怪盗レイナの想定外
なんだか凄まじく疲れた。まともに動けない人間を世話するのは、想像以上に骨が折れる。楓も楓で、ここぞとばかりに偉そうな顔をしているし。ご飯を食べさせなきゃいけないし、トイレには付き添わなければいけないし。挙句に、テレビを見たいだの注文を付けてくる始末だ。介護ってこんな感じなんだろうか。おじいちゃんもパパも、いつまでも元気でいて欲しいものだ。
今朝、朔弥に楓の世話のことを相談した。そしたら、このことは見越していて、もう適当な子を寄越す準備ができているらしい。誰になるのかは知らないが。まあ、女の子が来てくれるのなら楓も一安心というところだろう。同性が相手だって、人間の尊厳的なものが幾らか犠牲になるのは変わらないが。それは、私が怪盗で楓が警察である以上、多少は仕方ない。
「あの……大丈夫ですか?」
珍しく、三宅くんの方から声をかけてきた。それほどに、私の疲れが見えてしまっていたらしい。
「ごめんね、心配させちゃって。大丈夫、私は元気だよ」
しかし、周囲を確認してから、三宅くんはこう言ってきた。
「怪盗レイナの計画が、うまくいってないんですか?」
びっくりして、唾が引っかかってしまった。すごくむせてしまって、三宅くんをさらに心配させてしまった。
「すっ……すみません!」
「だっ、大丈夫大丈夫、ゲホッ、ゲホ」
あれ?三宅くんには私の正体はまだ言ってないよな?なんでバレた?
驚きと混乱の中に居た私を見兼ねてか、三宅くんはルーズリーフの端に何か書いて、小さく畳んで渡す。周りの子にバレないようにそっと開いてみると、「昼休み 校舎の北端1階」とだけ書かれていた。そこで落ち合おうということらしい。どういうことか尋ねようと思ったが、もうすぐ1限が始まる。とりあえず、昼休みまで待つとしよう。
そして昼休み、三宅くんに言われた通りの場所に向かったのだが、確かに校舎の北側は人通りが少ない。これだけ人が居ないのであれば、隠し事の話をするのにも適している。
果たして、校舎1階北端の廊下の端には、三宅くんが立っていた。
「すみません、呼び出しちゃって」
「いいのよ、これくらい。その……今朝のことだけど。えっと……どう聞けばいいかな」
「怪盗レイナ……なんですよね?」
まっすぐに核心を付いてくる。朝の時間も言われたからもう驚かないが、やはり。
「ははは……。なんで、バレちゃったかなあ」
「えっと……メガネ、伊達ですよね?近眼でもないのに眼鏡を掛けるなんて、顔を隠そうとしているとしか思えなくて。それに、近眼だって嘘までついている」
凄まじく的確な指摘だ。黒髪のウィッグを付けているとはいえ、素顔のままで侵入するのは怖かった。だから、伊達メガネを調達したのだった。
「へえ。すごいね。伊達メガネに気付くなんて」
「なんだか、レンズの屈折がないと思って。近眼のレンズって、目が小さく見えるはずなのに、それがなくて。あとは……髪の毛も、なんだかヘンだと思って」
髪の毛。どうやら、三宅くんはウィッグにも気付いているようだ。
「すごい。本当に。君、目がいいって言われない?」
「目、ですか?」
「うん。視力というより、観察力というか。まさか、君みたいな子が居るなんて。参ったよ」
しかし、疑問が残っている。私が普通の高校生でないのを突き止めた理由は分かったが。
「でも、私が怪盗レイナっていうのは、どこで気付いたのかな?」
「それは……レイナの話題を振ったときの反応が、明らかにおかしかったので」
確かに。それは私の過失だ。反省するしかない。だが、それにしたって、だ。三宅くんの言い分を信じるなら、確認のためにレイナの話題を振っていたのだと思われる。目がいいだけでなく、なかなかの演技力もあるようだ。こんなのが、一般の高校生でいるなんて。なかなか恐ろしい能力だ。
「僕を……弟子にしてくれませんか?」
三宅くんは、そう切り出した。思わぬ切り口に反応できかねていると、三宅くんはさらに続ける。
「この学校についてなら、僕の方が詳しいと思います。弟子にして頂けたら、精一杯働くので!……どうか!」
頭を下げて頼み込んでくる三宅くん。こんなの全く想定していないし、想像もしていなかった。どうしたものか分からず、オロオロしてしまう。
「えっと……とりあえず、頭を上げてよ。バレちゃった通り私は怪盗レイナだけど、今は同じ高校生の山田椛だよ。そんなかしこまられても困るよ」
「すっ……すみません」
困ったことになった。弟子入り志望者?まあ、そのうち弟子とか取ってみても面白いとは思っていたけれど。こんなに早い段階で弟子入りなんて、まだ心の準備ができていない。でも、こんなに良い子。それに、能力もある。これを断るのは、なんだか惜しいとも思う。しかし……。
黙ったまま悩んでいると、三宅くんはポツリと洩らした。
「弟子にしてくれないなら……あなたがレイナであることを、バラしちゃうかもしれないです」
話が変わってきた。
「でっ……弟子!うん、いいかもね、弟子!いいよ!怪盗レイナの一番弟子の三宅樹くん、よろしく!」
途端に、三宅くんの顔がパッと明るくなる。ずっとちょっと困っているみたいな表情をしているのが、見た事がないくらい喜んで見える。
「はい、よろしくお願いします!」
かくして、怪盗レイナの一番弟子、三宅樹が誕生したのだった。なんだか大変なことになってしまったなあ、トホホ。




