新しい出会い
バイバイ、と三宅くんと別れて、いつものように朔弥の車に拾ってもらう。
「どうなんだい?例の彼との関係は。三宅樹くん、だっけ?」
「怪盗レイナなのがバレた」
これには流石に朔弥も反応が遅れて、一呼吸置いてから返答があった。
「それは……大丈夫なのか?まあ、その様子だと深刻そうな感じでもないけど」
「うん。三宅くんがすごく目がいい子みたいで。私がレイナなのを見抜いてきたの。でも、なんていうか……レイナのファン?なのかな。協力的な姿勢だったから様子見って感じ」
「ハッハ、ファンの子だって?なんだか面白いことになってそうじゃないか」
「何よ、自分は関係ないようなこと言っちゃって」
「関係ないよ、僕は。偶然ここに車を停めてたら、君が勝手に乗ってきて、それで僕は偶然君の仮住まいまで用事があった。それだけだ」
「そうですか。……あ、そういえば」
「なんだい?」
「結局、楓の世話って誰がやってくれてんの?」
「君は初めましての子だよ。いい子だし、君も仲良くなれると思うよ」
朔弥はそう言っていたが、果たして。
楓に制服を着ているところを見られるのは嫌だったから、朔弥の車の中で着替えてから帰宅した。玄関のドアを開けてまず、何か違和感を感じた。そして、後ろ手にドアを閉めた直後だった。
薄暗い部屋の奥から、何かが凄まじい速度で迫ってきた。咄嗟に防御の姿勢を取る。正直なところ、ちょっとだけ覚悟した。
私の手から離れたバッグが床に落ちて、その瞬間だった。
「あいやー、レイナさんだったか。こりゃあ失敬!」
私の首元に迫っていた手刀が、ひゅっと引っ込められる。
突然襲ってきたのは、長い黒髪の女だった。サラサラした黒く艶めく髪は腰のあたりまで伸びており、彼女と一緒にふわふわと揺れる。それが動いた軌跡からは、柑橘っぽい爽やかな香りが漂ってくる。シャンプーとか何使ってるんだろう。
そのうえ、かなりの美人。可愛いと妖艶のちょうど中間くらいの顔立ちで、これは東アジア人特有の感覚だろうが、なんとなく日本人じゃなさそうな雰囲気を顔立ちから感じた。多分、中国系?「あいやー」とか言ってたし。
「おや、大丈夫だったかい?」
背後から聞こえて、振り向くと朔弥が玄関のドアを開けていた。
「彼女、手が早いからね。先に紹介しておかないと事故が起こりかねないと……。これは、遅かった感じかな?」
「まあいいよ、幸い殺されずに済んだから」
すると、黒髪の女はケラケラと笑って言う。
「ハッハ、面白いねぇ、別に殺す気なんてなかったよー」
「にしては凄まじい殺気だった気がするけど」
「もー、誉めてもなんも出ないよー?」
笑いながら私の肩を叩く。ちょっと痛い。それに褒めたつもりはない。
「あー、いいかい?」
ちょっと申し訳なさそうに朔弥が間に入ってくる。
「僕の方から紹介させてもらうよ。こちらは林深蘭。僕の同僚だよ」
「よろしくー!」
深蘭は、私の両手を強く握ってブンブン振る。痛い。
「よろしく……」
「細かいところは本人から聞くといい。深蘭も、よろしく頼んだよ」
「アイアイサー!」
それだけで、朔弥は出て行ってしまった。ドアが閉じて、玄関に私と深蘭の2人きりになる。
「えっと……」
どうしよう。初対面の人って苦手なんだよな。
「安心してね。楓さん、ちゃんと無傷なまま閉じ込めてあるよー」
深蘭は、二階の奥の部屋に案内する。この家の広さは三人くらいの家族が住めそうなくらいで、だが、私が一人で生活するだけであるため、使っていない部屋がいくつもある。特に、二階の部屋は一切使っていなかった。
部屋の中に入ると、まず目に入ったのは室内を二分するようにある格子。所謂座敷牢のようになっていて、その中に楓が閉じ込められていた。だが、閉じ込められている割には楓は快適そうだった。ベッドの上に寝転がってポテチをつまみながら漫画を読んでいる。
「なんだよ、楽しそうじゃん」
言うと、ようやく楓は私に気付いたようだった。
「おかえり。ランちゃんのおかげで快適だよ」
ランちゃん、というのは深蘭のことらしい。深蘭は、横でニコニコと笑っていた。
「まず、これは何?作ったの?」
「そだよー。ワタシが作った!」
言って、深蘭は自慢げに胸を張っていた。一からこれを?材料とかは?どこから突っ込めばいいのやら。
「鍵はこれ。渡しとくよー」
深蘭からシンプルな鍵を受け取る。仮にも閉じ込めている人間の前でこんな明け透けに鍵の受け渡しをしていいものなのだろうか。楓の方をチラリと見ると、こっちには興味がなさそうに漫画を読むのに戻っていた。
「えっと……私がいない間、楓の世話してくれてありがとう。こんな……檻まで作ってくれて」
一応感謝の言葉を述べると、深蘭は一瞬キョトンとして、それから破顔一笑。ケラケラ笑いながら言う。
「レイナさん!いい人ね!」
私の手を強く握ってブンブン振る。腕が捥げそうで痛い。
「それじゃ、ワタシはこの辺で失礼。サヨナラー!」
手を振りながら、スタコラと部屋を出ていってしまった。なんというか、嵐のような人だ。朔弥の言ってたとおり、悪い人ではなさそうだけど。とっつき易いタイプでもない。
「楓は、大丈夫だった?」
「……ん?なんて?」
どうやら、今は漫画を読むのにお熱のようだ。深蘭には別に変なことはされていなさそうだ。だったら良いのだけど。
どっちみち、昼は私は留守にせざるを得ない。ひとまず、深蘭を信用しておくしかないか。新しい出会いを内心では訝しんでいる私をよそに、楓は檻の中で快適そうだった。




