5-2「父の収集癖」
何かをコレクションするのって楽しいのよねェ……。
ほら、私も洋書のホラー小説を集めてるってさっき言ったじゃない?
本棚の3段くらいが真っ黒い表紙で埋め尽くされてるんだけど、それが目に入るたびにね……。
なんかこう、充実感を覚えるわァ……。
でもね、むやみやたらと集めるのだけはやめておいた方がいいのかもしれないわよ?
もしかしたら、大変なことになっちゃうかもしれないから……。
この話は、県内の温泉街で働いているEさんって人から聞いた話なの。
話はEさんが5歳だった頃から始まるわ。
当時、彼の父親は会社を経営していて、とても裕福だったそうよ。
バブル景気の最中に不動産業で大成功、というわけで高級マンションの最上階で暮らしていたらしいわ……羨ましいわね。
Eさんのお父さんは彼をとてもとても可愛がってくれたわ。
それこそ本当に目に入れても痛くないと言わんばかりの溺愛っぷりだったの。
休みの日はよく遊園地とかに連れて行ってくれたし、欲しいものはなんだって買ってくれたわ。
反面、他の家族にはまるで関心が無いような接し方だったそうよ。
当時Eさんとお父さんのほかに、家族はお母さんとお姉さんがいたわ。
ただ、自分の妻であるEさんのお母さんには言葉数も少なく殆ど事務的な会話しかせず、お姉さんに至ってはまるっきり無視する有様だったわ。
Eさんのお母さんも、自分の子供たちの世話は家政婦任せでいつもどこかに出かけていたわ。
それに、わざわざ家政婦にそう指示したのか、食事はEさんの分だけしか作らせないようにしていたそうなの。
現代だったら児童虐待で通報出来ちゃうわ。
幸い、ご飯の量が多すぎたから、お姉さんと二人で分け合って食べるのがちょうどよかったそうなんだけれどね。
そんなお姉さんはというと、お父さんほどではないけれどEさんを可愛がってくれたの。
玩具で遊んだり絵本を読んだりしてる時とか、よく相手をしてくれたりして……。
Eさんはそんなお姉さんが大好きだったそうよ。
さて……そんなEさんの家族たちだけれど、彼のお父さんにはとある趣味があったわ。
仕事で出張した時は決まって、その行った先々で何かしら買ってきていたそうよ。
それも珍しかったり高価だったりするものばかりで、そういうものを収集するのがもはや癖みたいになっていたのね。
そうして集めた物を書斎に飾っていて、Eさんはよくそれをお父さんに見せてもらっていたそうよ。
お父さんは何をどこで手に入れたか、自慢そうに言って聞かせたわ。
この人形は座敷童のよくでる旅館で飾られていたものだ……とか。
この日本酒は幻の酒で珍しいものだ……とか。
この絵画は泊まったホテルに飾られていた素晴らしいものだ……とか。
Eさんもお父さんのそういう話を聞くのが好きだったから、夜はいっつもお父さんにコレクションの話をせがんだそうよ。
そんな感じで、当時のEさんは何不自由なく楽しい毎日を送っていたのだけれど、それが唐突に終わりを迎える日が来てしまったの。
ある夜、Eさんがぐっすり寝ていると……。
──ぎゃあああぁぁぁぁーっ!!!
という、お父さんの大きな悲鳴が家じゅうに響き渡ったの。
Eさんが恐る恐る親の寝室を覗くと、お母さんが顔面蒼白で立ち尽くしていて、その足元でお父さんがひどく苦しそうな顔で、のたうち回っていたそうよ。
それから、我に返ったお母さんが救急車を呼んだんだけれど、病院に運ばれていくお父さんが何やら途切れ途切れに呟いているのを、Eさんは聞いたの。
「そん……われ……ない……そ……いわれ……い……」
なぜか知らないけれど、その言葉だけはハッキリと覚えてるって、Eさん言ってたわァ……。
それから、家の中の雰囲気は一変したわ。
まずどういうわけか、家政婦さんが急に家に来なくなったの。
その所為か、Eさんのお母さんが直接子供たちの世話をするようになったんだけど、なぜか常にびくびくと、何かに怯えている様子だったらしいわ。
そんな生活の中で、Eさんはお父さんが恋しくなってしまったのね……。
病院に行ったっきり、いつ帰って来れるかもわからない。
だから、せめてお父さんと過ごした時の事を思い出したくって、ある日Eさんは一人でコレクションのある書斎に入り込んだの。
主のいない書斎は、カーテンを閉め切っているのもあってかひどく薄暗くて不気味だったわ。
そして、人形や絵画といった様々なコレクション達が、まるでEさんを見下ろしているかのように圧迫感を放っていたそうなの。
その雰囲気に飲まれてしまったEさんは怖くなってしまい、部屋を出ようとコレクション達に背を向けた……その時だったわ。
──ぴちょん、ぴちょん……。
今まで物音が何一つしなかった室内に、急に何かの水音が広がったの。
突然の事に、Eさんは怖くなって動けなくなってしまったわ。
水音も最初は水滴の落ちるような音だったけれど、次第にトクトクと何かから零れ落ちるような音に変化していって最終的には……。
──ぴちゃり、ぴちゃり。
まるで、濡れた足で歩いてるような音に変わり、さらにはその足音が次第に自分の方に近づいてくるように感じたの。
Eさんはなおさら怖くなってしまって動けない。
なのに足音はどんどん自分に近づいてくる。
それが本当に怖くて怖くて仕方なくって、とうとう耐え切れずにEさんが泣き叫びそうになった、その時。
突然Eさんの口元を誰かが塞いだわ。
「……ダメよ。大きな声を出さないで」
それは、Eさんのお姉さんだったわ。
「このまま静かに部屋を出るの……いい?」
こくりと頷いたEさんは、お姉さんと一緒にゆっくりとドアまで行って、後ろを振り向かずにそのまま部屋の外へと出たの。
今の水音はなんだったのか、Eさんがそう聞こうとするよりも先に、お姉さんがこう言ったわ。
「あの部屋には、今おばけがいるの。だから入っちゃダメなの、いいわね?」
今まで見たことのないお姉さんの真剣な表情に、Eさんはただただ頷くことしかできなかったそうよ……。
それからしばらくすると、お母さんが家に知らない女の人を連れて来たんだって。
でも、その人は家に入った途端に具合が悪くなって、その後お母さんに支えられながらお父さんの書斎に行ったんだけれど、ドアを開けた途端に急に取り乱した様子を見せて……。
何やらお母さんに二言三言言ってからそのまま家を飛び出してしまったわ。
その人が誰なのか、なんで家に来たのか、この時の幼いEさんにはまだ分からなかったのね……。
その日以来、Eさんはお母さんに連れられて日本中のいろんな所に連れていかれたそうよ。
それはどうやら、書斎にあったお父さんのコレクションを元の場所に返すのが目的だったみたいね。
北は北海道から、南は沖縄まで……たまに海外にも行ったこともあったそうよ。
そうしてコレクションを返しに行った先では、時には酷く怒鳴られたり、逆に優しく迎えられたり、色々な対応をされたわ。
どうしてこんな事をするのか、なんで素敵なコレクションたちを返さなきゃいけないのか。
やっぱり幼いEさんには分からなかったけれど、返し終えるまでに1年もかかったそうよ。
そしてその直後に、Eさんは今住んでいるマンションから引っ越すことになったわ。
どうしてかお母さんに尋ねると、ただ一言。
「会社がつぶれちゃったの」
お父さんはずっと病院に入院していたのと、あと元からワンマン経営だったのもあったから、会社が立ち行かなくなってしまったのね……。
そして、引っ越しの当日お母さんと一緒に、今まで暮らしてきたマンションを後にしようとしたEさんだったけれど、その時お姉さんがいない事に気づいたの。
その事を伝えると、お母さんは困った顔をして、
「何言ってるの……お姉ちゃんなんていないでしょう?」
と言ったわ。
そんなわけない、お姉ちゃんはいたんだって、Eさんはお母さんの言っている事が理解出来ずに言い返して、マンション中くまなく探したけれど、お姉さんはどこにもいなかったの。
突然大好きだったお姉さんがいなくなってしまって、Eさんはただただ悲しくって、泣きじゃくる事しか出来なかったそうよ……。
さて、Eさんの生活はさらに一変したわ。
高級マンションから安アパートに、食事も豪勢な物から普通のものに。
お父さんは退院出来たけれど、殆ど寝たきりになってしまい、お母さんが代わりに働きに出るようになったわ。
だからEさんも家の家事全般やお父さんの看病を任されて、ろくに遊びに出かけたりとか出来なかったそうよ。
でもね、それでも家族揃って食事が出来る時間が増えたのは、Eさんは結構嬉しかったって言ってたわ。
……ただここにお姉さんが居ない事だけが、寂しさを覚えたのだそうだけれど。
そうした暮らしを何年もしてEさんが高校生になった頃、寝たきりだったお父さんが急死したの。
お葬式も済ませてひと段落ついてから、Eさんはお母さんにお父さんの事を尋ねてみたの。
特に、あの書斎のコレクションはなんだったのか、急にそれを元あった場所に返すことになったのはどうしてか……など。
Eさんのお母さんはこう教えてくれたわ。
子供の前では優しい顔しか見せなかったEさんのお父さんだけど、実際のところとても酷い人間だったそうよ。
身勝手で傲慢、自分の事しか考えてないような人で、会社でも部下にパワハラ三昧。
そして妻子がいるにも関わらず、他所に愛人をたくさん作ったりしていたらしいの。
そもそも、会社を立ち上げる時のお金だって、若い頃にスナックで働いてた竹中幸子さんっていう女性から、結婚詐欺まがいの手段で巻き上げたものだったって……。
Eさんのお父さんが酔っ払った時にこの話をした時は、さすがのお母さんもこれを聞いて言葉を失ったんだって。
……それで、お父さんが倒れたあの日。
お母さんが寝ていると急に隣で横になっていたお父さんが大きな悲鳴を上げて苦しみだしたそうなの。
心配したお母さんが起き上がると、苦しんでいるお父さんの近くに、何かが立っていたわ。
暗くてよく分からなかったけど、おそらく着物を着た女性のような……。
それが、お父さんを見下ろすような形で佇んでいたそうなの。
そしてその女性は、お父さんが病院に運ばれていった後でも度々家の中で目撃されるようになったわ。
家政婦さんがそれをよく目にしたようで、それが原因で怖くて辞めてしまったのね。
Eさんのお母さんも例外ではなく、家にいる間中視界の隅に何かがずーっと見えるような気がして、怖くて仕方なかったんだって。
それで、耐えられなくなったお母さんは知り合いの伝手を頼って、ちゃんとした霊能者を呼んでどうにかしてもらおうとしたわ。
ただ、家に入るなり具合が悪くなって、お父さんの書斎を見せると取り乱しながらこう言ったそうなの。
「ご主人が集めたものの中に、良くないものがいっぱいあるように見える。ただ、それらを1か所に集めたせいでどれが原因なのかが分からない。これでは自分の手に負えないので、どうにかしたいならそれぞれ元あった場所に1つずつ返していくしかない」
霊能者はそれだけいうと、一目散にEさんの家から逃げて行ったんだってェ……。
お母さんは言われた通りに、お父さんの集めたコレクションを元にあった所へ返し始めたわ。
でも、どうやらお父さんはそれらを手に入れるために、時には大金を出したり、時には恫喝や暴力、酷いときには窃盗まがいの事をしていたらしいの。
だから、返しに行った先で酷く怒られたりすることが大半だったのね。
そしてコレクションを返し終えたお陰で、謎の女も見えなくなったそうよ。
「最初はお金目当てで結婚したけれど、こうして死なれると寂しいものねえ……」
最後にお母さんは、お父さんを想っての言葉をぽつりとつぶやいたんだって……。
それからしばらくして、Eさんは県内のとある温泉街の宿を訪ねたわ。
その宿にはね……座敷童が宿っていると言われている、古い日本人形があったの。
そしてそれは、お父さんのコレクションの中にあった一品でもあったわ。
その人形を前にすると、Eさんはとても懐かしい気持ちになったそうなの。
それは、幼い頃お姉さんだと思っていた女の子と一緒にいた時の、心が温かくなるような気持ちだったんだって。
たぶん、宿に居た座敷童が人形と一緒にうちに来てしまったのがお姉さんの正体だったのだろう、Eさんはそう結論付けたそうよ。
それ以来、Eさんはちょくちょくその宿に泊まりに行くようになったんだって。
そうすることで、いつでもお姉さんを思い出すことが出来るから……。
とっても嬉しそうな顔で、そう言っていたわァ……。




