鷺は立ちての跡を濁さず
「どしたん。話聞こうか?」
「……うん?何の話?」
駄目だ、全然話を聞いていない。
楓が私の部屋に押しかけてから二週間ほど。何故か分からないが、楓は毎日のようにうちに来るようになっていた。もはやこの部屋で生活しているのに等しい。何度も突き返そうとしたけど、ご飯を奢ってもらったり、家事炊事をしてもらったり。そんなこんなで、楓は実質この部屋に居付いてしまっていた。怪盗レイナを監視するつもりだか知らないけど、絶対に尻尾は掴ませてやらない。
そんな楓だったが、昨日くらいからずっと難しそうな顔をして私を睨んでいた。何を聞いても上の空で、質問を無視する……のはいつものことだけど、何か思い悩んでいるようだ。
「何か困ってるんじゃないの?バレバレだよ。そんな繊細なの、柄じゃないでしょ」
「失礼な!私だって、繊細な乙女なんだからね」
乙女という歳じゃないだろ。アンタもアラサーなんだからさ。……というのは、私にもダメージが入ってしまうのでやめておいた。
「家賃貰った恩義があるしさ。私でよければ話聞くよ」
そう、家賃。本当にマジで貯金がなくて、先月の家賃は楓に払ってもらったのだった。多分、今月も払ってもらうことになる。楓は返さなくていいとは言っていたけど、借りがある状況はなんだか怖い。だから、さっさと恩義を売って借りを返しておきたいのだ。
しかし、楓は暫く私を睨んだまま悩んでいた。それでようやく口を開く。
「怪盗レイナさんに、質問しても良い?」
「うっ、そういう話か」
「当たり前でしょ。この私を悩ませる原因なんて、怪盗レイナくらいなもんよ」
「繊細な乙女って設定はどこへ?」
「それで、単刀直入に聞かせてもらうけど」
私の問いを無視して、楓は続けた。
「指紋、貰えない?」
「嫌だ」
最後まで聞くことなく即答した。これまでの挙動不審と難しい顔は、私の指紋を狙っていたということらしい。
「そもそも、私は……怪盗レイナじゃないけど。じゃないけど、レイナは現場に指紋を残すなんてヘマはやらないと思うよ。指紋なんか調べて何になるのさ」
「いや、ね。指紋が出たのよ」
「そんなわけない!」
「うるっさいなあ。誰もあんたの指紋が出たなんて言ってないでしょ。トイペ窃盗犯と思われる指紋が出てきたの」
トイレットペーパーの窃盗。怪盗レイナが現れる直前くらいまで、美術館内のトイレで起きていた事件である。トイレの予備のトイレットペーパーが何度も盗まれる。張り紙をしても止まらず、犯人も見つからないので痺れを切らした館長が警察を呼んだ。そうしてやってきて捜査をしていた樫本楓が、何の偶然か怪盗レイナと出くわしたのであった。
「とにかく、私の指紋なわけないでしょ。トイペ犯が割れたところで、それが私……というか、怪盗レイナであるわけもないし。完全な別件ね」
「うーん、それがね。上の人は……トイペの犯人を怪盗レイナに仕立て上げて、さっさと事を終わらせようと思ってるみたいなの」
「は?」
「私だって、そんなの嫌なんだけど。だって、怪盗レイナはあんただし」
「違うよ」
「……一旦そういうことにしとくと、でも、明らかにトイペ窃盗犯はレイナとは違う。そうは思うんだけど、上の思惑に対抗するのは一介の刑事に過ぎない本官には難しいのです。よよよ……」
「それで悩んでたってわけね」
「怪盗レイナさん、助けてくれる?」
「助け……まず、私はレイナじゃないけど。楓がそんなに悩んでるんなら助太刀したいところだねえ」
それに、怪盗レイナとしても、せっかくのデビュー戦の手柄をどこの誰とも知れないコソ泥に持ってかれるのは癪である。何か良い作戦はないものか。




