青い空と灰色の雲
青い空、白い雲。天気は日本晴れ、心地よい朝の日差しに照らされて千佳は目を覚ました。
「おはよう。朝だよ」
千佳を起こしたのは、先に起きていたレイナだった。
「シャワーでも浴びてきたら?昨日はお風呂入らないで寝ちゃったでしょ?」
言われて、千佳は目を擦りながら無言でバスルームに向かう。その背中を見送りながらレイナは呟く。
「案外素直なところあるんだよな」
朝食は近くにあったコンビニで買ってきたおにぎりなどで済ませる。案の定というか、千佳はコンビニ飯とかは食べたことがなかったようで、新鮮というか、驚愕と不信と少しの満足が混ざったような変な表情をしていた。
「千佳ってさあ、普段何食べてるわけ?」
「何って、普通よ。いつもは朔弥が作ってくれるの。それか、シェフを呼んで作らせるわ」
「なるほど。舌が肥えてらっしゃるわけね」
行儀よく、よく噛んで食べている千佳の横で、レイナはさっさと食べ終えて何か調べ始める。
「今日はどこに行くのかしら」
ちゃんと口の中のものを飲み込んでから、千佳は尋ねた。
「さあ。どこに行こうかねえ。千佳はどういうところが良い?」
「んー。……おうちに帰りたいわ」
「そりゃあ聞けない相談だなあ。一応、誘拐してるんだからね?」
「そうなの?優しい誘拐犯だこと」
「優しい?そう思ってもらえるならうれしいことだけど。あなたにとっては、これが一番苦しいことだと思ってた」
「……どういうこと?」
「まあ、そのうち分かるんじゃない?」
レイナに連れられて千佳が向かったのは、大きめのレジャー施設。まだ夏休み前というのと平日であるからだろう、客は少なく、快適に歩き回れた。
千佳は相変わらずで、レイナの腕をがっしり掴んで離れようとしない。それだから、当たり前だが、千佳はアトラクションの類は全然やりたがらなかった。こういうレジャー施設は歩き回るだけでもそれなりに楽しめるものだが、やはりアトラクションを遠目に眺めているだけでは、少なくともレイナは退屈そうだった。
「ねえ、本当に何も乗らないの?」
堪えかねたのか、レイナが尋ねる。一方で千佳は、レイナに買ってもらったアイスクリームをちまちまと舐めながら答える。
「あんなので遊ぶなんて、お子ちゃまみたいじゃないの。私は別にいいわ」
レイナに目もくれないままアイスを舐めている千佳の横で、レイナは小さく「あんたも子供だけどね」と呟く。幸い、千佳には聞こえていなかったようだ。
「千佳って、何がやりたいの?」
「何度も言っているでしょう。おうちに帰りたいわ」
「そうじゃなくてさ。なんて言えばいいかな……」
レイナは唸りながら悩んでいる様子だった。そして、脳内の悩乱を押し出すかのように息を吐く。
「千佳は、怪盗は好き?」
レイナが尋ねると、千佳はアイスを舐める舌を仕舞って口を閉じた。アイスクリームを眺めているままじっと動きを止めていて、アイスが溶け始めているのを見たレイナが「溶けちゃうよ」と声を掛けて、ようやく口を開く。
「怪盗は、かっこいいものだから」
「……好きなの?」
千佳は、小さく頷いた。
「そっか」
「自惚れないことね。あなたが好きだなんて、一言も言ってないわよ」
「ふふ、確かにそうだね」
「ちょっと、何を笑っているのよ」
千佳がアイスをちょっと振ると、溶けていたせいだろう、服の上にアイスの塊が落ちる。
洋服を着替えて、帰りのバスに乗った頃には千佳はすっかりテンションが下がってしまっていた。もともとテンションが高かったわけではないが、明らかに機嫌が悪い様子である。
人が多い場所でも多少は口を開くようになっていた千佳だったが、すっかり押し黙ってしまっていた。最初の頃と同じで、黙ってレイナの腕を掴んでいるだけだ。そんな千佳を見やり、レイナは小さく溜息を吐いた。
ちょっと大きめの街に出て、駅の近くのファミレスに二人は居た。まだ日は高いはずだが、曇っているせいで外は薄暗い。そろそろ降り始めるだろうか。
千佳はというと、ファミレスなりにメニューの中で一番高いハンバーグを頼んでもらったというのに、相変わらず落ち込んでいる様子だった。思わずレイナは零したのだった。
「めんどくさい子ねえ」
それで千佳は顔を上げる。
「何よ、面と向かってめんどくさいって」
「初対面で飽きたって言った人の言葉とは思えないね」
「むぅ……。それは……」
結局うまく答えられず、千佳は口ごもっていた。答えないまま、ほろほろのハンバーグに上品な手つきでナイフを付ける。
「千佳ってさ。答えたくないなら答えないでいいんだけど。……ご両親って、なんていうか……」
「お父さまもお母さまもいないわ」
レイナの言葉を最後まで聞くことなく、千佳は答えた。器用に一口大に切り分けたハンバーグを口に運ぶ。
しっかり咀嚼してから飲み込んで、それから千佳は言葉を続ける。
「お父さまは、私が生まれた次の年に行方不明になったの。今でも消息不明のままよ。お母さまも、私が小学校に上がる前くらいに帰らなく……比喩とかでなく、あるとき家を出て以降、帰ってこなかったわ。それからは、ずっとおばあさまに面倒を見てもらっていて。……でも、もう亡くなってしまった」
「それで、今は朔弥たちがあんたの面倒を見てる、と」
「おばあさまは、自分の死期を悟っていたそうよ。だから、生前のうちに私を守るための組織を作り上げた。そういうふうに、遺書には書いてあったわ」
「へえ。あの規模のものを、あんたのためだけに?……なんというか、物好きな人ねえ」
「人にはそれぞれ好みがあるものよ」
「そりゃあそうだけどさ」
レイナは暫し悶々とした表情でいた。ドリンクバーのコーラをストローで吸っていて、ストローから口を話して言う。
「分かった。千佳、一緒に遊ぼう」
「そんな、急に何を言っているの?」
千佳は笑いながらレイナの顔を見やるが、レイナは至って真面目という顔でいた。
レイナは言った。
「怪盗は、好きでしょ?」




