自由を謳う不自由人
「げげっ」
思わず声が出た。
深夜の0時を過ぎるくらい、レイナのアジトから岬玲奈に戻ってきたところだった。安アパートの部屋に帰ると、部屋の前にはスーツの女が丸まって座り込んでいる。樫本楓である。
私が楓に気付くと、楓もこっちに気付いたようで、顔を上げる。
「あれ、ようやく帰ってきた。何してたの?」
「こっちの台詞。何してんのよ、部屋の前で」
ノロノロと立ち上がった楓は、腰を痛そうにしていた。しばらく部屋の前で丸まっていたらしい。伸びとかしている。
「ずっと待ってたの。無職のくせして全然帰ってこないんだからさ。待ちくたびれちゃった」
「なんで待ってたのか聞いてるんだけど」
「そりゃあ、ここが玲奈の部屋なんでしょ?」
「そうだけどさあ。それはアンタが私を待つことの理由にはならなくない?」
「疲れたぁー!はやく鍵開けてよ!」
よく分からないが、楓がうるさいので、折れた私は部屋に入れてしまった。
部屋の中に入った楓は、徐に服を脱ぎ始めた。
「バッ……!何してんの!」
「服脱いでるの。無職は知らないだろうけど、スーツって暑苦しくてキツいんだよねー。あ、お風呂借りるね」
目のやり場に困った私が部屋の隅の方で壁を凝視していたら、いつの間にか風呂場からシャワーの音が聞こえ始めていた。嵐のような女だ。
その場には脱ぎ捨てられた服とバッグだけが放り出されていた。スーツの上下だけは綺麗に整えられているが、シャツとか、あとは……下着とか。それらは床に放り出されたままだった。他人の部屋を何だと思っているんだ。
思い返すと、楓が自由人なのは昔からそうだった。あっちこっちの部活動に入っては辞めてたり。結局、私と一緒に帰宅部で落ち着いていた。あとは、文化祭のミスコンでグランプリを取ったのに、直前で表彰をすっぽかしたり。その時は私が代わりに出席することにさせられて、死ぬほど恥ずかしかった。それに、あの時だって。……あの時。
駄目だ。それは思い出してはいけない約束じゃないか。
反射的に、私は私の額を殴った。ここ2、3年はこんなのなかったのに。久しぶりに「それ」が記憶の奥底から出てこようとしてきた。楓と約束したんだ。あのことは、もう二度と思い出さない。封印しようって。
久しぶりに楓と会ったからか。記憶のトリガーに触れてしまった、そんな感覚がした。
「ねえ、タオル使っていい?いいよね!」
ぼんやりしていたら、だいぶ時間が経ってしまっていたらしい。楓がもう風呂を出てきたようだった。
「お待たせ。お風呂入ってもいいよ」
「何がいいよだ。そもそもここは私の部屋で……って、服着ろ!」
風呂あがりの楓は、全裸のままで出てきた。裸族かよ。いや、それ自体もツッコミどころだけど、まずは他人の部屋で脱ぐのをやめてほしい。警察を呼んでやろうか。いや、そもそもコイツが警察官だった。私は頭を抱えた。
「ねえねえ、パンツ貸してよ」
「パッ……はあ!?」
「ブラはどうせサイズが合わないからいいけど。パンツは替えたいからさ」
「どういう意味だ。……二つの意味で」
「意味も何も、一日履いたパンツをそのままとか、キモチワルイじゃん。玲奈はそういうの気にしないタイプ?」
「それは嫌だけど。そうじゃなくて、嫌なの。他人に下着を貸すなんて」
「えー。洗濯しないの?」
「洗濯はするけど」
「じゃあいいじゃん。綺麗!」
「物理的には綺麗かもしれないけど。なんか嫌じゃん、穢れっていうか」
「……私、穢れだったの?」
「いや、そんなこと言うつもりは……!」
「じゃあいいじゃん、貸してよ。洗って返すからさ」
言いながら、楓が抱きついてくる。視界の肌色の面積が広すぎて、目のやり場がない。
「わっ……わかった、分かったから!」
思わず、突き飛ばすようにして楓を引き剥がす。そのときに手が胸に触れてしまって、この感覚は長く私の中に残った。それ自体が不快というわけではないけど、その感触に動揺してしまっている自分が嫌だった。だって、私が抱くこの感情は……完全に、そういうことじゃないか!




