が妙に引っかかりを覚えたが、それを言うのも野暮なような気がして、口をつぐむのだった。
「でもどうして、人って何かを集めたがるんですかね?」
今回の話の感想を言い合う中で、ワタルはぽつりと言った。
今日見たカッツの部屋や、話の中に出て来たEさんのお父さんの書斎、あとお姉さんの部屋の本棚など……。
どうやら何かをコレクションする人は、ワタルの思っていたよりも結構いるようだった。
だが、どうしてそれらを集めるのかが自分ではまだよく分からずにいた。
「そうねえ……」とお姉さんはしばらく考え込んでから、こう答えた。
「……安心、したいんじゃないかしらァ」
「安心……? 集めることが、ですか?」
「例えば、Eさんのお父さんはお金や恫喝、犯罪まがいの方法で高価だったり珍しかったりする物を集めていたわね?」
そう、その結果統一感の無いコレクションになってしまっていたはずだ、とワタルは思い返していた。
「そのコレクションの1つ1つが、Eさんのお父さんの力の証明だったんじゃないかしら?」
ああなるほど……とワタルはようやく理解が出来た。
つまり、それがたくさんあればあるほど自分は凄いんだ、という安心感が得られるという訳か。
それを伝えると、お姉さんは大きくうなずいた。
「まあ想像する事しか出来ないけど、でも集めた物を見て安心するっていうのは、逆を言えば自分に対しての自信が無かった事の現れ……だったのかもしれないわねェ」
「でも、それってなんだか……」
なんだかとても虚しい行為のように、ワタルは感じてしまうのだった……。
「一方、キミの友達なんかは本当に好きだって感情から、カイモングッズを集めているのは……」
お姉さんの口からカイモンの名前が出たのを聞いて、ワタルは彼女がカッツと同じようにガチャガチャを回していたのを思い出した。
「そういえばさっき商店の前でガチャガチャしてましたけど、お姉さんってカイモン好きなんですか?」
ワタルがそう尋ねると、先ほどまで饒舌に語っていたお姉さんが一瞬ピシッと止まり、ゆっくりとこちらに振り返った。
「……いえ、別に?」
「エッ……でもガチャガチャを」
「フィギュアの造形が私の好みだから回していただけですが?」
……絶対好きだろうに、どうして強く否定するのだろう。
ワタルにはそれが分からなかった。
「……やっぱりお姉さんもゴールデンべとべとさん狙いで回してたんですか?
「えっ、いや、その……」
急にお姉さんはしどろもどろになる。
「いや私としては本当に欲しかったのは座敷童の式太朗くんだったんだけどでもそういうのに限って物欲センサーが働いて私の所に来てくれなくって……」
「……ん?」
お姉さんの口からどこかで聞いた名前が出た事にワタルは反応した。
そういえばさっきもその名前が出たような……。
「……あの、お姉さんの欲しいフィギュアってもしかしてこれですか?」
ワタルはそういいながら、ポケットからさっきカッツから貰った式太朗のフィギュアを取り出して見せた。
「……アッ!!!!!!!!!!!!!」
お姉さんから、信じられないようなボリュームの声が飛び出したのだった。
「あーっ!!!!!!!!!!!!!」
早朝の境内にカッツの大きな声が響き渡った。
「ちょ、カッツうるさい……」
「すっ、すまぬ……すまぬ……でもワッチン……それって……!」
そう言ってカッツの指さす先、ワタルの手のカプセルの中には金色に光る丸っこいフィギュアが入っていた。
──ゴールデンべとべとさんである。
「実は知り合いのお姉さんが持っててさ、昨日カッツがくれたフィギュアと交換してくれたんだよ」
なんと、カッツがアレだけ欲しがっていたフィギュアを、お姉さんはあっさりと手に入れていたのだった。
そこで、ワタルはお姉さんが欲しがっていた式太朗のフィギュアと交換するという形で、ゴールデンべとべとさんをゲットしたのであった。
「というわけで、これカッツにあげるよ」
「ぉぉぉ……ありがとう、ありがとうね……」
そう言って泣きながら感謝するカッツを見ながら、泣くほどの事かいと若干引きつつも、友達が喜んでくれる事がうれしく思うワタルなのだった。
「……そういえばワッチン、これ交換してくれたお姉さんってどんな人?」
「どんな人?」
突然聞かれてワタルは少し考えてから答えた。
「……なんか、変な人!」
(第5話、了)




