北の国へ
怪盗レイナが現れた。北海道、札幌某所の小さな宝石店である。ここの最高額のダイヤモンドの商品が盗まれ、その跡にはレイナのサインとともに「ダイヤのネックレスは頂いた」とのメッセージの入れられた紙が残されていた。
これはレイナを知る民衆の間には大きな驚きをもって受け入れられた。これまでのレイナは、全て東京都内での犯行であったからだ。
彼女の知名度も、一昨日の都内を駆け回る大立ち回りで上がったところだった。かと思えば、北の果ての北海道での事件である。注目されないわけがない。
「ただ……。これが本物のレイナかってところか」
田沼伊織は呟く。
「その真偽を検討しようにも、うちのお抱えのレイナ専門家(笑)は行方知れず。ごめんね、君も知ってるかもしれないけど変な奴なんだよ、あいつは」
伊織が居るのは、都内某所のマンション。部屋の中だからか流石にいつものトレンチコートは脱いでいて、横の椅子に掛けている。座って足を組んでいる伊織に対して、三宅樹はテーブルの向かい側に座って縮こまっていた。
「悪いね、急に押しかけてきて。楓にはここの住所と面倒見てくれってメールされただけで、君の連絡先は分からなかったからさ。肝心のあいつは、それ以降行方知れず。流石にこのニュースはあいつも見てるだろうけど。今頃どこで何をしているのやら。君は何か知らない?」
尋ねられたが、樹は首を横に振る。
「そう。まあ悪いのはあいつ……と、あとはレイナだし。君は悪くないよ。……たぶん」
伊織は突然テーブルの上に身を乗り出して樹の顔を覗き込む。驚いた樹は椅子をガタガタと鳴らして後ずさる。
「ずっと気になってたんだけどさあ。君、楓とはどういう関係なわけ?子供なわけないし、弟?でも苗字が違う。血縁者じゃないなら、何?」
「えっと……」
樹は目を泳がせていて、そんな樹をじっと見つめていた伊織だったが、すぐに椅子に腰を戻す。
「まあ無理に答えなくてもいいよ。家庭環境ってのは往々にして複雑怪奇なもんよ。警察として色々なケースに出会ってきて、それはよく分かってるつもり。時としてそれが問題になるときはあれど、片っ端から首を突っ込むのは私の仕事じゃあないからね」
樹は、ほっとした様子で胸を撫で下ろした。
一方で、話題の樫本楓はというと。バイクの後部座席で、深蘭にしがみついているので精一杯でいた。
深蘭と二人で、あらゆる場所を調べて回っていた。深蘭がバイクを乗り回し、楓はそれで連れて行ってもらう。
一睡もせずに動き続ける楓の体力もさることながら、それと一緒にバイクを飛ばす深蘭のタフさにも目を見張るものがある。
何時間走り続けたのか分からない。曲がりくねった山道を越え、長いトンネルを抜け、フェリーに乗って。二人は北の果ての大地へとようやく辿り着いたのだった。
都合の良いことに、樫本楓は警察官である。手帳をパッと翳してそれっぽいことを宣えば、大抵の場所には難なく入り込める。深蘭はそれらしい顔をして後についていけばいい。
ただ、楓は警察官だった。そのような、穴に漬け込んでルールを破るようなのはあまり得意ではないようだ。実際、この押し入る手法を提案したのは深蘭の方である。楓は言われるがままにそれらしい演技をしてみせるが、申し訳なさそうな顔が抜けていない。これがむしろ”それっぽさ”を演出してくれている面もあるのだが。
現場に入った楓は、すぐに違和感に気付いた。
「おかしいよ」
宝石店の入るビルのトイレ。深蘭は鏡の前で自前の長い黒髪を弄っていて、視界の端で難しい顔をする楓を見ていた。
「レイナじゃなさそうって?」
「いいや、そうじゃないんだけど。レイナのサインは本物っぽいし、こんなアホみたいなことするのあいつ以外に居るわけないし。ただ、いつものレイナとは何か違う気がするの」
「へぇ。具体的には?いつものレイナがやらなそうなこと、いつもだったらやってることとか」
「うーん。まず、やり口が普通すぎるっていうか。天邪鬼で捻くれてるから、あと一捻りくらいしてきそうなのに、それがない。手抜きとかじゃないんだけど、何かお荷物みたいなのを抱えてるような感じがする」
楓の言葉を聞いて、深蘭は少し考え込んでいた。だが、すぐにこのような答えを演繹した。
「例えば、誰かに怪盗の技術の手ほどきをしているとしたら?」
ハッとしたようで、楓は深蘭と目を見合わせる。
「今のレイナは、誘拐した千佳ちゃんを連れまわしてる。それどころか、千佳ちゃんを怪盗に仕立て上げようとしてる?」
「レイナが何を考えてるかは分からないけどねー。子供連れてる不自由な身で、そこまでして怪盗するって理由にはなるんじゃない?」
「ふむ。だったら……」
一人呟いて、楓は歩き出す。深蘭はそんな楓を満足そうに見ていて、その後ろをついていくのだった。




