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怪盗レイナ  作者: あさねこ
怪盗レイナの青春逃避行
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過去と今とこれから

 重たい段ボール箱。10年前の事件の、最後にして最も致命的な物証。それが、目の前で私の手から離れて落下していった。

 滝の落差は数十メートルで、恐らく私の遙か下方で滝壺に落下したと思われる段ボール箱、しかし落下の音は瀑布の轟音に包まれ聞き取れなかった。

 私は、逆さ吊りで宙に浮かんでいた。右足首を強く掴む握力を感じる。頑張って上の方を向こうと首を動かすと、まず感じたのは強い光。誰かが懐中電灯で照らしているらしい。

「玲奈……あんま動かないで!」

 楓の声。足を滑らせて滝壺に転落しかけた私の足を掴まえたのは、楓の手だったようだ。おかげで私は、モリアーティ教授と同じ運命を辿らずに済んだらしい。でも。

「なんで、楓がここに?」

「なんとなく、ここかなって」

 なんとなく、でこんな山奥まで来るかよ。相変わらず、呆れた行動力だ。

「楓さん、せーので引っ張るよ!」

 楓とは別の声。これは恐らく深蘭。

「せーの!」

 足首を引っ張る強い力があって、私の体は一気に持ち上げられる。そして私は、地面に尻餅をついていた。

「ごめん、迷惑かけちゃって」

 楓と、うまく目を合わせることができない。どうしても顔を逸らしてしまう。

「良かった」

 絞り出すような楓の声。強い力で抱きしめられる。楓の胸は暖かくて、さっきまでの文字通りの浮遊感から翻って、なんだかすごく安心する。

 温かい抱擁の中でぼんやりしていたが、ふと滝の方に目を向ける。あのチェンソーは、どうなったのだろう。今度こそ、最後の証拠は隠滅できたのだろうか。

 まあいいか。10年前の事件の、この世に残った最後の証拠だったのだ。滝壺の酷い乱流に揉まれて、証拠の復元なんて絶望的だろう。本当は、細かく分解してから投げ捨てるつもりだったけども。

 私は、10年前の呪いから楓を守れたのだ。この温かい抱擁を守ることができたのだ。今はそれだけで十分な気がした。

「あー、ゴメンネ、お二人さん」

 深蘭が申し訳なさそうに声をかける。

「バイク乗れなくなっちゃった」

 指をさす先には、泥まみれのバイクが斜面に突っ込んで横たわっていた。確かに、これに乗っていくのは厳しそうだ。それ以前に、この細い山道をバイクで踏破してくるのが無茶というものだ。

「帰りは歩きでも、イイよね?」


 山道を下って舗装された道路に出たころには、時刻は0時を過ぎていた。完全に深夜である。

 道路に出てすぐ、道端に留まっている車が一台、見慣れた黒いスポーツカーがあった。朔弥の車だ。その横に立って待っている、朔弥と……もう一人、知らない男。

「やあ、無事帰還、といったところかな」

 貼り付けたような笑顔で手を振りながら歩み寄ってくる朔弥。相変わらずの作り物めいた笑顔がとことん胡散臭い。

「そういえば、レイナにはこっちはまだ紹介してなかったね」

 朔弥は、後ろで立っている短髪の男の肩に手を回す。

「こっちのは、八十八(やそや)双谷(そうや)。僕の自慢の部下さ。腕っぷしに関しては僕より優秀だよ」

 双谷は暗い色の半袖シャツを身に着けていて、胸元に組んでいる腕を見ると、確かに筋肉質に見える。胸も筋肉で膨らんでいるようで、ボディビルダーのような逆三角形というほどではないが、かなり鍛えられているように思えた。もしかしたら私より胸囲あるかも。

 朔弥に肩を叩かれて、双谷はぶっきらぼうに「よろしく」とだけ挨拶する。私も楓の斜め後ろに隠れるような場所から、ちょっとだけ頭を下げる。

 そして、車の中からもう1人出てくる。三宅くんだ。ずっと助手席に乗って待っていたようだ。しかし、出てきたはいいものの俯いてモジモジしている。

「ごめんね、心配させちゃって」

 三宅くんはパッと顔を上げて、しかし、すぐにまた俯いてしまう。俯いているまま、ぼそりと言った。

「もう、学校来ないんですか?」

「えっ?そうだなあ……」

 学校。確かに、私は校長室に侵入するという目的は達成していることになる。であれば、いつボロが出るかも分からない潜入調査はさっさと辞めるのが当然というものだ。

 しかし、私の本当の目的。10年前の事件の真相は、相変わらず闇の中だ。今日見つけた10年前の事件の物証も、滝壺に消えた。

 それに触れてしまうことへの恐怖もあった。どうやら、私は私が思っている以上に、10年前のことを恐れているようなのだ。あの段ボール箱を開けた瞬間に、ずっと閉じ込めていた恐怖の扉も開けてしまった気がする。

 山道を降りている間、楓と繋ぐ手の温もりを感じながら考えた。やっぱり、これ以上あれに首を突っ込むのは良くない。だから。

「……うん、もう潜入調査はやめるよ」

 三宅くんは、小さく「そうですか」と呟いていた。落ち込んでいるような声。

「でもさ、」

 できるだけ明るい声を作って私は続ける。

「三宅くんは私の弟子だよ。それは変わらない。これからも、よろしくね」

 私は拳を突き出した。三宅くんは、照れ臭そうに私と拳を突き合わせる。

「なになに、玲奈、もう弟子なんか取っちゃってるの?」

 楓が横から口を挟んでくる。

「いいじゃん、楓は関係ないでしょ」

「三宅くんって言ったっけ。こんなヘンなお姉さんは信用しちゃいけないからね?」

「何よ、ヘンなお姉さんって。ほら、三宅くんが困ってるじゃん!」

「困らせたのはあんたのせいでしょうが!」

 言い合っている私たちの横で、三宅くんはなんだか嬉しそうだった。

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